5/9(土)。 京都市・山科区は「本圀寺」(ほんこくじ)へ行って参りました。



さて、本日のお目当ては、コチラ。









2015年 京都・春季:非公開文化財 特別公開 その2-1
社寺巡り 京都・2015年 春期特別公開 「當麻寺」(たいまじ) 2015/05/17
に続きまして、

春期・「特別拝観」の第二弾になります。 (^^)




また更新がくなって、もう4週間前のお話になりますが。 (^^;)









本圀寺1
ちなみに本日も前回に続き、再び山科方面。


と言っても、山科駅からは少々離れているので、市営地下鉄・御陵(みささぎ)
駅が最寄り駅になるんですね。



下車後はテクテクと、徒歩で北方向を目指します。









本圀寺2
けっこう側に位置してるんですね~。


坂が続いて何気にが上がる。 (^^;)



でもでも、色鮮やかな新緑と、脇を流れる疎水が涼やかで癒されます。









本圀寺3
毎度おなじみのい案内看板が見えてきました。


重要文化財でもある経蔵 が今回のメインなんですね。




間もなくお伺いしますよ~。 (^^)









本圀寺4
う~ん、最後にをもう一上りの模様。 (^^;)



右手に「南無妙法蓮華経」と刻まれた石柱を臨みながら、総門を
くぐって行きます。









本圀寺5
そして日頃の運動不足を痛感しながらも、無事に到着♪ (^^;)



こちらの山門は文禄元年(1592)に、加藤清正公が寄進したもので、通称・
赤門と呼ばれているんですね。


尾張の貧しい家に生まれた清正公が、豊臣秀吉に従って功績を立てて大成
した事から、開運門とも言うそうな。



お題目を唱えながらこの門をくぐると、開運勝利の人生が開けるとか。




それではワタクシもあやかりまして、


南無妙法蓮華経~、潜入~。  ~(  ̄人 ̄)









本圀寺6
おお、門をくぐると先は開けて、なかなかにい境内。





大光山本圀寺は、日蓮宗大本山(霊跡寺院)であり、六条門流の祖山である。
宗祖・日蓮大聖人が建長五年(1253)、鎌倉松葉ヶ谷(まつばがやつ)
に構えた法華堂(後に本国土妙寺に改称)が前身であり、貞和元年(1345)、四世・
日静上人(にちじょうしょうにん)が光明天皇より寺地を賜り、六条堀川へ移転した。

(以下、拝観の手引きより抜粋。)





なるほど、以前お参りした→社寺巡り 2015年・京の冬の旅 特別公開:「頂妙寺」
(ちょうみょうじ) 2015/02/16
もそうでしたが、

こちら本圀寺も日蓮宗・京都十六本山の一つで、加えて大本山なんですね。



どおりで寺域がい訳です。 (^^;)









本圀寺7
五色のカラフルな仏旗をフレームに入れて、摂折三解脱門をパチリ♪





日静上人は足利尊氏の叔父といわれ、足利氏の庇護を受けた。
応永五年(1398)には、後小松天皇より勅願寺の論旨を得ている。









本圀寺8
こうして拝見すると、整然と伽藍が並んで、さすがに立派。





二十世・日隆上人(にちりゅうしょうにん)は水戸光圀卿と親交が
深く、光圀卿が当寺にて生母の追善供養を行った。






なるほど、水戸黄門で有名な水戸光圀公の帰依が深かったんですね。

寺号にの字が用いられているのも、その為ですか。









本圀寺9
天明八年(1788)の天明の大火により、経蔵をのぞいて伽藍(がらん)は
焼失したが、再興を果たしている。

昭和四十六年(1971)現在の地、山科に移転、寺観を整えている。






当時の京都市街の8割以上がになったと言われる天明の大火。

その中でも奇跡的に経蔵だけは被害を免れたんですね。









本圀寺10
境内に「玉房稲荷大明神」と、「九頭龍錢洗辨財天」がられているので、
まずはお参りを。 ( ̄人 ̄)



こちらの辨財天様は、特に金銭・財運にご利益があるそうな。




灯篭に巻き付いた金ピカの龍神様が、かなりのインパクトです。 (^^;)









本圀寺11
さて、それではいよいよ特別公開エリアへ。



受付で拝観料800円をお納めし、大客殿の中へ、お邪魔します~。




ちなみにいつもの如く、内部は撮影禁止なので、写真はパンフレット
他より拝借を。 (^^;)









本圀寺12
客殿内はつのお部屋から構成されているんですね。



諦の間(くうたいのま)・・・何も無い状態を表し、般若心経を意味する。
諦の間(ちゅうたいのま)・・・中正絶対を表し、華厳経を意味する。
諦の間(けたいのま)・・・仮の姿を表し、法華経を意味する。



お部屋一つ一つに意味が込められているとは、奥深し・・・。 ( ̄人 ̄)




本日は一番奥の、「假諦の間」で寺宝が公開されている模様。


江戸後期の儒学者・頼山陽(らいさんよう)直筆、「修史偶題十一節句」
(しゅうしぐうだいじゅういちせっく)の屏風から拝見を。









本圀寺26
頼山陽は、江戸幕府の老中・松平定信に、「日本外史」という歴史書を
書いて献上した人物なんですね。


その歴史書を執筆している際に詠んだが、こうして後に屏風にされたとか。



「虫の喰った本に埋もれながら、こうして歴史書を書いていると、ついつい
筆をげてしまいたくなる事もある・・・。」


という内容の歌が綴られているそうな。




「筆を曲げる」とは、事実となる事を書く、という意味。



う~ん、このさらさらとれるような筆使いの中にも、自分の利益の為に
書いてはいけない、という


山陽の葛藤が感じられるような。 (^^;)




いや、こうして屏風一つに対しても、推測や自己解釈をれていくのも

歴史探訪の白い所かな~と。 (^^;)









本圀寺13
そんな独り言を言いながら、お部屋奥の源平合戦図も拝見を。 (^^;)



曲一隻(ろっきょくいっせき)・紙本金地(しほんきんじ)着色の屏風。

画の右から左に向かって物語が展開していくんですね。



「源義経の鵯越」(ひよどりごえ:逆落し)、「一ノ谷の合戦」、「敦盛の最期」と、
平家物語の中でも特に有名な場面が描かれているのが印象的です。



江戸初期の作で、制作者不詳ながら、樹木の描き方などから狩野派系統
の絵師ではないかと推測されるとか。




ちなみにこういった屏風はテーマが同じだと、ここの部分はこう風に描くという
具合に、だんだんパターン化されていくものの、

人や馬の描かれている数などから見て、本作はそこまで固定される以前
ものと考えられるそうな。


なるほど、物語の史実から見ても、大変貴重な品なんですね。



しかしながら、片方の一隻しか現存しないとは、残念な限り・・・。 ( ̄人 ̄;)









本圀寺14
さて、じっくりと寺宝を拝見した後は、お参りに向かいましょう。



回廊を通ってお堂へ向かいますが、少々の上にあるお寺のせいか

今日はちょっと寒いくらい。 (^^;)









本圀寺15
本師堂でお参りした後、お次は大本堂を正面から1枚、パチリ♪



現在、大本堂の一部が修復工事中なんですね。



お堂の全容を収められず、チョト残念。 (^^;)









本圀寺16
でもでも、御本尊様にはしっかりとお参りを。 ( ̄人 ̄)




御本尊


・一蓮華台座上一塔両尊二仏並照様式像本尊(いちれんげだいざじょう いっとう
りょうそん にぶつびょうしょうようしきぞうほんぞん)





思わずんでしまいそうなほどい御尊称・・・。 ( ̄人 ̄;)




でもでも良く拝見してみると、中央に法華経のお題目である「南無妙法蓮華経」
「本仏寶号」、 そして両脇に、

「釈迦如来」(左)・「多寶如来」(右)が祀られている様式なんですね。



なにもてる必要はありません。 (^^;)



ちなみに日蓮宗最古・最大の一塔両尊四士様式で、仏師・定慶(じょうけい)
の作と伝わるそうな。









本圀寺17
さらに須弥壇(しゅみだん)の上には、


安立行(あんりゅうぎょう)、浄行(じょうぎょう)、上行(じょうぎょう)、
無辺行(むへんぎょう)、の四菩薩


そして歴代五聖人のお像が祀られていて、圧巻



左右に飾られた紅白は、を模しているそうな。


特に紅の方は、日静聖人が亡くなられた時、境内にが咲いていた事に
因んでいるとか。




境内と言えば先の龍神様もそうでしたが、お堂内も金ピカですね~。 (^^;)


特に深い意味はないらしく、現在の御住職の趣味的なものだそう。 (^^;)





でもさておき、こちらの仏様方のお姿を拝見できるのも特別公開
あってこそ。



御縁に感謝しつつ、改めましてお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









本圀寺18
お次が最後にしてメインの公開箇所、経蔵(きょうぞう)へ。


一度外に出て、あちらの高台に向かうんですね。



頑張って階段をもう一上り。 (^^;)









本圀寺19
おお~、予想以上のきさにビックリ。 w(*゚0゚*)w



経蔵とはお経の本棚で、582個の引き出しに一切経(いっさいきょう)が
筒状にして納められているんですね。



中央の輪蔵が回転式になっており、ぐるりと1周回すことによって、
中に入っている一切経を全て読んだとじ功徳が得られるそうな。


しかしながら、輪蔵自体は室町時代のもので劣化が進んでいるので、
現在は回しておられないんですか・・・。



無理に回すと倒壊の恐れがあるとか。 (^^;)




でもでも、上の庇の部分は鮮やかなが残っていて、外観の保存状態は
そんなに悪くはないようです。




582個の引き出しにはそれぞれ、漢字一文字がまれていますが、これは
日本で言ういろは歌の様なもので、


どこに何のお経が入っているか、目印になっているそうな。









本圀寺20
ちなみにこういった回転式の転輪蔵を発明したのは、中国・南北朝時代の
在俗仏教者であった傅大士(ぶ だいし)なんですね。



輪蔵前には、お弟子さんであった「双林大士」「東陽大士」と共に
三尊像として祀られているので、合わせてお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









本圀寺22
さて最後に、お寺とのかかわりが深かった、加藤清正公が祀られた
お社が鎮座されているので、

こちらでお参りしてから、おいとましましょう。 ( ̄人 ̄)



それにしても、こちらの鳥居も見事なまでに金ピカ。 (^^;)









本圀寺23
金ピカに目が眩んで御朱印を頂くのを忘れずに。 (^^;)



ちなみに寺宝である「源平合戦図」の写真、こちら寺務所でカラー
コピーして頂けたものなんですよね。


写真は修復前のもので、京都市の補助を受けて修復したので、今回の
特別公開に当たって展示しないといけなくなったとか。



う~ん、聞き込み調査ならではの裏話。 (^^;)




でもでも、お忙しい特別公開期間中なので、お話は程々に。 (^^;)









本圀寺25
そうこうしている内に、こちらが頂けました御朱印。 (^^;)



「南無妙法蓮華経」と書いて頂けました。



右となりには、「正嫡付法」(しょうちゃくふほう)の書も。



これは日静聖人が光明天皇から賜った論旨で、

「日蓮聖人のしい教えが伝わっている正当な道場としてめる。」

という意味だそうな。



まさに日蓮宗・京都大本山にふさわしい論旨。 ( ̄人 ̄)




充分にお礼を申し上げて、ありがとうございました~。 m(_ _)m









本圀寺24
さてさて、そんなこんなで、京都・2015年春期・特別公開 「本圀寺」
(ほんこくじ)。


山科は御陵の大きなお寺で、くの仏様にお会い出来、大変良いお参りを
させて頂きました。 ( ̄人 ̄)


天明の大火から唯一焼失を免れた経蔵、そして寺宝も存分に拝見出来て、
このの満足度はまさに特別公開でしか得られませんね~。 (^^;)





さて、またえらく更新がくなりましたが、

2015年 京都・春季非公開文化財・特別公開編は、これにて終了。 (^^;)


今回巡ったのは、初公開の山科区エリアを2ヵ所だけでしたが、でもでも
とても内容の濃い拝観でした。



早くも秋季は、10/30(金)~11/8(日)で特別公開が予定されているんですね。



今回に引き続き、また目新しいレアな社寺の公開を

ご期待申し上げております。 (^^;)






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