6/4(土)。 京都・上京区は「相国寺」(しょうこくじ)へ行って参りました。





本来の姿らしく、社寺ネタが続いております。 (^^;)








さて、本日のお目当てはコチラ。
相国寺1
「春の特別拝観」と題して、法堂(はっとう)・開山堂・浴室が、
3/24(木)~6/4(土)まで、特別に公開されているんです。





と言っても、この日が最終日と知って、ててお伺いする事に。 (^^;)








相国寺2
という訳で、まずは今出川通を一路、東へ進みます。



右手には、京都御所が位置しているんですね。








相国寺3
そしてじきに総門前へ到着♪



それでは気持ちを整えまして、いざ潜入~。








相国寺4
まずは入り口すぐ横の全景図で、位置関係を確認。



そういえば以前、→社寺巡り2010年・「京の夏の旅」特別公開相国寺・「瑞春院」 
2010/07/30
で訪れた事はありましたが、

本坊へお参りするのは、今回がめてでした。 (^^;)






社寺巡り 京都・「金閣寺」(きんかくじ) 特別公開・「方丈」編2010/6/8で訪れた、
山外塔頭(さんがいたっちゅう)の金閣寺も記されています。








相国寺5
さて、真っ直ぐに伸びた参道を進んでいきましょう。



足利三代将軍義満が、後小松天皇の勅命を受け、約十年の歳月を費やして
明徳三年(1392)に完成した一大禅苑で、夢窓国師を勧請開山とし、
五山の上位に列せられる。
(以下、お寺のパンフレットより抜粋。)








相国寺6
蓮池に掛かる天界橋を臨んで、パチリ♪



その後応仁の乱の兵火により、諸堂宇は灰燼(はいじん)に帰したが、
度重なる災禍(さいか)にも関わらず当山は禅宗行政の中心地として多くの
高僧を輩出し、室町時代の文化の興隆に貢献した。





11年間に渡って続いた、応仁の乱。
この内乱によって京都の町は、の海に包まれたんですね。





ワタクシもこれまで、数々の京都の社寺を巡ってきましたが、この応仁の乱
によって衰退してしまった社寺が多い事に、改めて気付かされます。








相国寺8
こちらは仏殿跡のようですね。

天文20年(1551)の石橋の乱で焼け落ちて以来、再建されずに礎石
だけが残っているそうな。



後に豊臣氏の外護を受けて、慶長十年(1605)豊臣秀頼(ひでより)が
現在の法堂(はっとう)を建立し、慶長十四年には徳川家康も三門を寄進した。








相国寺9
立派な庫裏(くり)が見えてきました。 あともう少し。





現在は金閣・銀閣両寺をはじめ、九十余ヵ寺を数える末寺を擁する
臨済宗相国寺派の大本山である。








相国寺10
天保15年(1844)再建の、袴腰付鐘楼・洪音楼(こうおんろう)も拝見。

かなり大型で、近くで見るとスゴイ迫力。





近くの宗旦稲荷(そうたんいなり)様と、弁財天様に、まずはお参りさせて
頂きます。 ( ̄人 ̄)








相国寺11
こちらが拝観受付ですね。



それでは拝観料800円をお納めしまして、お邪魔します~。








相国寺12
係りの方のご案内によると、まずはこちら法堂(はっとう)からの拝観ですね。



スリッパに履き替えまして、いざいざ! (゚д゚)ノ








相国寺13
と、やや勇み足ですが、ここから先は撮影禁止なので、例によって
以下の写真は公式サイトより拝借。 (^^;)








相国寺14
おお、お堂内は広大な空間が広がっています。

その高さ11m、広さ、畳200畳分。 スゴイ。






まずは御本尊様にお参りをせねば。



御本尊

・中央 : 釈迦如来(しゃかにょらい)
・左脇待 : 阿難尊者(あなんそんじゃ)
・右脇待 : 迦葉尊者(かしょうそんじゃ)



両脇待は、釈迦十大弟子の内のお二方なんですね。





では、静かにお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)








相国寺15
その後、お堂内の天井も拝見。


直径9m、狩野光信(かのうみつのぶ)筆の巨大な蟠龍図(ばんりゅうず)が。



は仏法を守護する、という考えから、禅宗の法堂の天井にはこのように
よく龍が描かれているんですね。





ちなみに光信は、ここに足場を組み上げて、上を向いて直にこの絵を
描き上げたそうな。





通常は下で描いて、後ほど上に組み上げると言いますから、そのご苦労や如何に。





これほどの大作、上を向いて描き上げたとは、さぞが痛くなったことでしょう。 (^^;)








相国寺16 相国寺17
拍手を打って「鳴き龍」も体験した後は、

お堂後ろに安置されているご開山・夢窓国師(むそうこくし)、そして、
足利義満公のお像にお参りします。 ( ̄人 ̄)








相国寺18
さて、お次は夢窓国師が安置される開山堂(かいさんどう)へ。



スリッパのまま進んでいいんですね。



いや、お寺によっては途中の順路で、靴をいだりいたりする所があるので、

混乱しそうになる時があるんです。 (^^;)





を履いたまま、お堂に上がりそうになったり。 (^^;) ←(外国からお越しですか)








相国寺19
そんな事を言いつつも先へ進むと、東日本大震災・義援金箱が。



社寺にはこうして募金箱がよく設置されているんです。





ワタクシも小額ながら、継続的に募金させて頂いております。 ( ̄人 ̄)








相国寺20
さて、こちらが開山堂。 引き続いて中は撮影禁止です。



文化4年(1807)、恭礼門院(きょうらいもんいん:桃園天皇皇后)の黒御殿
を拝領して開山堂に改めたものなんだそうな。




中央には夢窓国師像、両側には佛光・佛国・普明の三国師像、そして周囲には
穏仁(やすひと)親王・公仁(きむひと)親王ほか、ズラリとお像が安置されています。








相国寺21
お参りの後は、龍渕水(りゅうえんすい)の前庭を拝見。

かつてここには水が流れていて、今出川の一部であったとか。





ちょっと休憩を兼ねて、しばらくボ~ッとお庭を眺めます。





禅寺のお庭って、なんだかが引き締まるような気がして、いい感じ。 (^^)








相国寺22
あまり座り込んでいると動けなくなるので、そろそろお次へ。 (^^;)

最後の拝観箇所は浴室ですか。



ここからはを履いていくんですね。 (^^;)





ちなみに右手に見える方丈(ほうじょう)は、現在修復工事なので拝観
できないんですね。 これは残念。








相国寺23
おや、このお堂のような建物が浴室ですか。



では拝観券をお見せして、お邪魔します~。





ちなみにこちらの中は撮影OKとの事。



それでは失礼しまして、撮らせて頂きます。 (^^;)








相国寺24
宣明(せんみょう)なる扁額が掲げられています。

これを禅宗では、「浴室」のことを指すんだとか。




ちなみにここ言う浴室とは、僧侶が「心」と「体」の垢を落とす場所の事で、

当時は湯を浴びるのも修行の一つだったんですね。





お祀りされている「跋陀婆羅菩薩」(ばっだばらぼさつ)様にも、お参りを・・・。 ( ̄人 ̄)








相国寺25
浴室の全景も、パチリ♪



破風な装飾、お堂の中にまたお堂があるといった造りで、面白い。








相国寺26 相国寺31
現代人のように、湯船にザブ~ンと浸かるような入浴スタイルではなく、
掛け湯だったんですね。





後ろの大きなお釜でお湯を沸かして、前の方に柄杓で送ってと、

数人掛かりの作業で、なかなかに大変そうな趣。 (^^;)








相国寺27
またずいぶん長居したので、そろそろおいとましましょうか。



その前に、法堂(はっとう)の全景も、パチリ♪





法堂建築としては日本最古、高さ22mと、堂々とした造りです。








相国寺28
おっと、御朱印を頂くのも忘れずに。 (^^;)



こちら受付で頂けます。








相国寺29
「無畏堂」(むいどう)と書かれてあるそうな。



本来、畏(おそ)れることなく法を説くためのお堂、つまり先ほどの法堂
(はっとう)の事で、我々衆生(しゅじょう)が煩悩の苦しみから離れて
生き返り蘇生する願も含まれ・・・、







う~ん・・・、なかなかに難しい。 ( ̄人 ̄;) ←(結局理解できなかったヒト)








相国寺30
さてさて、そんなこんなで、京都・上京区は「相国寺」(しょうこくじ)・
「春の特別拝観」。 (^^;)



特別拝観の最終日に、け込んだ形になりましたが、ゆっくりとち着いて
拝観させて頂きました。 (^^)





観光寺院ではないせいもあるでしょうね。



山外塔頭(さんがいたっちゅう)の金閣寺とは、人の入りが全然違います・・・。 (^^;)






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