1/15(日)。 京都・東山区は、龍吟庵(りょうぎんあん)へ行って参りました。





最近、更新が追いつかなくなって、もう先々週のお話になりますが。 (^^;)





そう言いつつも、本日のお目当てはコチラ。



龍吟庵1
京都市観光協会(公式サイト)が主催する、第46回・「京の冬の旅」
題した、非公開文化財特別公開。





国宝・重要文化財など、多くの歴史的文化財が残る京都でも、通常公開
されているのは、そのごく一部なんだそうな。






この特別公開では毎年冬と夏の2回、1つのテーマを基に、普段は見学する事の
出来ない社寺や建築、庭園、仏像など、期間限定で拝観できるので、

ワタクシはいつもしみにしているんです。 (^^)





・期間 平成24年1月7日(土)~3月18日(日)





開催期間が長いのも、ウレシイところです。 (^^;)








龍吟庵2
というワケで、まずはさらっと東福寺へ到着。



といいますのも、今回お伺いする「龍吟庵」は、東福寺の寺域内にある
塔頭(たっちゅう)寺院だからなんですね。





まずは日下門(にっかもん)をくぐって、静かに境内へ・・・。 ( ̄人 ̄)








龍吟庵3
ちなみに今年の特別公開は、NHK大河ドラマ・「平清盛」放映記念として、
清盛ゆかりの地や、今年の干支・辰にちなんだ「龍」に会える文化財を
テーマにしているんだとか。





今向かっているお寺は「龍吟庵」という位なので、「龍」にちなんでいると思います。



たぶん。 (^^;)








龍吟庵4
順路に従って来ましたが、境内の一番東奥に位置しているんですね。



突き当たりを左に曲がって、さらに奥にあるもよう。








龍吟庵5
おお、趣のあるを、参拝客の皆さんがゾロゾロと渡っています。





う~ん、こうして見ると、世の中には社寺好きの人って、


多いんですね~。 (^^;)   ←(その内のひとり)








龍吟庵6
せっかくですから、人がなくなるのを待ってから渡りましょう。 (^^;)





「偃月」(えんげつ)との扁額が掲げられています。

桃山時代の木造廊橋で、その名も「偃月橋」(えんげつきょう:重要文化財)。





ちなみにこの橋、豊臣秀吉の正室である北政所(きたのまんどころ:ねね)が、
いつもこの渓谷を渡って龍吟庵に行くのが困難だ、という事で、慶長八年(1603)に
架けられたんだそうな。








龍吟庵24
橋の中ほどの天井には、確かに「慶長八年」と刻まれた棟札(むなふだ)が
あります。



東福寺には三名橋といって、「通天橋」(つうてんきょう)・「臥雲橋」(がうんきょう)、
そして「偃月橋」の三つの橋があるんですね。






他の橋は、台風や落雷などで架け替えられたものの、この偃月橋だけは改修を経て
当時のままの姿、というのがスゴイ。








龍吟庵7
橋と景色をじっくり拝見しながら進むと、表門(桃山時代・重文)が
見えてきました。




ノロノロと来たので、やっと到着。 (^^;)








龍吟庵8
さて、受付はこちらですね。




列にんでワタクシも、拝観料600円のお納めを。 (゚д゚)ノ@








龍吟庵9
それでは気持ちを整えまして、順路に従い、いざ潜入~。





龍吟庵は東福寺第三世住持・大明国師(だいみんこくし)・(無関普門:
むかんふもん)の住居跡で、境内地中より国師の遺骨を納めた

銅製の骨蔵器が発見されたことで、ここに塔所(たっしょ・墓所)が営まれて
いた事が確認された。

(以下、お寺のパンフレットより抜粋。)








龍吟庵10
苔むした、趣のある前庭を眺めながら進んでいきます。





国師は建暦二年(1212)信濃国(長野県)に生まれて十三歳で得度。

その後、上洛して東福寺開山・聖一(しょういち)国師(円爾弁円・
えんにべんねん)のもとに五年間参禅した。








龍吟庵11
方丈が見えてきました。 あともう少し。 (^^)





建長三年(1251)入宋、十年間に渡って禅の奥義をめた後、帰国。
聖一国師没後の弘安四年(1281)に東福寺第三世住持となった。








龍吟庵12
方丈は室町時代初期の作で国宝。 屋根は柿葺(こけらぶき)で立派な造りです。





正応四年(1291)亀山上皇の南禅寺創建に当たって開山に招かれた。

同年秋にを得て東福寺に帰山するが、十二月十二日、ここ龍吟庵にて
八十歳で示寂(じじゃく)した。








龍吟庵13
それではいよいよ方丈内へ。 お邪魔します~。





ちなみにお堂内は、例によって撮影禁止なので、写真はまたまた
パンフレットより拝借。 (^^;)








龍吟庵14
こちらでは係りの方が色々とご説明下さって、毎度ありがたい。 (^^;)




こちら龍吟庵、元は無関普門(大明国師)晩年の住居跡なんですね。

現存する方丈建築では、日本最古のものなんだとか。




使用されている梁(はり)は、面取り加工が施された竿縁天井(さおぶち
てんじょう)や、格子の目が非常に細かい長欄間(おさらんま)などなど、
随所に手の込んだ手法が用いられています。



これらはいずれも、格式の高さを表すためなんだそうな。








龍吟庵15
方丈中央、室中の間には、頂相(ちんそう:禅寺でいう肖像画のこと)が
掛けられています。




・東福寺第三世住持・無関普門(大明国師)。





御開基はこのようなお姿をされていたんですね。



静かにお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)








龍吟庵16
室中の間の入り口には、「龍吟庵」と刻まれた扁額が掲げられています。



この龍吟庵が建てられてた時、室町幕府第三代将軍である足利義満
から贈られたもので、公の直筆であるとのこと。





しかし義満の名ではなく、公家としての位を表す准三宮(じゅさんぐう)と
銘が刻まれているのが興味深い。





当時の明(みん)に貿易を申し込んだ時、「将軍」という役職の義満は、天皇の
家臣と見られ、相手にされなかったそうな。



そこで、天皇の祖母・母・后のつのずる位、つまり天皇の身内である
という意味を持った「准三宮」の宣下を受けた事で、明からの貿易承諾を得たんだとか。



そういったエピソードから、こうして扁額にも「准三宮」と残しているんですね。






明に貿易を拒否されたのが、よほどしゃくに障ったんでしょうか。 (^^;)








龍吟庵17
お次はお庭も拝見。



まずは方丈正面、昭和の名作庭家・重森三玲(しげもりみれい)氏の作で
枯山水・無の庭。




白砂のみを使って禅の教え、悟りの境地である「無」を表しているそうな。






こうして静かに眺めていると、


「無」になれるような、なれない様な・・・。 ( ̄人 ̄)   ←(修行が足りません)








龍吟庵18
続いて西側の「龍の庭」へ。 (^^;)




白砂は「海」、黒砂は「雷雲」を表し、そして中央の石で、今まさに天に
昇ろうとしている「龍」を表しているんですね。





このお庭にちなんだ寺名の「龍吟庵」。

今年の干支にもちなんで、なんだか縁起がいい。 (^^)








龍吟庵19
北側に回ると、「開山堂」が。


「霊光」と刻まれた扁額もまた、義満公の自筆のもの。





大明国師坐像(重要文化財)が安置され、納骨堂になっているそうな。








龍吟庵20
そして東側へ回って最後のお庭、「不離の庭」。



こちらは、大明国師がご幼少の頃のお話をもとにして作られたお庭で、
の群れに襲われそうになった国師の身を、二頭のが守った、

というシーンを表しているんですね。






赤い砂を使ったお庭というのも珍しい。


大明国師ご幼少のお話という、遠いをイメージさせる為に、京都・鞍馬山の
赤石を細かく砕いて敷き詰めて、絵画的にお庭を表現しているんだとか。




奥の深い意図を持った作庭です。








龍吟庵22
さて、またずい分長居したので、そろそろおいとましょう。





御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)








龍吟庵21
そして、こちらが受付で頂けました御朱印。 



「正法眼蔵」(しょうぼうげんぞう)と書かれています。





これはなんでも、真理を見通す知恵の眼(正法眼)によって
悟られた秘蔵の法(蔵)という意味らしく、つまり仏の悟りそのものを表し・・・、





う~ん、なかなかに、の教えは

難しい・・・。 ( ̄人 ̄;)   ←(修行が足りません)








龍吟庵25
さてさて、そんなこんなで、2012年・「京の冬の旅」 特別公開:「龍吟庵」
(りょうぎんあん)。  (^^;)



今年の干支・「辰」にちなんだお寺で、じっくりと拝観させて頂きました。





普段は非公開の社寺・文化財を、こうして特別に拝観できるのって、
ホント心が豊かになって、いいものですね~。



他の箇所もまた機会があれば、ゆるりとって行きたいと思います。 (^^)






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