7/1(土)。 大阪府・茨木市は新屋坐天照御魂神社
(にいやにいますあまてるみたまじんじゃ)へ行って参りました。







新屋坐天照御魂神社1
本日はチョト御用がありましてこちら周辺まで来たんですが、

せっかくなのでまた1ヵ所位はっておこうかなと。 (^^;)



さて、この近くに神社がある様なんですが・・・、









新屋坐天照御魂神社2
辺りはこれまたのどかな田園風景。 (^^;)



茨木駅周辺はとても賑やかでしたが、少し離れるとこんなにも
自然豊かなんですね。









新屋坐天照御魂神社3
おや、すぐ近くに神社の社号標があったとは。



の前にありながら全然気付かなかった。 (^^;)



ちなみにこの先の山頂に御鎮座されている様ですが、それにしても
大変~い社名が印象的。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社4
先へと進み、中腹まで登ってフト振り向くと、この一帯は
囲まれたような地形になっているんですね。



向かい側の山では何か開発が進んでいるのでしょうか。


大きく山の地肌が見えているのが気になります。









新屋坐天照御魂神社5
そうこうしている内に、神域へ到着♪


それでは石の鳥居前で一礼し、潜入をば~。 ~(  ̄人 ̄)




ちなみに本日、神社に訪れた目的は、茅の輪(ちのわ)
くぐりなんですよね。 (^^;)



この時期、各神社では夏越祓(なごしのはらえ)といいまして、

6月の後半に、日々の罪・汚れをい清め、暑い夏を無事に過ごし、
残る半年の無病息災を祈願する神事が行われるんです。









四条畷神社6
昨年は、→社寺巡り 大阪府・四條畷市 「四條畷神社」(しじょう
なわてじんじゃ) 茅の輪くぐり 2016/07/18
に訪れたんですが、


最近では「茅の輪」が設置されているか下調べもせず、ふらり
出先の神社に訪れる傾向にあったり。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社6
いや、この時期、大体の神社であれば「茅の輪」は設置されて
いるだろうと、そんなタカをくくりながら


この急勾配な階段を上っていくワケであります。 (^^;)





それにしても梅雨真っ只中の関西地方、

今日の様な晴れの日でも、大変なし暑さですね~。 ~(;´д`)









新屋坐天照御魂神社7
そんな中、フト階段の脇に目をやると、灯籠周辺が鮮やかな緑に
むして、何気にし気。 (^^)




さて、階段もあと数段で境内に到着ですが・・・、









新屋坐天照御魂神社8
茅の輪、無い~。  (;´д`)ノ     ←(ご愁傷様です)




いやこの時期、大体どちらの神社も御本殿の前に茅の輪を
設置されているんですが、


階段を上り切った瞬間、こちらのお社にはいという事を
りました。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社9
まあ、数く巡っていると、こういう事もあります。

気持ちをれ替えて、境内の散策を。 (^^;)





当社は第十代崇神(すじん)天皇の御宇に創建され、物部氏
(もののべし)の祖である伊香色雄命により勅使された市内最古
の神社である。

以後、歴代朝廷の御崇敬深く、特に神功(じんぐう)皇后は
当社の御分霊を上河原と西河原に奉遷し、厚く新屋社を尊崇された。

(以下、由緒書きより抜粋。)






崇神天皇は、初代・神武天皇から数えて10代目の天皇で、実在
確かな最初の天皇と言われているんですね。

その御代に創建されたとは、つまり2100年以上の歴史! (゚д゚)









新屋坐天照御魂神社10
あまりの歴史深さにきつつも、まずは手水舎でお清めを。 (^^;)





第六十代醍醐天皇の延長五年(927)、延喜式内名神(みょうじん)
大社に列せられ、神位は正四位の下を授けられ、

島下群(しましもぐん)の総社に位置付けられたが、鎌倉時代
以後、社領の没収などにより社頭は衰微した。









新屋坐天照御魂神社11
しかし桃山時代になり、天正年間、茨木城主・中川清秀公は
厚く当社を崇敬し、九州竹田の城主になってからも、明治時代まで
事ある毎に寄進し、崇敬の誠を尽くされた。





中川 清秀(きよひで)公とは、戦国時代から安土桃山時代にかけての
武将で、何かと織田信長との関わりも深かったんですね。


正にこちらの神社近くのご出身で、崇敬厚い氏子さんだったとは、
何気に納得・・・。 ( ̄人 ̄)









新屋坐天照御魂神社25
その後、明治五年郷社に列せられ、終戦直後には一時衰微した
ものの、昭和二十九年・宗教法人法の神社として復興し、千数百戸
の氏神として現在に至る。





さて、それでは御本殿へお参りを・・・。   ~~(  ̄人 ̄)









新屋坐天照御魂神社12
う~ん、「夏越祓」(なごしのはらえ)の時期なので、御本殿前に
茅の輪(ちのわ)があるのを期待していましたが、


改めて残念な限り。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社13
おっと、御本殿はもう一つ奥のこちらでした。

先ほどの建物は拝殿。 (^^;)




御祭神



主祭神
・天照御魂大神(あまてるみたまのおおかみ)

亦の名
・天照国照彦天火明大神(あまてるくにてるひこあめの
 ほあかりのおおかみ)
・饒速日大神(にぎはやひのおおかみ)




相殿神
・天照皇御魂大神(あまてらすすめみたまのおおかみ)
・天饒石国饒石天津彦火瓊々杵大神(あまにぎしくににぎし
 あまつひこほのににぎのおおかみ)





それではお賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。


社名同様、神様方のお名前も、読み方が大変しいんですね。



少々混乱気味ながらも、心をめてお参りを・・・。 (; ̄人 ̄)









新屋坐天照御魂神社14
おや、こうして改めて一歩がって拝見すると、御本殿をぐるりと

城壁が取り囲む様な造りになっているんですね。



これは何気にしいかも。 (゚д゚)


いやホント、これまで巡って来た神社の中でも、あまりた事の
ない様式だったり。






そんな事を言いつつもスキを狙って・・・、









新屋坐天照御魂神社15
また殿内を撮ってしまいました。



もうしわけありません。 (^^;)



本日は珍しく、シンプルな流れからのお約束。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社16
さて、摂・末社へもお参りを。 (^^;)




御本殿右手へ「出雲社」、そして池に御鎮座される「石神」と

まずは順にって行きます。   ~~(  ̄人 ̄)









新屋坐天照御魂神社17
これまた鮮やかな色の連鳥居が印象的。


伏見大社の奥社から勧請された「丸山稲荷」が祀られて
いるそうな。 ( ̄人 ̄)




続けて「六社神社」、「道祖神」(さえのかみ)のお社と、
順にお参りを・・・。   









新屋坐天照御魂神社18
一方、御本殿の左方向には「須賀神社」、「天満宮」と、実に
十二社もの摂・末社が祀られているんですね。



加えて、「出雲大社」、「太神宮」、「住吉大社」、「神武天皇」、
「歴代天皇・今上天皇」の遙拝所も設けられており、


なかなかにお参りのし甲斐があります・・・。 ( ̄人 ̄ )~~









新屋坐天照御魂神社26
さて、だいぶ日もいて来たので、そろそろおいとましましょうか。



お目当てだった茅の輪が設置されてなかったので、せめて

社務所で御朱印を頂いてから。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社19
でも残念ながら無人の模様。


窓口に、留守にしている旨の貼り紙があったので・・・。 (;´д`)


う~ん、アテが外れる時ってくんですよね。 (^^;)




しかしながら案内文をよく見ると、御用の際の連絡先が記されて
あったので、


軽い気持ちでスマホからお電話してみると・・・、









新屋坐天照御魂神社27
わざわざで駆け付けて頂けるとは、恐縮すぎます。 (^^;)



いやホント、御朱印の為だけに来て頂いて、申し訳ない限り。









新屋坐天照御魂神社20
モノはついでにと、色々とおも。 (^^;)  ←(それもどうかと)



御祭神の天照御魂大神(あまてるみたまのおおかみ)について
お聞きした所、

一般的に知られている天照大神(あまてらすおおみかみ)とは
の神様だそうな。



いや、きが似ていながらも、何か違うな~と思ったもので。 (^^;)



「天照御魂大神」は、初代・神武天皇に政権を献上した出雲系統の
神様で、一方の「天照大神」は伊勢系統の神様であり、

互いに対峙する様な相関関係にあるとか。



なるほど、歴史的にはこちらの御祭神・「天照御魂大神」の方が
いワケですか。 ( ̄人 ̄)



いやホント、少しの疑問からでも、お聞きする事で色々と勉強
なります。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社14
気になった御本殿のりについてもご質問を。 (^^;)



かつて天正年間、この近くには福井城というお城があったそうな。


しかし大永七年(1527)、細川家の内紛であった大永の乱で
福井城の落城と共に、こちらのお社も灰燼に帰したとか・・・。


その後、崇敬高い氏子であった中川清秀公が社殿の再建に
着手するも、賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いにて戦死したので、


奥方であった性寿院(せいじゅいん)が清秀公の遺志を継いで、
一年後に社殿を再建まで導いたとか。



なるほど、改めてこうして城壁の様な造りを拝見すると、かつての
福井城をイメージして再建されたという事なんですね。 ( ̄人 ̄)









新屋坐天照御魂神社21
御本殿の屋根を見ると、鰹木(かつおぎ)の下に中川家の家紋である
中川柏(なかがわかしわ)が見られますよ。



清秀公が寄進された証として、こうして今でも掲げられているとは、

これまた往時がばれます・・・。









新屋坐天照御魂神社22
あと最後に、茅の輪についてもお聞きを。 (^^;)



こちらでは夏越祓(なごしのはらえ)に合わせて茅の輪は

設置せず、特に行事も行われないとの事。 (゚д゚)



でもその分旧暦に沿って、毎年8月16日の献灯祭(夏祭)に
合わせて茅の輪を設置して、厄払いが行われるそうな。



創建深いお社なので、歴史をんじておられるんですね~。


お聞きして妙に納得。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社23
そうこうしている内に、こちらが頂けました御朱印


社名の「新屋坐天照御魂神社」と書いて頂けました。


ちなみに古代の茨木市の地名を新屋(にいや)と呼んだそうな。



その「新屋」に御鎮座され、「天照御魂大神」が祀られている神社、
という説明がそのまま社名になっているお話に、


またまた納得。 (^^;)     ←(今ごろ)



十六弁八重菊(じゅうろくべんやえぎく)の社紋もまた印象的。



充分に御礼を申し上げて、ありがとうございました~。 m(_ _)m









新屋坐天照御魂神社24
さてさて、そんなこんなで、大阪府・茨木市は新屋坐天照
御魂神社
(にいやにいますあまてるみたまじんじゃ)。


今年で創建から2106年という、大変長い歴史を刻むお社で、
とても静かな良いお参りをさせて頂きました。 (^^)



ふらりと訪れた神社ながら、宮司さんがわざわざお車で駆け付けて
頂いて御朱印を頂けて、

色々と貴重なお話も1時間近く頂けるしで大満足。 (^^;)



でも自然豊かで歴史深いこの周辺も、最近は開発が進んで
ずい分とが切り開かれているそうな。


その悪い波がこちらのお社にばない様、願う限りです・・・。




あと心残りと言えば、本来のお目当てである夏越祓(なごしの
はらえ)が出来なかった事ですかね~。


でもでも、それ以上に何か大きなパワーを頂けたような
気がして安心を覚えたり。 ( ̄人 ̄)




形式的な茅の輪(ちのわ)くぐりは、また後日めて、

どちらかの神社で・・・。 (^^;)






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