4/2(日)。 京都市・中京区は「善長寺」(ぜんちょうじ)へ行って
参りました。



さて、本日のお目当ては、コチラ






京都 新京極 御朱印めぐり6
ずいぶん以前に書きました、→京都 新京極 御朱印めぐりキャンペーン 
2015/02/28
き。 (゚д゚)



いや、きと言いましても、前回巡ったのが、→社寺巡り 京都市・中京区
「誓願寺」(せいがんじ)・写経体験 2015/12/25
だったので、

何気に1年以上も放置していたシリーズになるんですね~。









善長寺1
そんな事を言いつつも、さらっと新京極商店街へ。 (^^;)



本日この周辺を通り掛かり、フト本キャンペーンをい出したので、
一ヵ所くらいはっておきたいな~というのが


本日の趣旨なワケであります。 (^^;)









善長寺2
それにしても、アーケード内は安定の混雑ぶり。 (^^;)


お土産物店の他、飲食店などなど数多くの店舗がを連ねて、
いつもわっている商店街なんですよね。



ワタクシも色々とお店を覗きながら、通りを北上。 (^^;)









善長寺3
アーケード内には、御朱印巡りキャンペーンの中吊り広告も健在


いや、今も催しが継続中の様で、一安心。 (^^;)









善長寺4
そうこうしている内に、目的のシューズショップに到着♪



いや、もとい、目指すお寺さんに到着。 (^^;)


こちらのお店の右どなりが善長寺さんなんですね。









善長寺5
それでは失礼しまして、正面から山門を1枚、パチリ♪


これまた両側は建物に挟まれて、とても窮屈そう。 


事前にお寺の存在を知っていないと、さらっとスルーして
しまいそうな佇まいです。 (^^;)



それにしても、先ほどから人通りが全く切れず、まともな1枚が
撮れません。 (^^;)









善長寺6
潔くめて、人波をかいくぐり山門の麓へ。


スニーカーを絡めての1枚に。 (^^;)



おや、その山門右手の寺号標には、「くさよけ」・「くさがみ」
なるキーワードが記されていますよ。



何を意味するのか疑問ですが、ひとまずの所は門前で一礼し、

潜入~。 (^^;)









善長寺7
細くっ直ぐに伸びた、石畳の参道を進んで行きます。




大原山・善長寺は永正年間の初め(1502)、僧・顕興忍想上人
により京都市綾小路室町の善長寺町に創建され、
徳川家康上洛の折の定宿でもあった。

(以下、お寺の縁起書より抜粋。)









善長寺8
それにしても、参道の両側にも建物が迫って

圧迫感がスゴイ。 (^^;)




天正十九年(1591)に、豊臣秀吉の命で現在地に移転した。
その後、天明八年(1788)の大火、元治元年(1864)の兵火で消失。
明治二十二年(1889)にも火災に遭った後、明治四十一年
(1908)に再建されて現在に至る。




ひっそりとした佇まいながら、家康・秀吉とゆかりいお寺
なんですね~。









善長寺9
広くはない境内ですが、でも一角にはこうして坪庭もあって
趣があります。 (^^)




地蔵堂に祀られている地蔵菩薩は、立江(たちえ)地蔵尊縁起に
よれば四国十九番・徳島県 立江寺の地蔵尊と同体で、

永正八年(1510)、当山二世・澄全和尚の時代に安置されたと
されている。









善長寺10
フトくぐって来た山門の方を見ると、商店街の人通りはやか。

静かな境内とは対照的です。 (^^;)




またこの地蔵尊は、瘡神(くさかみ)といわれる大原大明神の
真作であることから、「くさ」の神さん・くさがみさんと言われる
様になったのではないかと推測されている。





なるほど、山門ふもとの寺号標に記されていたくさよけなる
キーワードは、このエピソードに由来するものだったんですね。









善長寺14
御本堂の扁額にも「くさよけ地蔵尊」と掲げられています。



ちなみに「くさ」とは、天然痘(てんねんとう:疱瘡・ほうそう)
の事だとか。


その昔、こういった伝染病は不治の病だったんですね。


中でも特に致死率の高かった天然痘。 助かっても全身には酷い
痘跡(あばた)が残るそうな。



ワクチンや抗生物質も無かった時代は、ただ神仏にお祈り
する他なかったワケですか・・・・。 ( ̄人 ̄;)



元はくさ除けに御利益がある、こちら善長寺。

それが転じて、皮膚病除け全般に御利益があると伝わる
お寺なんですね。









善長寺12
それではいよいよ、その霊験あらたかなくさよけ地蔵尊
が祀られる御本堂へ、


お参りに向かいましょう・・・。   ~~(  ̄人 ̄)









善長寺13

御本尊


・阿弥陀如来(あみだにょらい) ・ 安阿弥(あんあみ)作




おや、御本尊は阿弥陀様だったんですね。


いや、お話の流れからすると、お地蔵様かと思い込んで
いたので。 (^^;)



でもでも、浄土宗・西山禅林寺派に属するお寺という事で、
何気に納得したり。 (^^;)





では改めまして、お賽銭をすべり込ませ、


手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)




ワタクシ幸い今の所、皮膚病には悩まされておりませんが、


でも予防的なお願いも兼ねて、お参りを。 (^^;)









善長寺15
それにしても、境内は終始かですね~。



外の通りは途切れる事の無い人通りでわい続けていますが、

お参りに入って来る人は皆無。 (^^;)



いやホント、まるで山門に結界が張られているかの様に。 (^^;)









善長寺11
同じ商店街では60mほど南に御鎮座される錦天満宮だと、

こうしてっ切り無しに参拝者が訪れているんですよね~。



すぐ近くなのに、このは一体何なのかと思ったり。 (^^;)






そんな事を言いつつもスキを狙って・・・、









善長寺16
またお堂内を撮ってしまいました。  (^^;)



もうしわけありません。 (^^;)




でもホント、参拝者はワタクシ以外誰もないので、

実にり易い。 (^^;)     ←(コラ)









善長寺17
なので、角度を変えてもう1枚。 (^^;)    ←(コラコラ)



でもよく見ると、厨子の扉はまってますよ。


それもそのはず、こちらに祀られている瘡神(くさがみ)様こと
立江地蔵菩薩は、秘仏なんですね。



お姿を見る事は出来ませんが、でもでも改めて持ちを込めて、

お参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)









善長寺18
御本堂のすぐ右手には、北向地蔵尊が祀られているので、
合わせてお参りを。



「北向地蔵尊」と呼ばれているので、もちろんに向かって

安置されております・・・。 ( ̄人 ̄)    ←(当たり前)



いや、仏教における「北向地蔵尊」のいわれに付いては、
またの機会に。 (^^;)









善長寺19
さて、分にお参りもさせて頂いたので、そろそろおいとま
しましょうか。



本日はあまり長居はしておりませんよ~。 (^^;)









善長寺21
そんな事を言いつつも、御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)



でも寺務所のお玄関が暗く、無人オーラを感じましたが、

び鈴を押すと出て来て頂けて、良かった~。 (^^;)









善長寺22
それにしても、なぜか呼び鈴が3つも並んでいて、一瞬どれを
押したら良いのか迷ったり。 (^^;)




そんなかい事はいておいて、 (^^;)









善長寺23
じきに頂けました御朱印がこちら。 (^^;)


御朱印を書ける方が御不在だった様で、き置き分になるとの事。


ワタクシ、書きには全くこだわりませんので、ありがたく拝領
致します~。 ( ̄人 ̄)



その書には、瘡神(くさがみ)様である「立江地蔵尊」
(たちえじぞうそん)の筆に、

中央にはお地蔵様を象ったが押されています。


秘仏である瘡神様、実際に拝見すると、この様なお姿をされて
いるのでしょう・・・。



色々と深くはお聞き出来ませんでしたが、でもでも充分に御礼
を申し上げて、

ありがとうございました~。 m(_ _)m









善長寺24
さてさて、そんなこんなで、京都市・中京区は「善長寺」
(ぜんちょうじ)。

それにしても、寺域の外はやはり、安定の混雑ぶり。 (^^;)


でもその分、境内では久しぶりに静かなお参りをさせて
頂きました。 ( ̄人 ̄)



1年以上も放置していた新京極・御朱印巡りシリーズながら、
ちゃんと御朱印も頂けて良かった~。


残る社寺も、またい出した頃にご訪問を・・・。 (^^;)



あとこちら「善長寺」、移転前の創建地には現在、神社
御鎮座されているそうな。



この辺りもまた機会があれば、関わりを解くべく、

是非訪れてみたいと思います。 (^^)






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