社寺巡り 京都・北区「常照寺」(じょうしょうじ) 20/10/11
の続きで、



まだ周辺をウロウロ。 (^^;)









今宮神社1
いや、またせっかくなので、もう1ヵ所くらいろうかな~と。 (^^;)





というワケでお次は神社を目指し、鷹峯(たかがみね)を背にして
一気に南へと下ります。









今宮神社2
徒歩15分ほどでさらっと到着♪




市バスも走っているんですが、この時季、これくらいの距離だと
散策を兼ねてくには丁度いいかも知れません。 (^^)






いやホント、ほんの1ヶ月ほど前だと、熱中症が心配な位だったのに、
季節の移ろいとは早いものです。









今宮神社3
大正創建・朱塗りの大きな楼門を前に、


それでは気持ちを整えまして、いざ潜入~。








今宮神社4
おお、境内はなかなかに広い。 

末社も多く鎮座されているようなので、順にお参りして行きましょう。 (^^)






当社地には、桓武天皇の平安建都(延暦十三・794年)以前から、疫病を
鎮めるため疫神(えきしん)を祀った社があったといわれる。


平安建都以後、都は諸国からの来往が繁くなり、次第に都市として栄える
一方、疫病や災厄に悩まされ、これを鎮めるため神泉苑、御霊社、祗園社など

各地で盛んに御霊会(ごりょうえ)が営まれた。今宮社の紫野御霊会も
その一つである。

(以下、由緒書きより抜粋。)









今宮神社5
朱塗りの神橋を背景に、1枚パチリ♪

こちら手水舎でお清めをさせて頂きます。





一条天皇の御代正暦五(994)年六月、当社地の疫神を二基の神輿に
齋いこめて船岡山に安置し、神慮を慰め奉って悪疫退散を祈った。

これが紫野御霊会であり今宮祭の起源である。









今宮神社6
続いて絵馬舎も拝見。


歴史を感じる多くの絵馬が奉納されています。





京中の老若男女は挙って神輿に供をし船岡山へ登り、綾傘に風流を施し
囃子に合わせて唱い踊り、病魔のよれる人形を難波江に流したといわれる。

これが夜須礼(やすらい)祭である。





なるほど、やすらい祭は流行病がまることを祈願したお祭なんですね。


毎年4月に行われ、民俗無形文化財にも指定されているそうな。









今宮神社7
お次は拝殿の中から御本殿をパチリ♪


色々な構図を試しながら参拝したりして。 (^^;)






長保三年(1001)、ご霊夢によって疫神は船岡山から再び現在の当社地に
奉遷され、新たに設けられた神殿三宇ともども今宮社と名づけられた。

これが今宮神社の起源である。









今宮神社8
創祀以来朝野の崇敬を集め、とりわけ徳川綱吉公生母・桂昌院の崇敬は
西陣への愛郷の念とともに厚く、元禄七年(1694)には荒廃していた社殿の
造営など大いに務められ、祭礼も往時のような盛況を取り戻したと伝えられる。






5代将軍・綱吉公の生母、桂昌院(けいしょういん)からも崇敬厚かったとは、
このあたりのエピソードもまた興味深いですね。









今宮神社9
それではいよいよ、御本殿へ。





御祭神


・中御座:大己貴命(おおなむちのみこと)

・東御座:事代主命(ことしろぬしのみこと)

・西御座:奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)









今宮神社10
お賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。



手順正しく、静かにお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)








お参りしていると、社殿から祝詞(のりと)の響きが。









今宮神社11
なるほど、ちょうど御祈祷が行われている所でした。



合わせてワタクシも、再度お参りを・・・。 ( ̄人 ̄)






と言いつつ、またこうして殿内を撮ってしまうワケであります。 (^^;)









今宮神社12
末社にもお参りして行きましょう。 (^^;)




こうして境内の案内図を拝見すると、けっこうくて見どころも多いんですね。









今宮神社13
本社隣の「疫社」、「織姫社」でお参りしたあと、



「日吉社」、「大将軍社」、「八幡社」、そして「八社」と、順に末社を
って行きます。 ( ̄人 ̄) 









今宮神社14
こちらの鳥居には、「紫野稲荷社」の神額が掲げられています。



お稲荷様が祀られているんですね。









今宮神社15
「稲荷社」と「織田稲荷社」が鎮座されています。




「織田稲荷社」の御祭神は織田信長公。



信長公を祀る墓所・阿弥陀寺の移転跡地、西陣元伊佐町に鎮座されて
いたものを、昭和六十二年、こちらに遷し祀ったそうな。









今宮神社16
続いて「若宮社」、「地主稲荷社」、「月読社」、「宗像社」とって
行きますが、


末社がくて、中々にお参りし甲斐があります。 (^^;)









今宮神社17
おや、境内中央付近に、「桂昌院レリーフ」なるものを発見。



由緒書きにもあった、徳川綱吉公生母・桂昌院に関するものなんですね。





説明書きを拝見すると、桂昌院は終生神仏敬うこと深く、とりわけ故郷
氏神である今宮神社が荒れていると聞くと、再興に社領百石を寄進して社殿
を修復するなどしたそうな。




なるほど、そのような由縁からここにレリーフとして祀られているんですね。









今宮神社18
桂昌院は一説に、西陣の八百屋に生まれ、その名を「お玉」と呼ばれたとか。



三代将軍・家光公の側室となって綱吉を生み、その後将軍の生母として大奥で
権勢をふるい、従一位の高位にまで昇り詰めたんですね。


このエピソードが、「玉の輿」の言葉の起源ともいわれているそうな。






う~ん、こうして拝見すると、色々と勉強になります。 (^^;)









今宮神社19
さて、こちらには阿呆賢(あほかし)の石が祀られています。



古くから「神占石」(かみうちいし)とも云われ、軽く手で撫で身体の
ところを摩れば、健康の回復の御神徳があるそうな。





また、重軽石(おもかるいし)ともいわれるとの事。


まず軽く手の平で三度石を打ち、持ち上げるに大層重くなり、再度願い事を
込めて三度手の平で撫でて持ち上げる。



そこで軽く感じれば、願いが成就すると言い伝えられているそうですが・・・、









今宮神社20
ワタクシも試してみたところ、あまりに気合いが入り過ぎていたせいか、


石を持ったまま後ろにひっくり返りそうになり、アブナイアブナイ。 (^^;)





予想より相当軽く感じたので、願い事は叶うのでしょう。 たぶん。 (^^;)









さて、またずい分長居しました。


もパラついてきたので、そろそろおいとましましょう。









今宮神社21
社務所で御朱印を頂こうとしたところ、けっこうな人。



有名な神社なので、観光で来られる方も多いんですね。






神社の方もお忙しそうなので、お話を聞くとかは、またの機会に。 (^^;)









今宮神社22
社務所となりに、セルフで頂ける大判記念スタンプを発見。



御朱印を書いて頂いている間、こちらも頂きましょう。 ちなみに無料。





ワタクシなりにキレイに押せて、ご満悦。 (^^;)









今宮神社23
そうこうしていると、こちらが頂けました御朱印。


おお、2ページに渡る見開きのタイプとは、なかなかにレア。




右頁の印は、「やすらい祭り」の時に使われる花傘を模しているんですね。

実際のお祭の時、この傘の下に入ると、厄が祓われるんだそうな。





縁起の良さそうな御朱印を頂けて、ありがとうございます。 (^^)









今宮神社24
さてさて、そんなこんなで、京都・北区は「今宮神社」(いまみや
じんじゃ)。



歴史と由緒の深い神社で、たっぷりとお参りさせて頂きました。 

珍しい御朱印も頂けて、大満足。 (^^;)



春のやすらい祭り、また今宮祭も大変わうそうなので、また機会があれば
訪れたいと思います。 (^^)






さて、オウチに帰って気付いたこと。



今宮神社名物、あぶり餅食べるの、忘れてた・・・。 (´д`)   ←(もう遅い)






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