10/30(日)。 京都・上京区は「浄福寺」(じょうふくじ)へ行って参りました。




さて、本日のお目当ては、コチラ。




浄福寺1
2011年京都・秋季・非公開文化財・特別公開 11/08/25 & その2
ご紹介しました、

”京都古文化保存協会”が主催する、秋期の「特別拝観」
いよいよ始まりなのです。





今回も、りますよ~。 (^^)








浄福寺2
というワケで、今出川通から左折し、まさに目指すお寺の名前がついた
浄福寺通を南下して行きます。






この辺りは、平安時代から多くの職人が集う絹織物の生産地で、
西陣の織町と呼ばれているんですね。




伝統的な京町家が軒を連ねて、とても趣があります。








浄福寺3
足取りも軽やかに進んでいくと、じきにお寺へ到着♪



おお、塗りの山門なんですね。 これは珍しい。








浄福寺4
その山門脇には、特別公開の案内看板が立っています。




前回の春季特別公開から、なぜか突然イメージチェンジして、

黒基調からに変わったんですよね~。 (^^;)








浄福寺5
まあ深くつっ込むところではありません。 (^^;)



久しぶりの特別公開。 特別に気持ちを整えまして、いざ潜入~。 (^^;)





浄福寺の山号は恵照山(えしょうざん)で、浄土宗寺院である。興福寺僧の
賢憬大僧都(けんけいだいそうず)を開祖として、延暦年間(782~806)に
京都御所の東北に建立された。
(以下、拝観の手引きより抜粋。)








浄福寺6
山門からの外観に反して、境内はけっこうい。


まずは、真っ直ぐの参道を進んでいきます。





当時は二十五大寺の一つに数えられていたが、たびたび火災にあい、
建治二年(1276)、後宇多天皇の命によって一条村雲に再建し、「村雲寺」とも
呼ばれた。








浄福寺7
途中、右手のお堂にお祀りされている、「護法大権現」様にお参りを。 ( ̄人 ̄)




室町時代末の大永五年(1525)に、後柏原天皇より、念仏三昧
(ねんぶつざんまい)の勅号を賜って浄土宗を兼ねるようになった。








浄福寺8
それにしても、今日はいいお天気で、絶好の参拝日和。 (^^)



いや、天気がすぎと言いますか、この時期にしてはい位で、
汗をかいてしまうほど。 (^^;)







後に知恩院の末寺となった。元和(げんな)元年(1615)、現在地に
移転。現在の本堂は享保(きょうほう)十八年(1733)の再建である。





なるほど、東山で有名な知恩院とのわりも深いようです。








浄福寺9
庫裏でしょうか、立派な建物が見えてきました。



拝観受付まで、あともう少し。








浄福寺10
おお、受付の前はスゴイの数。 (゚д゚;)





毎度この特別公開シリーズ、人気の高さが伺えます。 (^^;)








浄福寺11
それではワタクシも、拝観料800円をお納めして、お邪魔します~。





う~ん、中も当然人口密度が高い。 (^^;)








浄福寺12
まずは書院にて、土佐光信(みつのぶ)筆・十王図(じゅうおうず)を拝見。

これらはレプリカですが。 (^^;)





普段は京都国立博物館に寄託されているんですね。




でもこの特別期間中、十幅のうち三幅は本物が別に展示されているとの

事なので、あとで拝見しましょう。 (^^)






そうこうしていると、後ろの方から梵鐘の音が。



どうやらご住職みずから、十王図の絵解き説法が行われる
合図のようです。





これはグッドなタイミング。 椅子に座って拝聴しましょう。 (^^;)








浄福寺13
仏教の世界では、人は死ぬとお浄土へ行くという概念があるんですね。




しかし、簡単に極楽に行けると言うわけではなく、

死者は、山・谷・川ありの、険しい道のりを七週間、つまり四十九日
(しじゅうくにち)掛けて歩いて行くんだとか。 ( ̄人 ̄;)





更にその四十九日を、一週間ごとに区切った関所で生前の行いを問われ、

極楽行きか地獄行きかを、厳密に判断されるそうな・・・、



各関所で待ち構える裁判官たちが、まさに絵にある十王なんですね。





ご住職が絵を前に仏教の本質、そして時には冗談も交えながら、
実に判りやすく説いて下さいます。 ( ̄人 ̄)








浄福寺14
15分ほどの説法でしたが、とても内容がくて良かった。 (^^)



もっと聴きたいくらい。 (^^;)








浄福寺15
三幅の本物の十王図も拝見しましょう。



第一図 秦広王(しんこうおう):三途の川
第五図 閻魔王(えんまおう):浄玻璃の鏡
第十図 五道転輪王(ごどうてんりんおう):刀葉林図




閻魔王を含め、いずれの王も恐ろしい形相で描かれています。


そのリアルな描写の中にも、土佐派らしい、繊細なタッチが
見受けられるのも、また印象的です。








浄福寺16
滅多に拝見できない貴重なお軸を、たっぷりと拝見したあとは、
順路に従って方丈(ほうじょう)へ。





と、その前に、となりの間に展示されている、佛説阿弥陀経変相
(ぶっせつあみだきょうへんそう)のほか、多くのお軸も拝見を。 (^^;)





ちなみに変相とは、仏教絵画の一つで、お浄土の様子を描かれたものが
代表的なんですね。








浄福寺17
そして、その後は方丈へ。




もちろん中は撮影禁止なので、毎度画像はパンフレットより拝借。 (^^;)








浄福寺18

さて方丈とは、当時の身分の高い人が休憩に使われる場所。今でいう、
VIPルームのようなお部屋なんですね。



まずは、お内仏の「阿弥陀如来」様にお参り~。 ( ̄人 ̄)





ちなみにこちらの阿弥陀様、元は知恩院に祀られていたんだそうな。


当時、知恩院が改修工事された時に、浄福寺の方が勘定奉行
(現在の経理)のお仕事をされていた、という繋がりからだとか。



なるほど、沿革にあった知恩院とのわりとは、この辺りも深いようです。








山田文厚(やまだぶんこう)筆、天井の鳴き龍図も見もの。



わずかにドーム状の構造になっており、絵の下で手を打つと、「ビ~ン」
と共鳴するんです。





ワタクシも手を打って、イイ音は出たんですが、チョト周りの注目を浴びて
しまいました。 (^^;)








浄福寺19
さて、げるように最後は本堂へ。 (^^;)








浄福寺20

御本尊


阿弥陀如来(あみだにょらい)





やっと御本尊様にお会いできました。 静かにお参り・・・。 ( ̄人 ̄)



いや、ヒトが多いので、あまり落ち着いてお参りは出来ません。 (^^;)






さて、ここでも係りの方がお寺について、色々と説明をして下さいます。


毎度ながらこのご説明、ありがたい。 (^^;)





中でもこちらの御本堂、「日本最古の違法建築」だという解説には驚き。




なんでも当時、寛文六年(1666)に三間梁規制(さんげんばりきせい)
といわれる、現在の「建築基準法」の様なモノが日本でめて制定されて、



建物の奥行きは三間(約6メートル)以内にするもの、と規制されたんだとか。








浄福寺21
不運な事に、この法律が施行された後、本堂が享保十五年の大火で焼失。

元の大きな本堂のサイズで、再建出来なくなったんですね。





そこで編み出された、究極の裏技。 (゚д゚)





外から見ると、二つの建物がんで見えるように繋ぎ合わせて、

内部は一つの大きな空間に仕立てたワケなんです。






う~ん、昔の人も、色々と法の目をくぐり抜けて来たんですね~。 (^^;)








浄福寺22
入ってくる時には気づきませんでしたが、確かに接続部分が見て取れます。


「違法建築」と言われてから見るせいか、やや不自然な造りにも見えて
来たり・・・。 (^^;)








さて存分に拝見して、またずい分長居したので、そろそろおいとまを・・・。









浄福寺23
その前に、書院に戻って御朱印を頂いてから。 (^^;)

外に出て、そのまま帰るところだった。 アブナイアブナイ。 (^^;)






ご本尊の「阿弥陀如来」と書いて頂けました。



ありがとうございます。 (^^)








浄福寺24
さてさて、そんなこんなで、京都・2011年秋期・特別公開 「浄福寺」
(じょうふくじ)。



今回、公開のお寺で、貴重な寺宝、御住職の説法、日本最古の違法建築と、

初めてにするものばかりで、満足の拝観となりました。 (^^)





毎年、春と秋に公開され、いつも楽しみにしている、この特別拝観。



ホント、期待を裏切りません。 (^^;)






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