2/18(土)。 京都市・右京区は、養徳院(ようとくいん)へ行って
参りました。



さて、本日のお目当てはコチラ。 (゚д゚)







2016年・第51回「京の冬の旅」1
2017年 第51回・「京の冬の旅」 文化財特別公開 2017/01/10
の記事でご紹介しました特別公開


毎年冬と夏、1つのテーマを基に、普段は見学する事の出来ない
社寺や建築・庭園・仏像などが公開される催しなんですね。



いや、こうして記事でご紹介しておきながら、まだ一度もって
なかったんですよね~。


そんな折、コメントでおススメのお寺情報をけたので、さっそく
お伺いしようかなと。 (^^;)









養徳院1
そんな事を言いつつも、まずは妙心寺(みょうしんじ)へ到着。


今回お伺いする「養徳院」は、妙心寺の寺域内にある塔頭
(たっちゅう)寺院なんですね。



ちなみに塔頭とは元々高僧のお墓の事で、現在では大寺院の
敷地内にある小さな個別のお寺を指すワケですが・・・、









養徳院2
はい養徳院、どこにあるかかりませ~ん。 (^^;)



臨済宗(りんざいしゅう)・妙心寺派の総本山という事もあり、敷地は
日本最大の約10万坪にも及ぶ禅寺。


この広大な寺域の中に、46ヵ所もの塔頭が点在しているんです。



いや、ご先祖様が眠る塔頭に訪れるお墓参りネタとして
よく記事には書いているんですが、


他の塔頭は特別公開くらいにしか訪れる御縁が無く、地理感覚が
さっぱりだったり。 (^^;)



そんなワケで・・・、









養徳院3
居合わせたバスツアーの団体さんにいて行ったりして。 (^^;)



特別公開云々の説明をされるガイドさんの声が聞こえたので、

付いて行けばとかなるかな~と思ったり。 (^^;)









養徳院4
そしてこれまた、さらっと養徳院へ到着。 (^^;)


いや、この先にある大雄院(だいおういん)も今回、
同じ「京の冬の旅」で特別公開されているんですね。


団体さん御一行の目的地はそちらだった模様。 (^^;)









養徳院5
では改めまして、養徳院の山門を正面から1枚、パチリ♪



お隣の大雄院と比較すると人出も少なく、かな趣。



ではワタクシも同調して、心静かに、潜入~。 ~(  ̄人 ̄)









養徳院6
山門をくぐると、思いのほか豊か。

趣のある境内を、まずはゆっくりと拝見していきましょう。 (^^)





妙心寺の塔頭寺院で、天正十一年(1583)、豊臣秀吉の重臣であった
石河光重(いしこ みつしげ)が、父・光延(みつのぶ)の
菩提を弔うため創建した。

(以下、公式ガイドブックより抜粋。)









養徳院7
開祖は妙心寺第六十七世・功沢宗勲(こうたく そうくん)で、
功沢も光延の子であり、功沢のあとを嗣いだ水庵宗掬(すいあん
そうきく・心華霊明禅師)も石河氏出身であった。





なるほど、こちら養徳院は石河家と深い関わりがあるんですね。


ちなみに石河家は戦国~安土桃山時代、4代に渡って美濃国(岐阜県)
鏡島城(かがしまじょう)を治めていたそうな。









養徳院8
前庭も1枚、パチリ♪

無駄な装飾を省いた枯山水にまたを感じたり。 (^^;)





当初は現在の大雄(だいおう)院・幡桃(はんとう)院・海福(かいふく)院・
雑華(ざっけ)院の敷地を含む広大な領地を有していたが、次第に
衰微縮小された。





資料を拝見すると、妙心寺境内の4分の1ほどを占める寺域に
なるでしょうか。

ホント、かつては広大な領地だった事にき。









養徳院9
往時は隆盛を極めた養徳院。

現在の境内は、ただかな時が流れています。




安政六年(1859)の再建時に現在の堂宇が建立された。
このとき現在の小方丈の北にあったものが、昭和十年に現在地に
移されている。





お庭も拝見した後は、いよいよ御本堂へお参りに向かいましょう。


それでは、いざいざ~。  ~~(  ̄人 ̄)









養徳院10
おっと、受付で拝観料600円をお納めしてから。 (^^;)



加えましていつもの如く、内部は撮影禁止なので、ガイドブック
他より拝借を。 (^^;)









養徳院11
改めまして、まずはお参りから。


こちら室中の間は、主に仏事・儀式の際に使われるお部屋で、
一般的な寺院で言うと「御本堂」にあたるんですね。




御本尊


・宝冠釈迦如来(ほうかんしゃかにょらい:安土桃山時代) 

・左脇侍:普賢菩薩(ふげんぼさつ)
・右脇侍:文殊菩薩(もんじゅぼさつ)




仏様方を前に、心めてお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)




比較的るい仏間で、養徳院創建時から伝わるお釈迦様も、
間近でお顔の表情まではっきりと拝見できます。


いやホント、厨子は参拝者から~くて~い位置に
祀られているお寺が多いので、

ワタクシ的にはりがたい限り。 (^^;)




中央の厨子左側には、石河家代々の御位牌が、そして右側には
養徳院歴代の御住職の御位牌が祀られています。


合わせてお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









養徳院12
さて、毎度ご説明を頂けるのも、特別公開のりがたい所。 (^^;)


お寺の沿革にもあった、養徳院と石河家とのわりについて
お聞きしてみると・・・、



御開基の光重(みつしげ)に始まり、妙心寺67世であった
功沢宗勲(こうたく そうくん)が御開基に。

養徳院2世として継いだ水庵宗掬(すいあん そうきく)もまた
妙心寺は73世で、

宗勲と宗掬のいずれもまた石河家出身だとか。



許可を頂いて石河家の氏系図を撮らせて頂いたんですが、


徳院創建に際し、河家を中心にして心寺も加わり、
その後はお隣で特別公開中の雄院も絡んでくるとは、

実にやこしい。 (^^;)



本日の所は、石河家に大変ゆかりいお寺と、ざっくりと理解
しておくに留めておきましょう。 (^^;)









養徳院13
続きまして、寺宝の拝見を。 (^^;)



鉄鉢(てっぱつ)と呼ばれ、鉄で出来た鉢だそうな。

主に托鉢(たくはつ)などに使われたとか。


奈良時代に鑑真和上(がんじんわじょう)が、中国から
日本に持って来られたと伝わるんですね。



苦難続く道中ながら大宰府に到着できたのも、神様のお陰
だと、この鉢を宇佐八幡宮(大分県)に納められたものの、

その後紆余変遷により、長らく行方知れずに・・・。



しかしながらこちら養徳院の末寺である、北九州・小倉にある
開善寺(かいぜんじ)の住職の夢枕に八幡大神が立ち、

朽ちる前に早く探し出すように、とのお告げが。









養徳院14
そして無事に探し当てられ、こちら本寺に奉納したと、
そんな謂れがこうして由緒書きに遺されているんですね。


最後の方に記されていますが、この鉄鉢をた者は厄災を
逃れる事が出来、功徳が訪れるそうな・・・。



これはまたと無い機会です。

ではワタクシも謹んで、この鉄鉢を・・・、 ( ̄人 ̄)



る! ( ゚ ゚)


が開くほど、る!! ( ゚ ゚)









養徳院15
鉄鉢を見るのはどほどに、お庭の拝見も。 (^^;)


いやホント、功徳が授かる鉢とは言え、あまりにガン見
しているとかなりしいので。 (^^;)



さて、こちらが苔の枯山水(かれさんすい)のお庭。


右手には変形の春日灯篭が配置されています。

上の宝珠は長く、が開いたような形で、傘の部分も
長いんですね。

全体的に頭でっかちで、しい様式だそうな。









養徳院16
地をうように植えられた、中央の木もまたしい。


こちらの木、実はの木なんですね。



藤の花と言えば、藤棚につるを這わせて、垂れさがる花を
鑑賞するのが一般的ですが、


養徳院を始め、妙心寺の塔頭にはこの様なスタイルで
藤が植えられている事がいとか。


棚で植わっていると、他の木々がられて鑑賞出来なく
なるので、この様な特殊な剪定をされているそうな。



う~ん、何だか藤の自己犠牲的な行為にも感じられ、

そこにの心も感じたり・・・。 (^^;)









養徳院28
難しい解釈はいておいて、再び寺宝の拝見を。 (^^;)


こちらは床の間のお軸で、白と黒の阿吽の鷹の図


曽我直庵(そが ちょくあん)という、安土桃山時代から
江戸時代にかけて活躍した絵師の作なんですね。









養徳院18
ちなみに、同時代に活躍した絵師として、


狩野永徳(かのう えいとく)
長谷川等伯(はせがわ とうはく)
海北友松(かいほう ゆうしょう)
雲谷等顔(うんこく とうがん)


と、実にそうそうたる絵師たちが名を連ねながらも、


当の曽我直庵(そが ちょくあん)の名は・・・、



あまりいた事が無い。 (^^;)    ←(コラコラ)




でもでも、それもそのはず、現存する曽我直庵の作が非常に
ない上に、

経歴自体もに包まれた絵師だからなんですね。



しかしながら野山の重要文化財に指定される作があったり、

はたまた京都では野天満宮の宝物館に所蔵されている
絵馬があったりと・・・、









養徳院17
絵の評価自体は非常にいものが多いんですね。


養徳院寺宝の、「鷹の図」もり。



対の鷹が極めて繊細に描かれているのが印象的。

特に動物の題材を得意とした伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)
に相通ずるものも感じたり。


その一方で、対象となる止り木や岩などは々しく描き、
大胆不敵とも思える表現にまた、非凡さを感じたりで・・・。


いや、あくまでワタクシ個人的な解釈なんですが。 (^^;)



でもホント、貴重な寺宝に変わりはなく、行く行くは重要文化財に
指定されるかもと、目されているとか・・・。









養徳院19
そんな事を言いつつも、こちらが最後の寺宝、

その名も酒茶論(しゅちゃろん)。 



シュチャロン?   ?(゚д゚)?



2,000もの文字がびっしりと書き連ねられたお軸ですが、

でも確かにあまりき慣れない銘の一幅。




一体が書かれているのか、係りの方にお聞きしてみると・・・、









養徳院29
場人物は3人。


お酒好きの忘憂君(ぼうゆうくん)と、
下戸で茶人の滌煩子(じようはんし)が中国の故事を
引き合いに、


「お酒」と「お茶」の徳について互いに論争している場面から
始まるんですね。


しかしながら、お互いに相らず。  (#゚Д゚) **** (゚Д゚#)



そんな所、第三者である閑人(かんじん・ひまじん)が現れ、



「酒は酒、茶は茶で、れぞれに良い所があります。
徳の高い人同士でうのはおやめなさい。」 と諭し、 


勝敗無しでめでたくまるという内容なんだとか。




いや、2,000文字を超える漢文体のお軸だったので、

もっと理解不能な的な内容かと身構えていたりで。  (^^;)



でもでも、この「お酒 VS お茶」に限らず、当時はこういった論争
そのものが非常に流行したそうな。









養徳院20
ちなみに蘭叔玄秀(らんしゅく げんしゅう)筆のお軸なんですね。



石河家が4代に渡って治めていた、美濃国・鏡島城(かがしまじょう)
のほど近くにある乙津寺(おっしんじ)というお寺。


そちらの当時の御住職が蘭叔玄秀であり、のちに織田信長の
帰依を受け、

最終的に妙心寺53世として就かれたワケですか。



う~ん、このタイミングにして、石河家・養徳院・妙心寺の、

それぞれの相関関係が理解出来たり。 (^^;)     ←(やっと)




それにしても、蘭叔玄秀が残したこの様なお軸は、この「酒茶論」が
現存する唯一の物であり、


大変貴重な文化財であるとか・・・。 ( ̄人 ̄)









養徳院21
さて、またえらく長居した上にも降って来ました。


御堂内から拝見した枯山水のお庭を、一回りしてからおいとま
しましょうか。 (^^;)









養徳院22
ひと際目を引く、立派な十三重塔が印象的ですね~。



元々は、とある那須塩原のお寺にあったものらしく、廃寺に
なったのを折に、

こちら養徳院へ移築されたものだそうな。









養徳院23
制作年代は不明なものの、塔の軸部に彫刻された四面
仏様方は彫りが深く、お姿もはっきりと。 ( ̄人 ̄)

      

東 : 薬師如来
西 : 阿弥陀如来
南 : 釈迦如来
北 : 弥勒菩薩



こうして方角ごとに仏様が浮彫にされているんですね。


顕教四方仏(けんぎょう しほうぶつ)と呼ばれる様式の
ようですが、なかなかに奥の深い世界なので、


歴史や意味についての詳しい考察は、またの機会に・・・。 (^^;)









養徳院24
でも最後に、御朱印だけは頂いてからおいとまを。 (^^;)


ちなみに、その十三重塔に因んだしいデザインの御朱印が
ご用意されているそうな。



しかも特別公開期間のお忙しい中、書きで頂けるとか。 (゚Д゚)









養徳院25
そんなワケで、許可を頂いてお手元を1枚、パチリ♪ (^^;)



4種類の内、あまり見ないデザインの御朱印をチョイスしましたが、

かなりアート系御朱印の模様。



まさに先ほどの十三重塔の四方仏をモチーフにしたデザイン
なんですね。




お話をしながらも御住職、何の迷いもなくサラサラ
お帳面に仏様のお顔を浮かび上がらせて、


う~ん、これぞホント職人技。 (^^;)    ←(表現)









養徳院26
そんな事を言いつつも、こちらが頂けました御朱印。 (^^;)


「南無四方佛」と書いて頂けました。


デザインアートな仏様方のお顔に、これまた大判な朱の印が
印象的。



そのいずれにも、南無~・・・。 ( ̄人 ̄)









養徳院27
さてさて、そんなこんなで、2017年・「京の冬の旅」 特別公開:
「養徳院」(ようとくいん)。

石河家にゆかり深くして、公開のお寺で、良いお参りを
させて頂きました。 ( ̄人 ̄)


寺宝も多く、中でも珍しい酒茶論のお軸は印象に残ったり。


珍しい御朱印もまた、印象的だったりして。 (^^;)



でもホント、いずれも本特別公開でなければ会う機会が
なかったんですよね~。


何気に「京の冬の旅」に、感謝を。 (^^;)


今後も引続き、妙心寺・塔頭を含めて、多く公開への
お導きを期待しております・・・。 (^^;)






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