8/11(土)。 大阪市・天王寺区は藤次寺(とうじじ)へ行って参りました。






本日はこの付近に御用があって来たのですが、


せっかくなのでまた足を伸ばして、1ヵ所くらいはっておこうかなと。 (^^;)









藤次寺1
そう言いつつも、まずは大阪地下鉄・谷町九丁目駅からスタート。





大阪市内もこの辺りになると、やはり車や人通りがいですね~。






今回はノープランで来ましたが、こんな所に社寺があるのか、

やや不安。 (^^;)









藤次寺2
でも振り向くとすぐに、お寺の案内看板を発見。




こんなに駅の出口の目の前にお寺があるとは、少々ビックリ。 (^^;)







それによく見ると、今日はちょうど御縁日でもあるもよう。









藤次寺3
そんなワケで、い寄せられるように山門前へ。 (^^;)





それにしても、こんな都会のビル群の中にも、お寺はあるんですね~。



塗りの門もとても印象的です。









藤次寺4
もう夕方ですが、せっかくお伺いしたのでゆっくりとお参りさせて頂きましょう。




それでは気持ちを整えまして、潜入~。 ( ̄人 ̄)









藤次寺5
おお、境内はお手入れが行き届いて、とても豊か。 (^^)






藤次寺は今を去る千百余年の昔、弘仁年間に藤原冬嗣(ふじわらの
ふゆつぐ)公の発願により、その甥の任瑞(にんずい)上人を開基として建立された
真言宗の古刹である。

(以下、お寺の縁起書より抜粋。)









藤次寺6
なるほど、でもこうして一歩寺域の外へ出ると、いかがわしいホテル群が

迫っていたりと、現在のお寺を取りまく環境は、あまり良くないようです。 (^^;)







当山建立の趣旨が藤原家を治める寺である所から、「藤治寺」(とうじじ)
と称し、代々藤原氏一門の祈願寺として栄えてきた。









藤次寺7
さて、再び境内へ。 (^^;)






近世では江戸時代の明和元年、中興・清範和上の代に、

九條尚実公より家運長久を祈るべき、永代不易の祈願寺たる旨辞を
改めて授けられた。










藤次寺8
続いて、こちら手水舎でお清めを。





九條家祈願寺として幕末に至ったが、程なく明治の初年には
生玉十坊中の地蔵院を併合して藤次寺と改称し、今日に至っている。






なるほど、つまり今から1150年前の創建以来、藤原氏一門の氏寺として
栄え、九條家との関わりも深く、その永代祈願寺にもなっているんですね。





なんとも歴史・由緒深い・・・。 ( ̄人 ̄)









藤次寺9
それではいよいよ、御本堂へ。




御本尊

・宝生如来(ほうしょうにょらい)






衆生に福徳をお授けくださる増益の仏様であり、その御利益にあやかって

「大阪の融通さん」の愛称で、古くから多くの人に親しまれているそうな。









藤次寺10
おや? ここでフト上を見上げて気付きましたが、緒に吊るされたものは

お寺なのに鰐口(わにぐち)ではなく、なんですね。






やや不思議に思いつつも、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。


手順正しく、お参りを・・・。 ( ̄人 ̄)







おっと、ここはお寺なので、拍手(かしわで)を打ってはいけません。





鈴を鳴らしたら、無意識の内に神式のお参りになってしまった。 (^^;)










さて、改めて手順正しくお参りした後、お堂内を拝見すると、この日が

御縁日という事もあってか、中にれそうな雰囲気。 









藤次寺11
特に監視の目もないようなので、潜入~。  ~~( ̄人 ̄)     ←(怒られますよ)






いや、他の参拝客の方もがっておられたので、大丈夫かな~と。 (^^;)









藤次寺12
というワケで、さらっと外陣へお邪魔を。 (^^;)




それにしても、立派な造りのお堂です。






特に天井には格天井(ごうてんじょう)がおごられ、格式の高さが
感じられます。









藤次寺13
さて、改めて御本尊様にお参りを。 




脇侍(わきじ)

・金剛幢菩薩(こんごうどうぼさつ) : 左脇侍・向かって右側
・金剛宝菩薩(こんごうほうぼさつ) : 右脇侍・向かって左側








三躯の仏様を前に正座し、静かにお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)









藤次寺14
御本堂の左どなりには、末社とお堂があるようなので、こちらにも

お参りに行きましょう。 (^^)









藤次寺15
「毘沙門天」・「大黒天」・「地蔵尊」と巡り、









藤次寺16
続いて奥の、弘法大師尊像へもお参りを。 ( ̄人 ̄)









藤次寺17
よく見ると、丸くくりぬかれた石の中、金色の厨子内にお大師様が。





小さいながらも威厳のあるお姿に、改めてお参りさせて頂きます・・・。









藤次寺18
最後は角地の、稲荷社へ。



手前のの花を前ボケにして、パチリ♪






社寺巡りも、カメラの練習を兼ねて。 (^^;)









藤次寺19
御真言の札も拝見。 (^^;)





「稲荷大明神 : 本地・如意輪観音」






御真言と共に、気になる一文が。




どうやらここで言う本地(ほんじ)とは、本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)
であるもよう。






ちなみにこの本地垂迹とは、神仏習合思想の一つで、日本の神々は

実は様々な仏が化身として現れる、(=権現・ごんげん)という考えなんですね。






つまり、こちらの「稲荷明神」の場合、「如意輪観音」というの姿となって

我々衆生(しゅじょう)を救いに来て下さるワケなんです。 ( ̄人 ̄)









藤次寺20
境内には、石榴(ざくろ)の実が沢山なっています。






ちなみにこの説、遠くは平安時代中期には本格的に成立していたそうな。






色々と争いがありつつも、神道と仏教がこの平成の時代まで共存して

受け継がれてきた事に、何だか奇跡も感じたり・・・。 









藤次寺21
しいお話はこれくらいにして。 (^^;)




また長居したので、御朱印を頂いてからおいとましましょう。 (^^;)









藤次寺22
おや、よく見ると「摂津国八十八箇所」霊場の、第19番札所でも
あるんですね。





その他、毎度色々とお聞きしているとこちらのお寺、やはり神仏習合が
色濃く残るお寺なんだそうな。



よってお参りの仕方は、神式・仏式のどちらでもわないとの事。






拍手を打って、違いではなかったんですね。 (^^;)  ←(たまたまです)









藤次寺23
そうこうしていると、こちらが頂けました御朱印。  (^^;)



御本尊の「宝生如来」(ほうしょうにょらい)と頂けました。






ありがとうございます。 (^^)









藤次寺24
さてさて、そんなこんなで、大阪府・天王寺区は「藤次寺」(とうじじ)。




ふらりと訪れたお寺でしたが、ちょうど御縁日に当たり、とてもよい
お参りをさせて頂きました。




藤原家・九條家とゆかり深く、また神仏習合の歴史にも触れる事が出来て、
勉強にもなりました。






ちなみにこの周辺は、他にも沢山お寺があるんですね。



また機会があれば、散策してみたいと思います。 (^^)






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