大阪町中時報鐘(おおさかちょうちゅうじほうしょう):釣鐘屋敷跡 2010/4/2
続きで、次は神社を目指しています。





少彦名神社1
土佐堀通(とさぼりどおり)を一路西へ。


阪神高速・環状線の高架をくぐっていきます。








少彦名神社2
堺筋を南下し、道修町(どしょうまち)辺りまで来ると、見えてきました。

あらかじめ、ポケット地図で見つけておいた、



少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)。








少彦名神社3
失礼しまして、正面へ。

両側はビルに挟まれ、これまた窮屈そう。

都会のオフィス街に共存する神社の宿命でしょうか。




それに、入り口に鳥居も無いので、実に所在が判りにくい。(^^;)








少彦名神社4
そんな事を言いつつも、注連縄(しめなわ)をくぐり、いざ潜入~。



享保7年(1722)、「道修町薬種中買仲間」(幕府からくすりの専売を許可された
業者の団体)が、株仲間として公認され、長崎より入荷する薬種の品質と目方を
保証し適正価格を定め、道修町は全国の薬種流通の中心地となりました。
(以下、神社の公式サイトより抜粋。)








少彦名神社5
まっすぐの参道を進んでいきます。



唐薬種のみならず、和薬種も扱うようになり、また仲間の繁栄を祈るため、有志で
組織した伊勢講が、安永9年(1780)10月、わが国の医薬の神である少彦名命を
京都・五條天神宮よりお迎えしました。








少彦名神社6
なるほど、この辺りは昔からくすりの町として栄えてきたんですね。


既に祀っていた神農氏(しんのうし:古代中国最初の統治者・特に医薬を
司った)と共に、道修町・薬種中買仲間の寄合所(現在の少彦名神社の位置)
にお祀りするようになりました。








少彦名神社7
鳥居が見えてきました。


こうして、日本の「少彦名命」と中国の「神農氏」を薬祖神として祀ったのが
少彦名神社の始まりです。








少彦名神社8
まずは、こちら手水舎でお清めさせて頂きます。


水は並々と清らか。








少彦名神社9
広くはありませんが、とても静かで趣のある境内です。








少彦名神社10
そして、拝殿正面へ。



御祭神

・少彦名命(すくなひこなのみこと)

・神農氏(しんのうし)




社殿は、本殿と拝殿の間に幣殿を付けた権現造り形式で、銅版葺社殿。

国登録有形文化財に指定されているそうな。 スゴイ。








少彦名神社11
それでは御賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らして、手順正しくお参り~。


お薬の神様ということで、「無病息災」・「健康成就」・「延命長寿」、
その他もろもろお願いを~・・・。 ( ̄人 ̄)








少彦名神社12
また勢いあまって拝殿内も撮ってしまいました。

もうしわけありません。(^^;)








少彦名神社13
さて、お参りあとのお楽しみ。


社務所で御朱印を頂きましょう。(^^)








少彦名神社15
そしてこちらが頂けました御朱印。

「薬祖・少彦名神社」と書かれています。



ありがとうございます。(^^)








少彦名神社14
ちなみにこちらの社務所ビル3階は、「くすりの道修町資料館」
なっているのですが、本日・日曜日は休館日とのこと。




これは残念。(^^;)








少彦名神社16
さてさて、そんなこんなで、大阪・北浜は「少彦名神社」(すくなひこなじんじゃ)。

お薬の神社で、静かなお参りをさせて頂きました。



「くすりの道修町資料館」も、機会があればまた改めて訪れたいと思います。(^^)







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