7/25(土)。 京都の神社を巡って参りました。


しかし、今日はお昼を過ぎても、ずっと豪雨。



午後3時ごろに差し掛かり、やっと小降りになったので、出発します。(^^)








京阪電車・神宮丸太町駅
さて、本日は「京阪電車・神宮丸太町駅」をスタート。


まず最初の神社を目指し、丸太町通りを東へ進みます。




予想以上ので出足を止められたので、当初決めていた巡る予定を、やむなく中止。


よって、今日はノープランです。(^^;)





ポケット地図を見ながら、行き当たりばったりの神社巡り。



たまには、こういうのもいいでしょう。(^^)








天理教河原町大教会
おや、ほどなく、左手に大きなお堂が見えてきました。


おお、これは大きなお寺です。


ちょっと、お参りして行きましょう。(^^)








天理教河原町大教会2
「天理教河原町大教会」




う~ん、やっぱり遠慮しておきましょう。(^^;)








熊野神社
さて、まず1社目は熊野神社(くまのじんじゃ)を目指しています。


鬱蒼とした木々が見えてきました。



ノープランといっても、以前からちょっとお伺いしてみたいと思っていました。(^^;)








熊野神社2
石の鳥居が見えてきます。 まさしくこちら。



京都三熊野神社の一つとして数えられる神社です。




ちなみに熊野信仰は、和歌山県・紀伊半島南部にある熊野三社(熊野本宮大社、
熊野速玉大社、熊野那智大社)から起ったんですね。








熊野神社3
軽く外観を拝見し、そして鳥居の正面へ。


では、本日最初のお参り。



気持ちを整えまして・・・、








熊野神社4
いざ潜入。








熊野神社5
当社は今から1200年前、嵯峨天皇の御代の弘仁二年(811)に、修験道の始祖
役小角(えんのおづぬ)の十世僧日圓(にちえん)が、国家護持のために始めて
この地に紀州熊野大神を勧請して以来、永らく白川熊野社または熊野権現社と云われた。
(以下、由緒書きより抜粋。)








熊野神社6
まずは、手水舎でお清め。

こちらの水は、境内の地下70mより汲み上げている、自然水だそうです。




寛治四年(1090)白川上皇の勅願により創立された聖護院は、当社を守護神として
崇められ、別当職を置いて管理された。そのご後白河法皇は、熊野大神に対するご信仰
古今に比類がなく、はるばる紀州より土砂及び樹木を移植されて社頭の整備に力を
そそがれた。








熊野神社9
室町時代には足利義満から広大な社地を寄進され、社域は鴨川に至る
ものとなった。その後も歴代の天皇に崇敬され、庶民の信仰も集めたが、
応仁の乱により荒廃した。








熊野神社8
江戸時代の寛文六年(1666)、衰微を嘆いた聖護院宮道寛法親王(しょうごいん
のみやどうかんほうしんのう)によって再興され、天保六年(1835)には大修造が
行なわれた。現在の本殿は、その時に下鴨神社の旧本殿を移築したものである。









熊野神社10
それでは、御本殿前へ。


御祭神

・伊弉冉尊(いざなみのみこと)
・伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
・天照大神(あまてらすおおみかみ)
・速玉男尊(はやたまのをのみこと)
・事解男尊(ことさかのをのみこと)








熊野神社11
立派な本殿です。


手順正しく、お参り~。( ̄人 ̄)








熊野神社12
ふと見上げると、これまた立派な欄間(らんま)が。


八咫烏(やたがらす)が彫られています。


熊野神社では、八咫烏が御神使なのですね。








熊野神社13
あちらのほうに、末社があります。


もちろん、お参りに行きます。(^^)








熊野神社14
まずは左手の「春日社」から。


神額には、

・神倉神
・須賀大神
・春日大神

と、連名で掲げられています。



お参り~。( ̄人 ̄)








熊野神社15
そして、右どなりの「稲荷社」へ。


・稲荷大神
・金刀比羅大神


こちらでもお参りさせて頂きます。








熊野神社16
その後は、境内を拝見させて頂きます。 しばしウロウロ。


おや、本殿の右奥は何でしょうか。








熊野神社17
「祖霊殿」(それいでん)と掲げられています。



「 ソレイデン ?(゚д゚)? 」




何なのでしょうか、謎です。(^^;)








熊野神社18
後ろを振り向くと、「八ッ橋発祥の地」の碑が。


八ッ橋とは当然、あの京銘菓、「八ッ橋」のこと。




熊野神社境内に、ステッキを持った和服姿の紳士の銅像が立つ。元禄時代にできた
とされる八ッ橋の中興の祖、本家八ツ橋西尾株式会社十二代目の西尾為治氏
(1879~1962)だ。

南座のどんちょうや市電の花電車を媒体にして信用を高め、寺社や軍関係者に
働きかけて全国に京みやげ「八ッ橋」の名をとどろかせたのだという。
(京都新聞ニュースより抜粋。)



同氏はとても信心深い方だったそうです。








熊野神社19
しかしこちら熊野神社、いたる所に八咫烏の紋章がありますが、菊の御紋も多い。


さすがに歴代の天皇から崇敬されただけあります。








熊野神社20
さて、たっぷり拝見したので、そろそろおいとましましょう。


その前に、社務所で御朱印を頂きます。



ちなみに先ほどの「祖霊殿」(それいでん)についてお聞きしたところ、
亡くなられた方の魂をお祀りしている所で、毎年8月15日に祖霊祭が行なわれているそうな。


なるほど、イメージとしては、お墓のような所でしょうか。(^^;)








熊野神社21
こちらが、頂きました御朱印。


おお、八咫烏の印が押されています。








熊野神社22
鳥居下の門にも、八咫烏の紋章が。 スゴイ。








熊野神社23
どうもありがとうございました。(^^)








熊野神社24
ふと下を見ると、

あらら、紙垂(しで)って言うんでしょうか、上のしめなわから落ちています。


一応拾って、端のほうに寄せておきました。(^^;)





さてさて、京都は熊野神社、じっくりお参りさせて頂きました。




京都三熊野社の、あと二社も、いずれお参りしたいと思います。(^^)






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