3/13(日)。 京都市・右京区は、天球院(てんきゅういん)へ行って
参りました。




毎度更新がいので、また々週のお話になったり。 (^^;)



そう言いつつも、本日のお目当てはコチラ。 (^^;)








2015年・第40回 「京の冬の旅」1
2016年 第50回記念・「京の冬の旅」 文化財特別公開 2015/11/07
の記事でご紹介しました特別公開


このイベントでは毎年冬と夏、1つのテーマを基に、普段は見学する
事の出来ない社寺や、建築・庭園・仏像などが公開されるんです。



今回のの分(公式サイト)は、今年で50回記念を迎えるんですね。









2015年・第40回 「京の冬の旅」22015年・第40回 「京の冬の旅」3
ちなみに今回の開催テーマは、 禅‐ZEN‐。 (゚д゚)



本・平成28年、禅宗の一派である臨済宗(りんざいしゅう)を開いた、
臨済禅師(りんざいぜんじ)の1150年遠諱(おんき)にあたる事に因み、

日本の文化・芸術に大きな影響を与えた禅宗寺院を中心に、普段は
見学できない数々の文化財が公開される、という主旨なんです。




いや、随分前からご紹介しておいて、実は1ヵ所も巡っていなかったので、
わり際ながら1ヵ所位はお伺いしておかねばと・・・。 (^^;)









天球院1
そんなくだりからも、まずは妙心寺(みょうしんじ)へ到着。 (^^;)



今回お伺いする「天球院」は、妙心寺の寺域内にある塔頭(たっちゅう)
と呼ばれる寺院。



ちなみに塔頭というのは元来、高僧のお墓の事で、その近くに小庵を
建てて弟子たちが守っていたそうな。

年月を経ると共に、増加した小庵がお寺として独立した為、
妙心寺などの大寺院には多数の寺院が存在して現在に至るんですね。



言わば、大寺院の敷地内にあるさな個別のお寺なワケなんですが・・・、









天球院2
それにしても、この塔頭の数・・・。 (;´д`)



臨済宗(りんざいしゅう)・妙心寺派の総本山という事もあり、敷地は
日本最大の約10万坪にも及ぶんですね。


この中に46ヵ所も塔頭があると、今回目指す「天球院」がどこにあるのか
簡単につけられません。 (^^;)



いや、ご先祖様が眠る塔頭にはいつもお墓参りで訪れているので、
迷う事は無いんですが、


他の塔頭は特別公開くらいにしか訪れる機会がないので・・・。 (^^;)









天球院3
結局守衛さんに聞いて、やっと到着。 (^^;)



おお、山門前はくの参拝者で賑わっていますよ。


最近は社寺にもい方の姿が多く見られますね~。









天球院4
失礼しまして、正面から1枚、パチリ♪



ちなみにこちら天球院、「京の冬の旅」では12年ぶりの公開で、
次回の公開予定は不明だとか。


また、狩野派の絵師筆による襖絵も多数公開されるんですね。


お参りと同時に、普段目にする事の出来ないな文化財を、堪能させて
頂くべく、今回お伺いしたワケで・・・、 ( ̄人 ̄)









天球院5
ひとまずは、潜入をば。 (^^;)





当院は臨済宗・妙心寺派に属する禅寺である。 開祖は妙心寺140世・
江山景巴(こうざんけいは)・無尽燈光禅師。

寛永八年(1631)、姫路城城主であった池田輝政(てるまさ)公の妹君・
天久院殿が、自らの永代追善(えいたいついぜん)の為に、江山を
請(しょう)じて創建した菩提所塔頭である。

(以下、公式サイトより抜粋。)









天球院6
こうして前庭を拝見すると、禅寺よろしく、お手入れが行き届いていて
実に清々しい。 ( ̄人 ̄)





天久院殿は現在の鳥取県に当たる因幡、若桜鬼ヶ城(わかさ おにがじょう)
の城主・山崎家盛(いえもり)公の室であった。

寺地は寿聖院(じゅしょういん)から譲り受けているが、現・方丈重文は
創建よりやや下った寛永期のものである。





天久院殿はのちに家盛公と離縁され、池田家に戻られたんですね。


家盛公との間には御子息が居られなかった事から、自らの永代追善の為に
こちら天球院の創建を発願されたワケですか・・・。









天球院7
おや、こういう所にさらっと鬼瓦がディスプレイされて、これまた
を感じますね~。



ちなみに、院・建立の際、土を掘っていると、水玉(すいぎょく)という
アクセサリーなどに使われるが出て来たそうな。


なるほど、この様な逸話から、「天久院」から「天球院」へと
お名前を改められたんですね。



こういった奥ゆかしいエピソードにもまた、を感じたり・・・。 ( ̄人 ̄)









天球院8
今回の開催テーマにちなんで、なんでもめたりして。 (^^;)





明治維新まで岡山・鳥取、両池田家の菩掟所として外護(げご)を
受けていた。

方丈内には狩野山楽(かのうさんらく)・山雪(さんせつ)筆の著名
な障壁画(重文)があり、また藤原宣房(のぶふさ)筆の「法華経陀羅尼」
(ほけきょうだらに)が擁されている。





襖絵の方も、これからたっぷりと拝見させて頂きますよ~。 (^^)









天球院9
それでは気持ちを整えまして方丈内へ、いざいざ~。  ~~(  ̄人 ̄)



ちなみにいつもの如く、内部は撮影禁止なので、写真は公式サイト・
パンフレットより拝借を。 (^^;)









天球院10
方丈内には桃山時代の絵師・狩野山楽山雪作と伝わる障壁画・
襖絵が152面、杉戸絵・27面あり、

その全てが重要文化財指定とはスゴイ。



ちなみにその山楽、元は近江・現在の滋賀県、浅井氏に仕えていたものの、
1573年・浅井氏が織田信長公に滅ぼされると、豊臣秀吉公に仕えられ、

その後秀吉公の推挙により、狩野永徳(えいとく)の下へ入門し、狩野家
を継がれたそうな。


一方の山雪は、山楽の一番弟子として学び、のちに京狩野家を継がれ
たんですね。



寛永八年(1631)に描かれた襖絵、現在順番に高精細製品に入れ替え
られており、方丈内にある障壁画は本物と複製品がり混じった状態で
展示されているそうですが・・・、


肉眼で拝見しても真贋は分けられません。 (^^;)


複製を手掛けたというキャノンのデジタル技術、るべし。 (^^;)



ちなみに本特別公開終了後、全てが複製品に入れ替えられるので、
今回の期間が本物を観る事が出来る最後の期間だそうな。









天球院11
まずは下間二の間(げかん にのま)の襖絵から拝見して行きますが、

こちらのお部屋の絵は全て複製品との事。 (゚д゚)



いや、もちろん本物を拝見した事はありませんが、間近で目をらして
見ても、質感と言い経年具合と言い、とても複製品とは思えず。 (^^;)



そんな事を言いつつも、「(まがき)に草花図」の鑑賞を。 (^^;)


ちなみに(まがき)とは、竹や柴などで編まれた目の粗いの事。

この絵では左から右へと白い籬が広がり、朝顔や鉄線・風車草(かざ
ぐるまそう)がみついて、花を咲かせている様子が描かれています。


画面全体に大きく朝顔が展開している事から、朝顔の間とも
呼ばれているそうな。


手前の襖には百合(ゆり)や撫子(なでしこ)が描かれており、初夏から
にかけての季節の風景が表現されているんですね。


なるほど、天球院方丈の障壁画は全体で春夏秋冬の四季を表して
いるワケですか。


部屋による季節のいを観て回るのも面白いかも知れません。 (^^)









天球院12
続いて左となりの室中の間へ。


室中の間とは主に仏事、儀式の際に使われるお部屋で、一般的な寺院
で言うと御本堂にあたるんですね。




御本尊


・釈迦如来

・開山:江山景巴(こうざんけいは)像



遅ればせながら、心めてお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)




でも拝観者が多い時は、どうしても短お参りになりがち。 (^^;)









天球院13
では改めて、こちら「室中の間」の襖絵を拝見。


ちなみに正面の襖のみが本物で、左右・手前が複製品とか。 (゚д゚)


う~ん、先に続いて全く判別は不可能です。 (^^;)



絵は「竹に虎図」。 青々とした竹が描かれている事から、の季節
を表現しているそうな。


左手にはが3頭と、が1頭描かれており、この虎3頭と豹1頭で、
作者の狩野一族を表現しているとか。



一番左側で、岩陰にうずくまる虎が狩野山雪、右となりの大きな虎が
山楽、そしてその尻尾にじゃれついて遊ぶ子虎が

山雪の子である狩野永納(えいのう)。



その様子を見守るように、奥の竹藪の陰に座っている豹が山雪の妻で
あるお竹さんを表しているんですか。









天球院24
虎の中にが描かれいるのは、この絵が描かれた江戸時代前期の
日本では豹は虎のメスだと思われていた為なんですね。



当時の日本には虎も豹も生息していなかったので、虎の絵を描く時は
中国や朝鮮から輸入した虎の毛皮をにかぶせて、虎をイメージ

しながら描いていた、というエピソードには苦労を感じます。 (^^;)



でもある時、輸入してきた毛皮の中に、の毛皮が1枚混ざっており、
虎に比べてひと回り小さかったその豹の毛皮を見て、弟子たちは
豹は虎のメスだと違いしてしまったそうな。


この様な事からしばしば、虎と豹が夫婦として描かれるようになった
ワケですか。



この様な組み合わせは様々な所で描かれており、有名どころだと
二条城は二の丸御殿にも

このセットで描かれていて、面白いですね~。 (^^;)









天球院14
次の絵を拝見する前に、お庭の鑑賞も。 ( ̄人 ̄)



ちなみにこちらのお庭は、本物だそうな。 ( ̄人 ̄)  ←(当たり前)



いや、襖絵の真贋を見極めようと、目をギラつかせていたので、
目が懐疑モードになり、


お庭までわしく見えたりして。 (^^;)    ←(そんなワケない)









天球院25
そんな事を言いつつ、お次は上間二の間(じょうかん にのま)へ。 (^^;)



こちらは天球院を代表するお部屋で、梅花遊禽図(ばいかゆうきんず)
の襖絵を拝見。

は鳥を表し、の木の周りで戯れる様々な鳥たちが描かれています。



右側以外は全て本物の襖絵。

こちらも真贋は全く分けがつきませんが、見極めるポイントは襖の
っ手だとか。 (゚д゚)



確かに、右側の複製品は真しい印象です。


う~ん、この様な見分け方の裏ワザがあったとは、勉強になります。 (^^;)



ちなみに絵の構成としては、正面に尾の長い山鳥
本・特別公開パンフレットの表紙や、CMにも採用されている箇所なんですね。


左側には雪をかぶった梅の木が描かれている「寒梅図」。

その右側には、梅の木にキジバトの夫婦、その木の根元で遊ぶ雉が描かれ
ている「梅に雉図」。


これらの襖絵をもって「梅花遊禽図」とし、からに掛けての移ろいが
表現されて、いと奥ゆかし・・・。 ( ̄人 ̄)









天球院16
おや、西側にもお庭があるんですね。


の休憩がてら、しばし座って鑑賞を。 (^^;)









天球院18
いやホント、お寺でこんなにガッツリと襖絵を拝見したのは、あまり
記憶になかったり。 (^^;)




なのでこうして、手水鉢に活けられた椿と、水草をボ~ッと眺めながら
目をすワケであります。 (^^;)









天球院19
そうこうしている内に閉門のお時間が近づいて来ました。


最後に山雪筆・老梅図(ろうばいず)を拝見しましょう。 (^^;)



元は妙心寺塔頭・天祥院(てんしょういん)から寄贈されたもので、現在
本物はニューヨークのメトロポリタン美術館に寄託されているんですね。


それにしても、ダイナミックにうねっている梅の幹は圧巻。


現実にはあり得ない幹のうねり方ですが、不自然さを感じないのも
不思議な所です。



幹が人の身体をえさせている様にも見える事から、晩年に不遇を迎えた

山雪の苦悩を表しているとも考えられるそうで・・・、









天球院20
このタイミングで閉門のお時間とは。 ( ´д`)



扉閉めるの、待って~。  ~(;´д`)ノ



鑑賞のペース配分を誤って、序盤に時間をかけ過ぎた。 (^^;)



それでもこの時点で、2時間も長居していた事に驚き。 (^^;)









天球院21
おっと、最初にお預けしておいた御朱印帳を忘れずに。 (^^;)



御本尊である、釈迦如来(しゃかにょらい)と書かれています。


上は「仏法僧宝」と刻まれた三宝印(さんぼういん)に、下は
懸魚(げぎょ)を型どった寺名の印がまた印象的です。



ありがとうございました~。 m(_ _)m









天球院22
ちなみに最後に残った拝観者はワタクシである模様。


山門の柵がもう半分められてるし。 あらら。 (^^;)



いでおいとましましょう。 (^^;)









天球院23
さてさて、そんなこんなで、2016年・「京の冬の旅」 特別公開:「天球院」
(てんきゅういん)。


最後はややバタバタしましたが、 (^^;)

でもでも、全てが複製品に入れ替えられる前の、貴重な本物の襖絵の
数々を堪能させて頂きました。


狩野派の絵を間近で、しかも複製品と混じった状態で拝見できたのは
ある意味レアな体験だったかも知れません。 (^^;)



今回は結局1ヵ所しか廻れませんでしたが、その分美術館に訪れたかの
様に内容が濃く、大満足。 (^^)




でも鑑賞にを酷使しすぎて、少々疲れました・・・。 (^^;)






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