社寺巡り 京都・2016年 春期特別公開 「法界寺」(ほうかいじ) 
2016/05/20
の続きで、


お次は同じ特別公開の、恵福寺(えいふくじ)へ向かっています。



最近では珍しく、頑張って1日に2か所巡りだったり。 (^^;)







恵福寺1
と言いつつも、先の法界寺からは徒歩2分ほどの距離なんですね。



府道127号に戻り、そこから今度はテクテクと方向へ歩いて行きます。









恵福寺2
寺域と思しき白壁を伝って行くと、じきに山門が見えてきました。



それにしても、これまた宅街の中に現れて、チョト驚き。 (^^;)









恵福寺3
めまして、山門を正面に1枚、パチリ♪


先ほどの法界寺と比べると規模は小さく、檀家さんのお寺といった
感じでしょうか。



でもでも、訪れる参拝者は何気に多く、ワタクシもテンションが
がって参りました。 (^^;)









恵福寺4
そしておなじみの白い案内看板も、アップで1枚。 (^^;)



ちなみにこちら恵福寺、今回が初公開になるんですね。



いや、いつも京都の社寺をメインに巡っていながらも、マイナー
な箇所のご紹介が多く、恐縮とも感じたりで・・・。 (^^;)









恵福寺5
何はともあれ、まずはお邪魔しましょう。 (^^;)



山門前で一礼し、本日は少しひねって、階段をいつくばるように

潜入~。  ~~m( ゚д゚)m









恵福寺6
山門をくぐってすぐが受付だったんですね。



いや、すぐに気配を感じて、ほふく前進をストップ。 (^^;)


何事も無かったかの様に、通常潜入に切り替えて。 (^^;)









恵福寺7
拝観料800円をお納めし、やっとな感じで境内へ。 (^^;)





中世古文書や恵福寺過去帳によると、恵福寺は宇治郡醍醐村日野
畑出にあり、約五百坪の境内を有する天台宗の寺院だった。

開山・盛尊(せいそん)上人が、元弘元年(1331)八月一日に遷化
されたと記録が残る為、鎌倉時代後期に隣接する法界寺の塔頭
(たっちゅう)として創建されたと考えられている。

(以下、拝観の手引きより抜粋。)





なるほど、かつては法界寺の塔頭寺院だったんですね。

いや、距離的にも位置関係的にも、そんながしていたり。 (^^;)









恵福寺8
おお、境内にはこれまた立派な木が。

枝垂桜(しだれざくら)で、「区民の誇りの木」に選ばれているそうな。





寺号は、浄土三部経の内、仏説無量寿経巻下の一説から命名
されたと推察される。

創建時は天台宗の寺院だったが、天文十七年(1548)に稱念
(しょうねん)上人が開かれた捨世派(しゃせは)東山一心院の末寺
として浄土宗に改めた。









恵福寺9
しだれ桜からの漏れ日と、御本堂の対比で1枚、パチリ♪


逆光なので、露出を変えたりストロボを焚いたりと、何気に
カメラの設定がしい。 (^^;)





応仁の乱(応仁元年:1467~文明九年:1477)から百年間は、
日野は戦場として兵火に覆われ、中でも香西又六(こうざい
またろく:細川氏の世臣)が法界寺に乱入し、

阿弥陀堂だけを残してことごとく焼失させ、恵福寺もその被害に
あったと思われる。









恵福寺10
境内の一角に、天道大日如来様とお地蔵様が祀られているので、
お参りを・・・。 ( ̄人 ̄)





慶長三年(1598)、浄土開基・大悦十故(だいえつじっこ)上人
が恵福寺を再興。

この時、淨福寺 、西方堂、唯稱院、壽福庵などの末寺を有する
ほどのきな寺院だった。









恵福寺11
おっと、こちらに手水鉢があったのでお清めを、と思ったら・・・、

石をくり抜いたブジェ的な物でした。 (^^;)





当時は日野山畑出の山中にあり、第二十八世・念譽明阿(ねんよ
みょうあ)上人が日野西大道町へと移転準備を完了させるが、
明治三十四年(1901)に往生。

意思を継いだ第二十九世・岸本海念上人が、宇治郡醍醐村大字
日野小字西大道(現在の場所)にした。





それにしても、こうして沿革を拝見すると、こちら恵福寺も往時は
規模の大きな寺院だったんですね。


応仁の乱を発端に衰退の一途を辿ったというお寺は、恵福寺の
他でもよく聞く所です・・・。 ( ̄人 ̄;)









恵福寺13
さて、気持ちを切り替えまして、お堂内を拝見させて頂きましょうか。


それでは心静かに、いざいざ~。  ~~(  ̄人 ̄)




ちなみにいつもの如く、内部は撮影禁止なので、写真は
公式サイトやパンフレット等々より拝借を。 (^^;)









恵福寺14
おお~、これまた浄土宗寺院らしく、絢爛豪華な御本堂。 w(*゚0゚*)w


非常に新しい感じも印象的ですね~。



お堂内ではご説明が始まっていたので、途中からお聴きしていると、
どうやら平成二十一年に、平成の大改修という事で、

一度お堂をり壊してから新しく造り直された模様。



一からて直しとは、何気にスゴイ。


それに改修から7年ほどとは、お寺としてはまだまだ新築のレベル
ではないでしょうか。 (^^;)









恵福寺15

御本尊


・阿弥陀如来立像(あみだにょらいりゅうぞう)

・左脇侍:観音菩薩像(かんのんぼさつぞう)
・右脇侍:勢至菩薩像(せいしぼさつぞう)



仏様方を前に、心めてお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)





阿弥陀三尊(あみださんぞん)の形式で祀られているんですね。

いずれも作者は不明ながら、木造で江戸時代の作だそうな。



江戸時代の作にしては、観音様と勢至様の両御像が金ピカで、
真新しい様な。 (゚д゚)


これもなるほど、平成の大改修の時に金箔を貼り直されたから
なんですね。









恵福寺16
でも御本尊は特に修復の手は加えられず、当時のままのお姿。


いやワタクシ的に、仏様のお像は箔が剥がれていたり、木地まで
見えていた方がりがたみを感じたり。 (^^;)




でもホント、こうしてお線香の煤やろうそくの油煙が全身に染み
付いたお姿を拝見すると、これまで

くの人たちがお参りし、今日まで大切にされて来たんだな~と、


い歴史をしみじみと感じるワケなんです・・・。 ( ̄人 ̄)









恵福寺17
脇壇の地蔵菩薩坐像にもお参りを。 (^^;)


両脇壇には平安・鎌倉時代のお像が何体もられています。




「王誉妙龍」・「 龍誉高天」のエピソードを聴いた後は、いよいよ
本日メインの、

きなお地蔵様を拝見・・・。  ~( ゚д゚)








恵福寺18
これまた巨大なお地蔵様。 (@_@;)


いやホント、予想以上の大きさでビックリ。 (^^;)




・地蔵菩薩坐像(じぞうぼさつざぞう)  寄木造・平安時代



高さなんと、268.2cmもあるんですね。


同じ伏見区で、これまた今回公開・「善願寺」の地蔵菩薩坐像
と共に、日本で一番きな地蔵坐像といわれるそうな。


その二体は大きさや衣文の構成、制作年代もほぼじらしい
ので、何らかのわりがあるのかも知れません。 ( ̄人 ̄)



制作当時は彩色やかだったそうですが、現在のこういった
少し朽ちた位の感じが、ワタクシは好きだったり。 (^^;)



ちなみにお腹の前で、(も)の紐を結んでいる様に見える
事から、いつしか腹帯地蔵と呼ばれるようになり、


安産を祈願する人々の信仰を集めているんですね。









恵福寺19
腹帯地蔵様の後ろには、ズラリと多くのさなお地蔵様が
祀られていますよ。


千体地蔵菩薩とよばれるそうですが、制作年代や制作目的
は良く判っていないそうな。

しかしながら一説によると、光背に取り付けられていた地蔵群
と考えられているとか。




いずれにしても、普段はお会いする事の出来ないお地蔵様群。


この特別公開に感謝しつつ、めてお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









恵福寺12
係りの方のご説明を何ループも聴いて、また長居しました。


いや、しっかり聴いて記憶しておかないと、後で記事が
書けなくなるので。 (^^;)



そうしている内に毎度の事、こうして閉門のお時間が来る
ワケなんです。 (^^;)




さて、御朱印を頂いておいとまを、と思いきや・・・、









恵福寺20
なんとここで、御住職の登場。 (゚д゚)



閉門の時間で参拝者がったか、お堂内の様子を見に来られた
ようですが、

このタイミングながらお話のお伺いを。 (^^;)   ←(迷惑です)



遠慮気味に、しだけ。 (^^;)



先の法界寺や、こちら恵福寺と善願寺の巨大お地蔵様のわり
についてお聞きしたところ・・・、

この周辺は当時、安産祈願の聖地だったそうな。 (゚д゚)



そう言えば、法界寺も子授けや安産祈願のお寺でした。

そして善願寺のお地蔵様もまた腹帯を巻いておられ、安産祈願
のお寺なんだとか。


法界寺、善願寺、そしてこちら恵福寺と、もとを正すと天台宗
あったというお話も興味深い。



なるほど、現在ではそれぞれ宗派もなるお寺ですが、当時この
一帯は、安産祈願の信仰でがっていたんですね・・・。 ( ̄人 ̄)
 








恵福寺21
趣ある坪庭まで撮らせて頂けるとは、恐縮です。 (^^;)



ちなみにいずれの巨大お地蔵様にも見られる腹帯、本来は法衣
の下にまとった下裳(したも)の結び目なんだそうな。



地蔵菩薩は元来、子供の守り本尊として親しまれている仏様。


当時の人たちが、そのお地蔵様の下裳を腹帯にねて、子授け・
安産祈願として信仰して来たんですね。





あと、こちら恵福寺近くに、万葉集にも記述が残る大変歴史の深い
石田の杜(いわたのもり)、と呼ばれる神社があるそうですが、

これまた安産祈願とわりがあるとか。


また機会があれば、こちらのお社にもれてみたいですね~。




さて、お話のお伺いもほどほどに。



充分に御礼を申し上げて、おいとまを。 m(_ _)m









恵福寺22
おっと、御朱印を頂くのを忘れるところだった。

アブナイアブナイ。 (^^;)



と言いつつも、また許可を頂いて、お手元をパチリ♪ (^^;)



何だかんだで、終盤でりまくりだったり。 (^^;)









恵福寺23
そうこうしている内に、こちらが頂けました御朱印


「腹帯地蔵尊」(はらおびじぞうそん)と書いて頂けました。



今回の拝観のキーワード的な書を頂けて、何気に満足。 (^^;)




いやホント、ありがとうございます。 (^^;)









恵福寺24
さてさて、そんなこんなで、京都・2016年春期・特別公開 「恵福寺」
(えいふくじ)。


今回公開という事でお伺いしましたが、現在の寺域は小規模ながらも
かつては伽藍で栄華を極めたお寺だったんですね。

その名残を今に伝える、巨大なお地蔵様も印象的でした・・・。 ( ̄人 ̄)


安産祈願の信仰で繋がっていたという善願寺には、お伺いできず残念


でもでも、御住職のお話にあった石田の杜(いわたのもり)神社を含めて、
この周辺、安産・子授け信仰に歴史いエリアなんですね。


また機会があれば是非、今回の続きで、その歴史の紐をきに訪れたいと
思います。 (^^)






さて、今回のの特別公開、何だかんだで結局、また2ヵ所しか巡れません
でしたが、でもいずれも内容は濃くて、ひとまずは大満足。 (^^;)


それにしてもホント最近の本シリーズ、初公開の箇所も多く、めの姿勢が
感じられるんですよね。



この勢いでまた秋季公開分も、マニア心くすぐるラインナップを
期待したいところです。 (^^;)






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