2/18(木)。 京都市・東山区は観亀神社(かんきじんじゃ)へ
行って参りました。




さて、本日のお目当ては二の午祭(にのうまさい)。  (゚д゚)








観亀神社・二の午祭1
稲荷社の総本社である伏見稲荷大社。


その御祭神として祀られる稲荷大神が、稲荷山に初めて御鎮座されたのは
和銅4年(711)・2月の初午(はつうま)の日。



各地の稲荷社では、この2月の最初の(うま)の日を偲び、御祭神の
広大無辺なる御神威を仰ぎ奉る神事が行われるんですね。









(7年前の観亀神社)
観亀神社・二の午祭2

ちなみに今向かっている「観亀神社」、

7年前に、→社寺巡り 京都・祇園 「観亀神社」 2009/06/12の記事
で訪れたお社なんですが、



当時の鳥居前の扉はざされ、御由緒も全く不明なままレポが終了し、

「何か分かったときには、追記します」、とか書いていながら、


ず~っと放置の状態だったんですよね~・・・。 (;´д`)




特別な祭祀のある日には御開扉される様なので、縁起の良い初午の日を
もって、今回改めて沿革などを解いてみようというのが、


本日の趣旨なワケであります。 (^^;)     ←(今ごろ)









観亀神社・二の午祭3
そんなくだりからも、道すがら祇園白川へ。 (^^;)



おや、本日はこちら、京都でも人気の観光スポット・辰巳大明神でも
初午祭(はつうまさい)が執り行われるんですね。


町内の氏子さん方が、ただしく準備を進めておられます。 ( ̄人 ̄)



ちなみにこちらでは、本日の二の午の日をもって、初午祭
されている模様。



いや、お社によってはこの様に、午の日をずらして執り行われる所もあるので、

お稲荷様の祭祀も何気にやこしい。 (^^;)






そんな事を言いながらも、目的の観亀神社に到着しましたが・・・、









観亀神社・二の午祭4
これまたいつもと変わらず、安定の無人感。 (^^;)



ちなみに当ブログでは、時々舞妓さん撮影ネタで登場する神社。

京都五花街(ごかがい)は、祇園東に御鎮座されるお社なんですね。



近くの祇園甲部と比べると規模が小さいので、観光の人達は元より、
花街行事ではキャメラマンすら訪れるのも稀だったりと・・・、









観亀神社・二の午祭5
何はともあれ、まずは鳥居前に立って1枚、パチリ (^^;)




おお、奥のシャッターもちゃんといてる!  w(*゚∇゚*)w


いやホント、今日閉まっていたら記事がけない所だったので、
一先ずは開いててかった。 (^^;)









舞妓さん撮影のこと。 (2014年・6月~9月度)-33
いつもはこの様に、石鳥居奥のシャッターがまっているんですね。


普段の日は無人のお社なので、防犯上閉めておられるのでしょう・・・。



ちなみに上の写真は2年前に、→舞妓さん撮影のこと。 (2014年・6月~
9月度) 2014/10/12
の記事で書いた時の1枚ですが、


写っている芸妓さんは今回の本文とは全く関係ありません。 (^^;)



探してもシャッターの閉まったがこの1枚位しか無かったので。 (^^;)









観亀神社・二の午祭6
とりあえず神事が始まる前にお参りさせて頂きましょう。 (^^;)


さっきから一歩も前にんでいません。 (^^;)






祇園東一帯の氏神様として親しまれている観亀神社(正式には観亀稲荷神社:
かんかめいなりじんじゃ)は、霊験あらたかな火伏せの神様を祀っている。

祇園東花街は、近江国膳所藩(ぜぜはん・今の滋賀県大津市)の京屋敷跡
一帯に位置し、元々その藩邸の中庭に設置されていたのが、亀と狐の伝説の
ある観亀神社である。

(以下、由緒書きより抜粋。)









観亀神社・二の午祭7
もうじき神事の時間ですが、境内には誰も参列者の姿はありません。

単にお稲荷様の例祭で、事前に日時が告知されてもいないので
当然ですか。 (^^;)





創建当時付近は竹薮で、これを伐り開く時にが現れて歓んだと言い伝え
られており、観亀、歓亀または歓喜神社と名付けられたそうである。
その後、(恐らく稲荷神を合祀した為に)観亀稲荷社と称するようになった。





なるほど、古くは2つの「よろこぶ」という字をねて社名に当てていたんですね。









観亀神社・二の午祭8
続いてこちら手水舎でお清めを・・・、


と思ったらが無かったので、本日は形だけで。 (^^;)






膳所藩京屋敷は、東は今の東大路、西は花見小路、北は新橋町通り、南は
富永町通りに囲まれた約四千三百五十坪で、 第二代藩主・本多俊次(ほんだ
としつぐ 1595~1668)が、幕府よりこの地を賜ったのは万治二年(1659)
十月のことであった。









観亀神社・二の午祭29
フト空を見ると、今日は良いお天気なんですね~。


でも、左に迫るテナントビルの壁がけっこうな圧迫感だったり。 (^^;)





膳所藩は江戸初期より京都御所警備を担っていたが、それから約五十年
後の宝永六年(1709)、時の藩主・本多康慶(ほんだやすよし 1647~1718)は、

郡山・淀・亀山藩と共に御所の火の番(火元管理)を将軍より仰せ付かって
京詰めとなり、この四藩が臨月交代で幕末まで京都のお火消役
を勤めた。









観亀神社・二の午祭9
康慶の子・康命(やすのぶ 1672~1720)は、「御所のの番である膳所藩が
火を発しては恐れ多いから、火伏せの神・遠州(えんしゅう 今の静岡県)秋葉山の

秋葉権現(あきばごんげん)を勧請せよ」という父の遺言によって
膳所藩内の茶臼山(ちゃうすやま)に秋葉権現を勧請したが、享保三年(1718)に
さらにその分霊を京屋敷内に移祀したのが観亀稲荷社である。





観亀神社に秋葉信仰が融合した歴史があるとは知りませんでした。


ちなみに「秋葉信仰」とは、現在の静岡県に鎮座される「秋葉山本宮・秋葉神社」
起源があり、そこに御祭神として祀られていた

秋葉大権現が火伏せ(防火)の神様として広く信仰されていたんですね。


御所の消し役であった膳所藩が、秋葉権現を勧請(かんじょう)したと
いうのも理にかなっています。 ( ̄人 ̄)



それにしても観亀神社、小さなお社なのに何気に歴史深い。 (^^;)









観亀神社・二の午祭10
さて、それではいよいよ御本殿へ。  ( ̄人 ̄)~




こうしてシャッターがいていると、いつもと全く印象が違って感じられます。









観亀神社・二の午祭11

御祭神



・加具都智命(かぐつちのみこと)
・宇賀御魂命(うかのみたまのみこと)




それではお賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。



手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)




やっぱりシャッターが開いた状態でお参りすると、いつもより神様に思いが
くような気がしたり。 (^^;)









観亀神社・二の午祭12
開いているついでに、殿内に入って神様視点で外を撮ったりして。 (^^;)


いや、シャッターが開いている時でないと、こういうひねった1枚は
なかなか撮れませんので。 (^^;)




そんな事を言っていると、神事がまりそうな空気なので、外へ出ましょうか。









観亀神社・二の午祭13
おや、境内に巡らされた朱の瑞垣(みずがき)を拝見すると、奉納名には多くの
芸・舞妓さんのお名前が見受けられます。



観亀神社は祇園東界隈の氏神様なんですね。


地域からの信仰のさが窺えます・・・。 ( ̄人 ̄)




ちなみに本日は、芸・舞妓さんは参列されません。 (^^;)


「二の午祭」は、単なるお稲荷様の例祭なので。 (^^;)









観亀神社・二の午祭14
そう言っていると、神職の方や関係者の方々が集まって来て、本式に
神事が始まる模様。



邪魔になるといけませんので、境内の外へ出て祭事の様子を拝見しましょう。




そう思って表鳥居のへ出た所・・・、









観亀神社・二の午祭15
なんと、入れ替わりで舞妓さん方登場!? (@_@;)



本神事にも芸・舞妓さん方が参列されるとは知らなかった。 (^^;)









観亀神社・二の午祭16
やがて境内はやかな舞妓さん方で一杯に。 (^^;)



いやホント、殿内の神事の様子が良く見えないほどの密度。 (^^;)









観亀神社・二の午祭17
祝詞(のりと)の奏上の後、参列者一堂低頭~。 (_ _)



アップで撮っても、舞妓さん方のうしろ姿が写るだけだったり。 (^^;)



でもでもこうして拝見すると、朝方の綺麗な状態の型や、朝日に照らされた
艶やかな襟足など、ある意味レアな1枚かも知れません。 (^^;)




そして、玉串奉奠(たまぐしほうてん)、撤饌(てっせん)と、粛々と神事は
進み・・・、









観亀神社・二の午祭18
いずこへ~ッ。  (´Д`) ノ     ←(行かないんですか?)



いや、本日は舞妓さん撮影に来たのではあらず。 (^^;)



シャッター開扉と、神聖な神事に参列するのが所期の目的なので、1枚頂く
とかはまたの機会に。 (^^;)









観亀神社・二の午祭19
さて神事も終了したので、再び殿内を拝見しましょう。 (^^;)



中央の御本殿を取り囲む様に末社がられています。


入口すぐ左手には三吉大明神が御鎮座されていたので、静かに
お参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









観亀神社・二の午祭20
そして右奥には大黒天、左奥には名称不詳ながら稲荷社
祀られているので、順に巡って行きます。



観亀神社の殿内はこの様な配置になっていたんですね。


いやホント、普段はシャッターが閉まっている上、中は真っ暗
ほとんど何も見えない状況なので。 (^^;)









観亀神社・二の午祭21
フト見上げると、壁には大きな鬼の金棒の様なものや、はたまた
大きな羽子板が奉納されています。


どのような謂れがあるんでしょうか・・・。






そんな事を言いつつもスキを狙って・・・、









観亀神社・二の午祭22
また御本殿を撮ってしまいました。  (^^;)



もうしわけありません。 (^^;)



いやホント、こんな至近距離で撮って、バチが当たるといけません
ので程々にしておきましょう。 (^^;)




こちらの御本殿でお参りは終了かと思っていたら・・・、









観亀神社・二の午祭23
なんとその真後ろに、し部屋的なお社が! (@_@;)



鳥居の神額には、沿革にもあった昔の呼び名、「歓喜神社」と標されて
いますし、こちらがの御本殿なのでしょうか。


う~ん、これはです。 (^^;)




いや、他にも謎が多いので、色々とお聞きしようと思ったら・・・、









観亀神社・二の午祭24
神職の方は既にられたとの事。 (´д`)


更に、関係者の方々も、今からもうるとの事。 (;´д`)



更に、御朱印もされていないとの事。 (/Д`)




いや、御朱印が無いのは仕方ないとして、もう少しめに色々とお聞き
しておくべきだった。 (^^;)









観亀神社・二の午祭25
関係者の方々が帰られた後、じきにシャッターが下ろされ閉店ガラガラ。


いや、シャッターがまる瞬間に立ち会えたのは、ある意味レアかも。 (^^;)



最後に少しお聞きした所、こちらの方、男衆(おとこし)さんだとか。 (゚д゚) 

芸・舞妓さんの着付けを専門とされる職人さんなんですね。



でも祇園東は小さな花街なので、着付けの他にも、今日の神事の段取りなど
色々とやるべき事が多いんだそうな・・・。









観亀神社・二の午祭26
人手不足もあるのでしょう、御心労のほど、おしします・・・。 ( ̄人 ̄)



いやホント、撤去した資材を乗せたリヤカーを押す後ろ姿に、何か
哀愁を感じたりで・・・。 (^^;)    ←(表現)





そんな事を言いつつも、また長居したので、そろそろおいとまを。 (^^;)









観亀神社・二の午祭28
さてさて、そんなこんなで、京都市・東山区は「観亀神社」
(かんきじんじゃ)。


二の午祭」(にのうまさい)のシャッター御開扉のタイミングで、
本日初めてちゃんとしたお参りをさせて頂きました。 ( ̄人 ̄)

いやホント、前回の放置記事から、実に7年ぶりに御由緒も紐解けて
良かった。 (^^;)



舞妓さん方が参列されたのも、ちょっとしたサプライズだったり。 (^^;)


でもでもな部分も残ったので、また何か判ったら追記したいですね~。




また7年後くらいに更新を・・・。 (^^;)   ←(年月掛けすぎ)






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