4/4(土)。 大阪・梅田の「綱敷天神社」(つなしきてんじんじゃ)へ
行って参りました。


最近、ずっと京都の社寺ばかりだったので、今回は大阪方面へお参りに来ました。(^^)




阪急・梅田駅よりスタート。


地下街の「ホワイティうめだ」をぬけて、「阪急東通り商店街」
めざします。



東通り商店街・入り口
東通り商店街1





商店街・アーケード内
東通り商店街2
にぎやかな東通り商店街を、スタスタと歩いて行きます。




商店街のアーケードを抜けて左折すると、ほどなく見えてきます。





綱敷天神社(つなしきてんじんじゃ)
綱敷天神社
天気は、あいにくの雨でした。




御祭神
御祭神
嵯峨天皇(さがてんのう)
菅原道真公(すがわらのみちざねこう)







神門
綱敷天神社2
門をくぐり、いざ潜入。






御本殿
綱敷天神社3
こちらは天神様です。

まずは、御本殿前でお参り。( ̄人 ̄) ←でも、最近勉強サボり気味のヒト。




冷たい雨が降っていましたが、境内の立派な桜の木は、花が満開でした。






綱敷天神社4
当神社は社名を「綱敷天神社(つなしきてんじんしゃ」と称し、今から千二百年ほど
昔の弘仁十三年(西暦822年)に、第五十二代天皇であらされた嵯峨天皇
(さがてんのう)が当地に御行幸あそばされ、現在の御本社の位置に仮の御殿を構え
一宿された事に由来する神社です。







綱敷天神社5
延喜元年(西暦901年)に、学問の神様として慕われる「天神さま」こと菅原道眞
(すがわらのみちざね)公が、無実の罪により京都より太宰府までの左遷の際に、
この地で今を盛りと咲いていた紅梅に目を留められ、それをご覧になるため船の
艫綱(陸と船をつなぐ綱)を円く円座状に敷いてご覧になられ一時の休息を得られました。
その由縁より、「綱敷(つなしき)」の名が興りました。






綱敷天神社6
この時、菅原道眞公の従者、白太夫こと度会春彦の一族らをお側近くに召され、
「この地に留まり、いつか戻るその日まで待つように」と御遺訓を残され、
白江の姓を賜り、また自筆の御影とお座りになられた綱を与えられ、九州太宰府へと
旅立たれました。白江氏は、御遺訓に従い、この地に留まり、紅梅の樹下に小祠を営み、
号を梅塚天満宮と称し、道眞公の御霊をお祀りしました。この梅塚が「梅田」の
名の由来となったとも云われています。(公式サイトより抜粋。)





なるほど、「梅田」の地名はここから来ていたのですね。






喜多埜稲荷神社(きたのいなりじんじゃ)
喜多埜稲荷神社
その後はお稲荷様でお参り。( ̄人 ̄)

御祭神:宇賀御魂大神(うかのみたまのおおかみ)
御神徳:商売繁盛・五穀豊穣





桜
その隣には休憩所が設けられています。

この雨で桜が散って、とてもよい感じになっています。(^^)






白龍社(はくりゅうしゃ)
白龍社
御祭神:白龍大神(はくりゅうおおかみ)・猿田彦大神(さるたひこおおかみ)
御神徳:家の守り神、方除


ぬかるみで、足を取られながらお参り。( ̄人 ̄;)




その後は、軽く境内を散策。


「筆塚」・「従軍記念碑」・「戦災の狛犬」・「牛舎」を拝見し、おいとましました。





とても静寂な空間で、梅田のような都会にある神社とは思えませんでした。




こちらの神社には、御旅所と境外末社もあるので、今度お参りしたいと思います。(^^)




社寺巡り 大阪・「歯神社」(はじんじゃ) 2009/9/3で、末社の「歯神社」
   (はじんじゃ)にお参りに行きました。(^^)






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