1/9(月)。 兵庫県・西宮市は越木岩神社(こしきいわじんじゃ)
へ行って参りました。



さて、本日のお目当ては十日戎(とおかえびす)。  (゚д゚)



いや、1月も日になって十日戎のネタというのも、如何なものかと
思いましたが、

っかくなので更新をば。 (^^;)




ちなみにおととし、→2015年 阪急梅田駅・十日戎キャンペーン 
2015/01/09
で、

阪急沿線10社の「えべっさん」 を紹介するイベントに
参加したのが発端なんですよね~。








イベント会場 : 阪急梅田駅・ビッグマン前広場
越木岩神社1

今年も「無料吉兆引換証」の付いた福笹を頂けたので、
一社くらいは福を授かりに、お参りに行きたいな~と。 (^^;)




社寺巡り 大阪府・吹田市 「高浜神社」(たかはまじんじゃ)・
十日戎 2015/01/24


社寺巡り 大阪府・吹田市 「泉殿宮」(いづどのぐう)・
十日戎 2016/01/31



に続いて今年で早くも3年目とは、

この十日えびすネタもすっかりシリーズ化してしまった
感が・・・。 (^^;)









越木岩神社2
そんな事を言いつつも、本日は阪急・甲陽園駅(こうようえんえき)
を下車。


久しぶりに兵庫県方面のお社へと思って来ましたが、

これまた滅多に訪れる機会のない所ですね~。


目的地の「越木岩神社」への道順を駅員さんに聞いてみましょう。



いや、手持ちのスマホからマップで調べれば判る話なんですが、

何かとお聞きするのがきなので。 (^^;)    ←(迷惑です)









越木岩神社3
けっこうな坂道が続くんですね~。   ~~(;´д`)



駅員さんに教えて頂いた道順に加えて、所々に案内看板もあるので
道にう事はありませんが、

かなりの上に御鎮座されている模様。



早くも息ががって来た。 (^^;)









越木岩神社4
そして徒歩20分程かけてようやく到着。 (^^;)



改めまして、石の鳥居を前に1枚、パチリ♪


黄色いのぼり旗には「西宮・北の戎さん」と掲げられています。


えべっさんムードにテンションもがって参りました。 (^^)









越木岩神社5
いや、まずは上がった息をえてから、潜入~。 (^^;)


深い緑に包まれた、真っ直ぐの参道を進んで行きます。





当社は東六甲山麓唯一の霊場で、天然記念物の森に覆われた
霊験あらたかな神社である。

創立は不詳で、甑岩(こしきいわ)を霊岩とし、今なお全国的に
信仰を集めている。

(以下、由緒書きより抜粋。)





この深い森にはヒメユズリハやヤマモモ、ヤブツバキ等が群生
しているんですね。

神域の森自体が兵庫県の指定天然記念物とはスゴイ。



甑岩(こしきいわ)なる岩も、大変な巨岩だとか。

こちらもあとで拝見しに行きましょう。 (^^)









越木岩神社6
続いてこちら手水舎でお清めを。

柱にはが結び付けられて、これまたえべっさんムード。 (^^;)





この信仰は磐境(いわさか)・磐座(いわくら)祭祀と呼ばれ、
当社が鎮座する地域一番の磐座郡の象徴として祀られており、
古くから特に安産・子授の神様として信仰されている。

今を去る千数百年前の延喜式神名帳には、大国主西神社と
記録されており、これは当社と思われる。





磐座(いわくら)とは、古神道においてを神様の依代(よりしろ)
とする信仰の事なんですね。


自然崇拝が色濃く残る越木岩神社。

創立は不詳という程の歴史のさにも、うなずけます・・・。









越木岩神社7
その後、正保年間(1644年頃)には社殿が再建され、明暦二年(1656)の
八月十六日に円満寺の教順僧侶が「福神」の総本社・西宮神社
より蛭子大神(えびすおおかみ)を勧請し、蛭子太神宮と称される。





なるほど、西宮神社より御分霊を迎えられたんですね。


その西宮神社がに御鎮座されているのに対して、こちら
越木岩神社が北に位置するので「の戎」なワケですか。



鳥居前にあった色いのぼり旗の表記に、今納得。 (^^;)









越木岩神社8
以後、数回社殿は修復されたが、現在の見事な片削破風流造
(かたそぎはふ ながれづくり)の御本殿は昭和十一年に、
また拝殿は昭和五十八年に御造営となったものである。





神社の歴史を噛みしめつつ、いよいよ御本殿へ・・・。 ~(  ̄人 ̄)









越木岩神社9
おお、御本殿前に茅の輪(ちのわ)がある! w(*゚0゚*)w



いや、当ブログでは→社寺巡り 大阪府・四條畷市 「四條畷神社
(しじょうなわてじんじゃ) 茅の輪くぐり 2016/07/18
の様に、

毎年6月末、祓い清めて頂く為に茅の輪くぐりに訪れているんですが、
季節外にしいな~と。


中には年中茅の輪を設置されているお社もあるそうな。



いずれにしても、茅の輪にもが散りばめられて、これまた
えべっさんムード。 (^^;)









越木岩神社10
その茅の輪に清められた後、御本殿前へ・・・。 ( ̄人 ̄ )~~



御祭神



・蛭子大神(えびすおおかみ)





それではお賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。



手順正しく、心をめてお参りをさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)




それにしても、祀られている神様は「蛭子大神」様だけなんですね。


まさにえべっさんの為のお社。



改めて、十日えびすのをお授けください~・・・。 ( ̄人 ̄)






そんな事を言いつつもスキを狙って・・・、









越木岩神社11
また御本殿を撮ってしまいました。  (^^;)



本年最初の、もうしわけありません。 (^^;)



いや、いつもならワンクッション入れてから本お約束
入れるんですが、

殿内で御祈祷が行われていたので、その様子を収めたく


て気味に。 (^^;)









越木岩神社12
摂・末社へもお参りを。 (^^;)


御本殿の左手に岩社参道があるんですね。



御由緒にあった甑岩(こしきいわ)もこの先にある様なので
行ってみましょう。 (^^)









越木岩神社13
これまた結構階段を上って来ましたよ~。  ~~(;´д`)


また息ががるし。 (^^;)



でもでも気持ちも整えて、正面の「岩社」、「白玉稲荷・大崎稲荷」、
そして遥拝所と順にって行きます。 ( ̄人 ̄)









越木岩神社14
左手の方に回ると、おや、石のお不動様が祀られていますよ。


大変歴史の深いお社なので、神仏習合の名残りも感じられます。



続けて「水神社」、「六甲山社」にもお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)





それにしても、巨岩と言われる甑岩(こしきいわ)は、

ドチラデスカネ・・・。   ~(゚д゚ )~( ゚д゚)









越木岩神社15
先にお参りした「岩社」の後ろがまさに、その甑岩(こしきいわ)
でしたか。 (^^;)


を通り越して、の様な大きさ。


あまりにきすぎて、近くに寄っていると気付かなかった。 (^^;)



酒米を蒸す時に使う「甑」(こしき)という道具に似ていることから
「甑岩」と名づけられたそうな。

こちらの社名、そして周辺の地名もこの岩からこったんですね。



岩社の裏手から登って、岩にづくことが出来る様なので
行ってみましょう。









越木岩神社16
きさを表現するために、参拝者と絡めて1枚、パチリ♪


周囲約40m・高さ10mの巨大花崗岩だそうな。

ホント、近くで拝見すると、とんでもない大きさのメガロック




今から400年程前、かの豊臣秀吉が大阪城を築城する際に、
この大きな岩を石垣に用いようとしたそうな。


村人の反対を押し切って、石工達がノミを打ち始めた所、
物凄い音と共にい煙が噴出。









越木岩神社25
その噴き出した霊気に石工達がえ苦しみ始めると、
次々と岩から転がり落ち、皆絶えてしまったとか・・・。


作業の指示をしていた役人達も震え上がって命からがらげ出し、
結局大阪へは運び出せなかったんですね。



今の時代の人でもこれほど大きな岩を目の前にすると、何か
宿っていると感じるかも知れません。



ワタクシもりに会いませんよう、存分にお参りを。

南無南無・・・。 ( ̄人 ̄;)    ←(南無?)




ちなみに、今はちゃんと御祭神として「市寸島比売命」(いちきしまひめ
のみこと)という神様、俗に言う辨財天が祀られています。 (^^;)


女性守護・安産・子授け、また音楽や芸術、更には縁結びや、財宝を
もたらす御功徳もあるので、

安心してお参りを。 (^^;)









越木岩神社17
甑岩の裏手には、まだお社があるんですね~。  ~~(;´д`)


更に山を登って来て、息もえ絶え。 (^^;)



でもでも、こちらで最後、貴船社で謹んでお参りを・・・。









越木岩神社18
おお~、こうして眼下に望むと、やはり随分の上まで
来ていたんですね。


息もがるはずです。 (^^;)



でもでも、西宮市の街並みが一望出来て、何気に

達成感も覚えたり。 (^^;)




そうこうしている内に、もう大分とも傾いて来ました。



御朱印を頂いて、そろそろおいとましましょうか・・・。









越木岩神社19
いや、本日のメインイベント吉兆の授与を! (゚д゚)


阪急梅田駅・十日戎キャンペーンで頂いた福笹を取り出し、

社務所へ、いざいざ~。   ~~( *゚д゚)ノ笹



本日はこれが目的で訪れたのに、れて帰りそうになって、
アブナイアブナイ。 (^^;)









越木岩神社20
巫女さんが吉兆をびして頂けるんですネッ!


イベント枠ながら、通常のえべっさん枠と同様に
ご対応頂けて、恐縮です。 (^^;)



ちなみにこの時期おなじみのえべっさんも、ほぼ関西限定の
祭礼だそうな。



商売繁盛を願い、「大福帳」や「小判」、「鯛」、「扇」などの細工物
(吉兆)を、生命力満ち溢れる福笹に結び付け、

いには「商売繁盛」を、そして一般家庭には「家内安全」や
「家運隆盛」を祈願して買い求められるワケなんです。









越木岩神社21
そしてじきに授与頂けました笹が、コチラ。 (*゚д゚*)


えべっさんの福々しい笑顔が印象的な、本格的な絵馬。



今年一年間、良い福にって頂けそうな予感でご満悦。 (^^;)









越木岩神社22
御朱印を頂くのもれて帰りそうになって、 アブナイ。 (^^;)



ちなみに十日戎は、神社としてもき入れ時なんですね。


さすがに色々とお話をお聞きするのは自粛を。 (^^;)









越木岩神社23
そうこうしている内に、こちらが頂けました御朱印


「甑岩大神」(こしきいわおおかみ)と書いて頂けました。



ありがとうございます~。 m(_ _)m









越木岩神社24
さてさて、そんなこんなで、兵庫県・西宮市は「越木岩神社」
(こしきいわじんじゃ)。


一千年の時を紡ぐ古社で、良いお参りをさせて頂きました。 ( ̄人 ̄)


想像を遥かに超えた甑岩の大きさとパワー感には、さすがに
圧倒されましたね~。


初詣に次ぐ年始のイベント・十日えびすと共に、
大きな福をお授け頂いたような気がします。 (^^;)



それにしても毎度無料ながら、本格的な吉兆にも大満足


本・阪急梅田駅・十日戎キャンペーン 

来年も都合が合えば、またどちらかのお社に是非
お邪魔したいと思います。 (^^;)






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5/15(日)。 神戸市中央区は「四宮神社」(よのみやじんじゃ)へ
行って参りました。







四宮神社1
というワケで本日、まずは阪急電鉄・神戸三宮駅を下車。



本日はここ三宮周辺に御用があって訪れたんですが、まだ少々時間が
あるので、

神戸八宮巡りの続きをしておこうかな~と。



何だかんだで、年に一度の恒例行事的な巡礼になったり。 (^^;)









四宮神社25
三宮駅~神戸駅周辺には生田神社を中心に、一宮から八宮
神社が点在しておりまして、

古くから港神戸の守護神として信仰されているんですね。



それらのお社を数字順に巡る事を、神戸八宮巡り(こうべはちぐうめぐり)
といい、満願達成すれば、ありがたい厄除けになるんだそうな。




ちなみにこれまで、

社寺巡り 神戸市・中央区 「一宮神社」(いちのみやじんじゃ) 2012/06/02
社寺巡り 神戸市・中央区 「二宮神社」(にのみやじんじゃ) 2014/06/28
社寺巡り 神戸市・中央区 「三宮神社」(さんのみやじんじゃ) 2015/06/11

3ヵ所を巡って来たので、


今回の4ヵ所目でやっと半分のり返し地点。 (^^;)









四宮神社2
そう言いつつも、周辺地図が見えて来たので置確認すると、すぐ近くの模様。

駅からは徒歩15分程でしょうか。



それにしても、前回の三宮神社もそうでしたが、結構都会的な場所に
御鎮座されているんですね~。



いや、いずれも神戸の街を中心に御鎮座される八社なので、当然と言えば
当然ですか。 (^^;)









四宮神社3
そうこうしている内に、大通りの右手に鳥居が見えてきました。



ビル群の中にポツンとれて、少々違和感を覚えたり。 (^^;)









四宮神社4
そして無事に到着♪


う~ん、両脇からは背の高い建物に挟まれて、これまた窮屈そう。 (^^;)



でも都心の社寺だと、たまにこういう立地にあったりするんですよね。









四宮神社5
何はともあれ、まずはお邪魔しましょう。



気持ちを整えまして、一礼してから潜入~。  ~(  ̄人 ̄)









四宮神社6
創建年月は不明だが、神功皇后(じんぐうこうごう)が摂政元年二月の
三韓征伐(さんかんせいばつ)の帰途、ご神託により活田(いくた/生田)の神を
長狭の国にお祀りせられる時に、

同国八ヵ所に鎮座されている神々を東から順に巡拝された一社として、
の御前の神」とご名付けをされたのである。

(以下、由緒書きより抜粋。)





神戸八宮巡りの歴史って、遠くは神功皇后の時代にまでるんですね~。


いや、このタイミングながらめて、歴史のある巡礼なんだな~と。 (^^;)









四宮神社7
続いてこちら手水舎でお清めを。


八宮巡りの案内板も設けられていますね。


う~ん、これまためて、まだり返し地点なり。 (^^;)    ←(また)





其の後、永禄年間、摂津の武将・荒木村重(あらき むらしげ)が織田信長の
命令で花熊(隈)城を築くや、その鬼門鎮護の神に定められ、 城主より
幣帛(へいはく)が捧げられた。

天正八年七月二日、花熊(隈)城の落城により戦火を受けたが、安政元年
九月、現在地に移転・再建され、文学芸能の唯一の神として、芸能人等の
崇敬が篤く、「花隈芸者の名付けの神」としても有名であった。









四宮神社8
なるほど、この周辺はかつて、神戸髄一の花隈花街があったんですね。

それに因んでいるのでしょうか、境内の一角には芸能塚が祀られています。





明治三十八年六月二日、当地一帯の大火で再びその災害を罹ったが、
同四十三年五月十一日、再度芸能人、文化人をはじめ当地の有力な
崇敬老によってご造営された。

当神社前に兵庫県庁が置かれ、初代知事伊藤博文公も氏子に住ま
われ、歴代知事の公舎も当神社氏子内に建てられた。









四宮神社9
これまたなるほど、旧千円札の肖像でも知られる伊藤博文公が

初代・兵庫県知事だったとは、いま初めて知ったり。 (^^;)





昭和二十年六月五日の第二次大戦の空襲でその被害を受けたが、
当時の副知事金井元彦氏により復興奉賛会が結成され、昭和三十八年
五月十日に社殿がご造営された。









四宮神社11
それではいよいよ御本殿へ。



古代から近代にかけて、くの歴史を見てきたお社なんですね。


現在の境内地も、往時に比べると半減したそうな・・・。




今一度沿革を噛みしめ、お参りへ・・・。 ~(  ̄人 ̄)









四宮神社12

御祭神



・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)




それではお賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。



手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)




御祭神は別名を弁財天として親しまれている神様なんですね。


照大神(あまてらすおおみかみ)と盞鳴尊(すさのおのみこと)の間
に産まれた五男三女神の一柱。


才に長けて、芸能・文学、何でも器用にこなし、八百万(やおよろず)の
神々に愛された、美しい女神様であるとか・・・。


芸能を始め、智徳・財宝、そして何より七福神の一柱でもあるので、
の神様でもあるんですね。




御神徳の多さにんで、再度お参りを・・・。 ( ̄人 ̄)  









四宮神社13
フト後ろを振り返ると、大きな下山手通にはくの車が行き交っています。



そんな立地もあって、さすがに境内はかとは言えませんが、

でもワタクシ以外に参拝者は見られず、こうしてち着いて自分のペース
でお参りできるのは、


やはり通常参拝ならではかも。 (^^;)









四宮神社10
無機質なビル群の中に、ひと際鮮やかな朱色の御本殿も、印象的ですね~。



それにしてもホント、特別公開だとご説明を聴いたり、疑問に思った事は
ご質問したり、

はたまた撮影禁止の文化財などはその分憶に焼き付けたりと、


何気に忙しなんですよね。 (^^;)




特別公開も期間限定のスペシャルな魅力はありますが、

でもでも本日の様に、ただ純粋な気持ちで神仏の前に帰依するというのも、


ある意味社寺巡りの本来の姿であるような気もしたりで・・・、 ( ̄人 ̄)






そんな事を言いつつもスキを狙って・・・、









四宮神社14
また殿内を撮ってしまいました。



もうしわけありません。 (^^;)




これまた~い前フリあとのお約束。 (^^;)



いやホント、ワタクシの社寺巡りの中ではすっかり定着した感のある
本・お約束ですが、


毎回お参り後、こうして神社の御本殿やお寺の御本堂の中をると、
何だか御神体や御本尊と一体になれるような心感があって、


精神的にち着くんですよね~。



この様な一連の行動を、今流行りの言葉では、


ルーティンと言うそうな・・・。 ( ̄人 ̄)     ←(微妙に古い)










四宮神社16
そんなワタクシのルーティンも、社寺巡りにおいて何の効果があるかは
不明ですが、

続きましては末社へ。 (^^;)



御本殿近くには八幡神社(はちまんじんじゃ)が祀られているので、
まずは静かにお参りを。









四宮神社17
御本殿のすぐ手前には、巳神社(みじんじゃ)も祀られています。



御祭神は弁財天巳大神で、主祭神である「市杵島姫命」(いちきしま
ひめのみこと)にお仕えし、そして

お護りしている白蛇が祀られているんですね。



「白蛇」と聞くと、何だかいイメージがありますが、

広くはミイサン(巳さん)と呼ばれて親しまれている神様。



一願成就の御神徳あらたかだそうな。


こちらでも静かにお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)



そんなさなか、フト目の前のお供え物を拝見すると、なぜか

お酒ばかりの様な・・・。



何かいわれがあるんでしょうか。


何気にです。 (^^;)









四宮神社18
御本殿の右奥には、お稲荷様も祀られています。


こちらで最後の末社なんですね。



「三義稲荷大明神」・「武富稲荷大明神」・「白嶽稲荷大明神」の
三柱に、んでお参りさせて頂きます。 ( ̄人 ̄)









四宮神社19
さて、本日はお次にきたい所があるので、そろそろおいとま
しましょうか。



珍しく、長居せずに。 (^^;)









四宮神社20
おっと、それでもこちら社務所で御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)



先を急ぎながら、毎度お話のお伺いもしだけ。 (^^;)




先ほど気になった、巳神社(みじんじゃ)のお供え物についてお聞き
したところ・・・、









四宮神社17
巳神社の御祭神であるミイサン(巳さん)は、玉子と御神酒が大好物
なんだそうな。


なるほど、なのでこうして地域の方たちがお供えされているんですね。



ちなみにこちらのお宮が御鎮座されているのは、弁財天の守護神である
白蛇さんをこちらにお祀りしてほしいという、

氏子さん方々のリクエストによるものだとか。



お聞きする事で、めて知り得る事も多かったり。 (^^;)









四宮神社21
あと、社務所の入る、こちら「四宮神社会館」と銘打たれた立派
ビルについてもお聞きしたところ、


土地は神社の所有ながら、建物の所有者は、云々との事で・・・、




この辺りはあまりくお聞きしない方が良い領域の様です。 (^^;)









四宮神社22
そうこうしている内に、こちらが頂けました御朱印。  (^^;)


社紋は花菱(はなびし)なんですね。




ありがとうございます~。 ( ̄人 ̄)









四宮神社23
おっと、 あと八宮巡り専用の御朱印も頂かねば。



これまたうっかりれそうになって、アブナイアブナイ。 (^^;)



いやホント、本日訪れたのは、この八宮巡りが本来の目的
なので。 (^^;)




ご一緒に、「弁財天・四宮神社」のプリントが入ったボールペン
まで頂けるとは、ありがとうございます。 (^^;)









四宮神社24
さてさて、そんなこんなで、神戸市・中央区は「四宮神社」(よの
みやじんじゃ)。


神功皇后にゆかり深く、また創建深いお社で、いお参りをさせて
頂きました。 ( ̄人 ̄)


久しぶりに神戸方面のお参りというのも、また新鮮だったり。 (^^;)



神戸八宮巡りとしては、やっと折り返しの社目なんですね~。 (;´д`)


でも何だかんだで、年に一度の恒例行事的な巡礼になっているので、


てずがず、

五社目はまた来年の、この時期辺りに・・・。 (^^;)






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5/17(日)。 神戸市中央区は「三宮神社」(さんのみやじんじゃ)へ
行って参りました。







三宮神社1
というワケで、まずは阪急電鉄・神戸三宮駅駅を下車。



本日はここ三宮周辺に御用があって訪れたんですが、まだ少々時間があるので、
神戸八宮巡りの続きをしておこうかな~と。



何だかんだで間が空いて、前回から1年ぶりに。 (^^;)









三宮神社28
三宮駅~神戸駅周辺には生田神社を中心に、一宮から八宮の神社が点在
しておりまして、古くから港神戸の守護神として信仰されているんですね。



それらのお社を数字順に巡る事を、神戸八宮巡りといい、満願達成すれば、
ありがたい除けになるんだそうな。




そう言いつつもだ、

社寺巡り 神戸市・中央区 「一宮神社」(いちのみやじんじゃ) 2012/06/02
社寺巡り 神戸市・中央区 「二宮神社」(にのみやじんじゃ) 2014/06/28

2ヵ所しか巡れていないので、


少しずつでも張らねば。 (^^;)









三宮神社2
さて本日、この三宮界隈できな催し物が開かれるんですね。



兵庫県警のお巡りさんたちも大人数で警備に当たって、少々物々しい雰囲気。









三宮神社3
周辺の信号もすべて消えています。


兵庫県最大の祭典とあって、一帯の道路が封鎖されて開催されるとは、
さすがにスゴイ規模。




そんな独り言を言いつつも、京町筋から西へんで行くと・・・、









三宮神社4
右手に目指すお社がえてきました。


これまた駅から徒歩10分程と、交通至便。



それにしても、アスファルトとビルに囲まれた空間に、ポツンと御鎮座されて
いるんですね。



見た目には少々違和感を覚えたり。 (^^;)









三宮神社5
改めまして、石の鳥居を前に1枚、パチリ♪



それでは、気持ちをえましてから、潜入を・・・。 ( ̄人 ̄)









三宮神社6
おや、鳥居の左脇に、「史蹟・神戸事件発生地」 なる石柱が。


過去にここでか事件が起こったんでしょうかね。



それにしても「神戸事件」とは、チョトい響きのフレーズ。 (^^;)




何を意味するのかになる所ですが、ひとまずは潜入をば。 (^^;)









三宮神社7
おお、神域の後ろは異国情緒あふれる神戸らしく、洋館が見えます。


神戸セントモルガン教会なんですね。



いきなりの対比が印象的な1枚に。 (^^;)





創祀の年代は古くして極め難く、古記録も欠けているが、神社には享保十七年
(1732)の銘ある手水鉢や、寛延元年(1748)の銘ある石灯籠が現存している。

この地は以前、尼崎藩領であったため、藩公が厚く信仰せられ、右の寛延の
石灯籠は尼崎藩主の奉納になったものと伝えられる。

(以下、由緒書きより抜粋。)









三宮神社8
まずはこちら手水舎でお清めを。



フト見上げると、格子の奥はステンドグラスになっていますよ。


これまた異国情緒あふれる神戸らしい。 (^^;)





明治維新ごろまでは、神社の附近は山手まで一面田園に過ぎず、宮はその
中に西国街道に添うて丘を負い、うっそうと繁った森をなし、遠方からもよく望めて
目標となっていた。









三宮神社9
こうして一歩神域に入ると、境内は至ってか・・・、



いや、外は通りが多いので、あまり静かとは言えないかも。 (^^;)


神戸でもど真ん中に位置するお社なので、そこは致し方ありません。 (^^;)



でもでも、地元の方々でしょうか、サッとお参りして行かれる人が多く、
地域からの崇敬の厚さが感じられます。





慶応三年(1868)、神社前の「神戸の浦」が開港され、居留地が設定される事
になり、その工事用に神社附近の丘を削って、土を運ぶなどして昔の景観を失った。









三宮神社10
御本殿から振り返ると、百貨店の大丸が迫っているんですね。 (^^;)


これまたある意味、スゴイ対比。 (^^;)





明治十八年までは、まだ数株の老松が残っていたが、次第に周囲は開け、
ついには今日見るように異常な発展を遂げる事になり、三宮の名は
駅名や官公署等に付けられ全国に知られるようになった。





こうして御由緒を拝見すると、この一帯は幕末から明治に掛けて急進的
に栄えていったんですね。



加えて、「三宮」という地名は、こちら三宮神社が由来となっているのも
また興味深い。









三宮神社11
さて、それではいよいよ御本殿へ。



それにしても本日、最高にお天気が良い事は嬉しい限りなんですが、


写真が白トビしてしまうのが厳しいところです。 (^^;)









三宮神社12

御祭神



・ 湍津姫命 (たきつひめのみこと)




それではお賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。



手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)





御祭神の湍津姫命は日本書紀によると、「市杵島姫命」(いちきしまひめ
のみこと)・「田心姫命」(たごりひめのみこと)と共に

宗像三女神(むなかたさんじょしん)の一柱で、素戔嗚尊(すさのお
のみこと)の娘とされるんですね。



一般的に宗像三女神は三柱合わせて祀られる事が多いものの、こちら
三宮神社の様に「湍津姫命」が単独で祀られるのは珍しいんだそうな。



北九州は宗像(むなかた)の航海民が祀った海神でもある神様。


町・神戸に祀られる様になったのも、必然の事かも知れません・・・。 ( ̄人 ̄)









三宮神社13
先ほどから気になっていたんですが、参道上にある角形の敷石は
何なんでしょうかね。


それぞれに干支も標されていますよ。



これまたミステリーサークル的で、謎です。 (^^;)









三宮神社14
御本殿脇に説明書きがありました。



「お宮さんにお参りしてからご自分の干支の位置に立って写真を撮り、
御神符等をお受けになると、無病息災・厄除招福等々が得られます云々・・・。」



自分の干支の場所に立つのは判りましたが、どこ写真を撮るかまでは
書かれていませんね。



いま流行りの自撮りの事でしょうか。 (^^;)





う~ん、いくら考えても判らないので・・・、









三宮神社15
いつもの如く、御本殿を撮ってしまいました。  (^^;)      ←(結局そこ)



もうしわけありません。 (^^;)



でもでも、帰りに御神符代わりに御朱印を頂いて、これで神事完了という事に
しておきましょう。 (^^;)




それにしても天窓から陽の光が差し込んで、何だか神秘的な1枚に。 (^^;)









三宮神社16
続いて摂・末社へもお参りを。 (^^;)




御本殿の裏手には「三宮稲荷大明神」・「安高稲荷大明神」が祀られて
います。 ( ̄人 ̄)









三宮神社17
その右手には、源平の史跡として河原霊社が祀られているんですね。



御祭神

・河原太郎高直公(かわらたろうたかなお:兄)
・河原次郎盛直公(かわらじろうもりなお:弟)




寿永三年(1184)に起こった源平一ノ谷合戦・生田の森で、一番乗りの功名手柄
を立て(二月七日)討死した源氏の勇士、河原兄弟の御霊が祀られているそうな。









三宮神社18
旧鎮座地は都市計画の為、昭和46年にこちら三宮神社の境内にされたとか。


同じく付近にあった河原兄弟のも合わせて遷されたワケですか。




境内にそれらしきお塚を見つけましたが・・・、


木々にもれてしまって良く見えません。 (^^;)









三宮神社19
最後に神域の外から、お社のうしろ姿を1枚パチリ♪



ここからだと御社殿の全景と、神輿蔵(みこしぐら)も臨めるんですね。


それにしても周囲のビル群との対比に、めてミスマッチ感を感じたり。 (^^;)






さてそんな事を言いつつも、また長居したので、そろそろおいとましましょうか。









三宮神社20
もちろんお参りあとのお楽しみ、御朱印を頂いてから。 (^^;)



ついでに、入って来る時に気になった石柱・神戸事件についてもお伺いして
みましょう。









三宮神社23
慶応四年(1868)1月11日、ここ三宮神社前できた事件だそうな。


備前藩の隊列が西国街道を東に向かって行進中、三宮神社の前に差し掛かった時、
沖に停泊していた外国軍艦の水兵数人が、隊列を切ったのが事の発端だとか。


これに怒った第3砲兵隊長・滝善三郎が、水兵をり付けた事が国際問題になった
ワケですか。



大名行列など含めて、こうした行列を横切るというのは「供先(ともさき)を割る」
と言い、当時としては大変無礼な行為だったんですね。









三宮神社22
これがやがて、近くの居留地予定の土地を検分していた欧米諸国公使を巻き込み、
銃撃戦にまで発展。


外国兵との交戦に、備前の藩兵が三門の大砲を率いて応戦するほどの規模に
までなったそうな。



境内には当時使われた同型の大砲が、今もこうして展示されているんですね。


拝見していると、事件の々しさが伝わってきます。









三宮神社21
最終的に列国は、居留地の安全の確保を名目に一時神戸を占領した上、
責任者の厳重な処罰、すなわち滝善三郎の処刑を要求。


明治新政府として交渉に臨んだ伊藤俊輔(初代内閣総理大臣・後の伊藤博文
が、何とか滝の命を救おうとしたものの、外国側に拒否されたんですね。



そしてついに滝は同年2月9日、薩摩藩の本部があった兵庫・永福寺において、
6ヵ国の立会人が注視する中、切腹したんですか・・・。



滝善三郎の切腹によって、一応の決着をみた神戸事件


でも、日本の政治体制が確立されていなかった為に、滝は犠牲となったと
言えるのかも知れません・・・。









三宮神社29
かつてそのような壮絶な事件があったとは思えないくらい、今はやか。


この鳥居の外で繰り広げられた一連の騒動を、御祭神様は当時どのように
おられたのでしょうか・・・。




何だか~い気持ちになりつつも、最後にもう一つだけお伺いを。 (^^;)









三宮神社13
参道上にあった角形の敷石、

自分の干支の場所に立って、どこの写真を撮ればよいのかお聞きしたところ・・・、



特にまりは無いんだそうな。 (^^;)



いつの頃からか、このような慣習が自然的に神社にわるようになったとか。


なるほど、お社によってはこの様な口伝えもあるんですね。 中々にしい。



というワケでめまして・・・、









三宮神社24
もう1枚御本殿を撮ったり。  (^^;)      ←(コラコラ)



しかも今度はの窓から。 (^^;)




いや、もはや干支の場所に立って撮ってないし。 (^^;)



あまりふざけていると、御利益があるどころかバチが当たります。 (^^;)









三宮神社25
そうこうしている内に、こちらが頂けました御朱印。  (^^;)



朱の印に加えて、神社とゆかりの深い「河原霊社」、そして深く印象に残った

「神戸事件」の添え書きも頂けました。



ありがとうございます~。 ( ̄人 ̄)









三宮神社26
おっと、 あと八宮巡り専用の御朱印も頂かねば。


うっかりれそうになって、アブナイアブナイ。 (^^;)




今回訪れたのは、この八宮巡りが本来の目的なので。 (^^;)









三宮神社27
さてさて、そんなこんなで、神戸市・中央区は「三宮神社」(さんのみや
じんじゃ)。


久しぶりの神戸方面でしたが、その中でも特にやかな地に佇むお社で、

都会的なお参りをさせて頂きました。 ( ̄人 ̄)


いやホント、たまには雑踏の聞こえるお参りも良いかも知れません。 (^^;)



あと、この地で発生し、外交レベルまで発展したという、緊迫の神戸事件
についても、色々と勉強になりました・・・。




さて、何より1年ぶりながら、神戸八宮巡りの社目を無事にクリアできて、
気持ち的には満足。 (^^;)


でもでも、改めてあと五社もあるんですね~。



満願達成まで、まだまだ先はし・・・。 (^^;)






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3/28(土)。 兵庫県・尼崎市は船詰神社(ふなづめじんじゃ)へ行って
参りました。







船詰神社1
本日はチョト御用がありまして、阪急・園田(そのだ)駅周辺に来たんですが、
これまた滅多に訪れる機会のない所なので、


1ヵ所位はっておこうかなと。 (^^;)



グーグルマップでさらっと神社を探して、お伺いしましょう。









船詰神社2
北東へ徒歩20分ほど進むと、神社の御鎮座を標す案内標識がえてきました。



こういった出先からふらりと社寺を探す際、神社を選ぶ事が多くなるんですよね。


お寺の場合、有名寺院や観光寺ならともかく、それ以外だと檀家寺である事が
多いので入りにくかったり、

そもそも一般拝観からけ付けていなかったり・・・。



なので参拝者を限定しない「神社」に訪れる事が、必然的にくなるんです。 (^^;)









船詰神社3
そんな独り言を言いつつも、注連柱(しめばしら)を正面から1枚、パチリ♪


入口は一般的な鳥居ではないんですね。




細かい事はいておいて、ひとまずのところ潜入~。  (^^;)









船詰神社4
おお、境内にはが咲き始めていて、キレイ。 ですね~。





主神である鳥之磐楠船命(とりのいわくすふねのみこと)は、別名・天鳥船命
(あめのとりふねのみこと)とも申し上げ、交通運輸の祖神としてその御神功
が伝えられている。

(以下、境内の案内看板より抜粋。)





なるほど、入って来る時に見た案内標識に、通称・「交通神社」と 標されて
いたのは御祭神に由来しているようです。









船詰神社5
こちらが手水舎ですね。 まずはお清めを。


手水舎にしてはややしい形だったので、チョト探してしまった。 (^^;)





神典・「古事記」の出雲国譲(くにゆずり)の段に、天孫の御降臨に
先立って、天照大御神様より差遣わされる使者・建御雷神(たけみかづちのかみ)
に従って大国主命(おおくにぬしのみこと)の許へ至った。









船詰神社6
境内には他にも、何本もの桜の木がありますが、まだの状態。

でもこの記事を更新する頃は満開になって、壮観な事でしょう。



何しろ更新がいので。 (^^;)     ←(自虐的)





主神は出雲の国譲の大業を成し遂げられた神様で、「空飛ぶ船」の意より、
交通運輸の神、そして海・陸・空を走行する船舶・車馬、航空の守護
神である。









船詰神社7
ちなみに鳥居のある入り口は、こちら左手にあったんですね、あらら。 (^^;)


なんだか今日は、入って来るところからグダグダ気味。 (^^;)




それにしても、創建が古事記に由来する大変歴史あるお社のようですが、
それ以外は案内看板にあまり詳しく記されていませんね~。



尼崎市のHPで調べたところ、この周辺である旧冨田(とうだ)村の氏神として、
古くよりこの地に祀られていたお宮だそうで、

船詰という名の由来は、昔、近くの猪名川の上流より材木を流し、この地で船に
積んで他所へ運んだ事からではないかと伝わるようですが・・・、




ま、詳しくは最後に、毎度のき込み調査でお伺いしようかなと。 (^^;)









船詰神社8
さて、いよいよ御本殿へ。



御社殿はて替えられたんでしょうかね。


あまり年月が経っていないような印象を受けます。









船詰神社9

御祭神



・鳥之磐楠船命(とりのいわくすふねのみこと)




それではお賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。



手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)





それにしても、御祭神が「鳥之磐楠船命」とは、これまでってきた神社の
中でもあまり見ない神様のような・・・。



ちなみに神話での記述によると、伊弉諾尊(いざなきのみこと)と伊弉冉尊
(いざなみのみこと)の間に産まれた神様で、鳥の様に空を飛べるとか。


また、神様が乗るの名前でもあり、そこから別名を天鳥船命(あめのとりふねの
みこと)ともいわれるんですね。









船詰神社10
なるほど、こうして由緒を拝見すると、古くから氏神様としてられていた事、
周辺の地形や往時の産業などの要素と、

そして神話の要素が長い年月を掛け、自然的にんで現在に至っている事が
伺えます。




いや、あくまでワタクシの勝手な解釈に過ぎませんが。 (^^;)









船詰神社11
御本殿の左手にも回り込んで1枚、パチリ♪



現在の御社殿や社務所等は、昭和51年の土地区画整理に際して、しく
建てられたんだそうな。



なるほど、金色に光る各所の金具(かざりかなぐ)を含めて、全体的にまだ
新しい印象を受けたのはその為だったんですね。









船詰神社12
そう言いつつも、先ほどからなぜか足元にマヨネーズの空き容器が
転がっているのが、


になるんですが。 (^^;)




う~ん、なぜこのような物が神社の境内に・・・。


です。 (^^;)






そんな事を言いつつもスキを狙って・・・、









船詰神社13
また御本殿を撮ってしまいました。  (^^;)



でも、扉がまっているので、うまく撮れずに残念。 (^^;)





しかしながら本日はもう一歩踏み込んで・・・、









船詰神社14
ガラス戸にスマホを押し当てて、撮ってしまいました。  (^^;)



もうしわけありません。 (^^;)




最近こうして強引に撮る傾向にあるのでいけません。


バチが当たらない内に、末社へお参りを。 (^^;)









船詰神社15
まずはの連鳥居が印象的な、「清玉稲荷社」へ向かいましょう。




マヨネーズの空き容器はきっちりとフレームに入れてから。 (^^;)









船詰神社16

御祭神



・宇迦御魂命(うかのみたまのみこと)




ちなみに稲荷社ではこのように狐像が祀られていますが、このお狐様が
御祭神ではなく、

御神使(ごしんし)といって、お稲荷様の使いとして祀られているんですね。



お稲荷様の御本体である「宇迦御魂命」は、素盞鳴尊(すさのおのみこと)と
神大市比売命(かむおおいちひめのみこと)の間に産まれた女神様。




お稲荷様のお姿は人間にはえませんが、心を込めてお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









船詰神社17
各末社への参拝通路が記されてあって、これはご親切。



いやホント、特別拝観の時のように、実に判り易くて助かります。 (^^;)









船詰神社18
続いてこちら、三社でお参りを。



「愛宕社」
御祭神

・火之迦具土命(ひのかぐつちのみこと)



「荒神社」
御祭神

・奥津彦命(おきつひこのみこと)
・奥津比売命(おきつひめのみこと)
・火産霊命(ほむすびのみこと)



「天神社」
御祭神

・天之常立命(あめのとこたちのみこと)
・菅原道真公(すがわらのみちざねこう)









船詰神社19
そして最後に、「地神社」でお参り~。 ( ̄人 ̄)



御祭神

・大地主命(おおとこぬしのみこと)




おや、お社の左手に菰樽(こもだる)が奉納されていますよ。


これまた神戸周辺の神社では良くかける光景。









船詰神社20
普段あまり拝見できる物でもなく、興味本位で少ししてみたところ、

フッとかったので、



中身の入っていないダミーでしたか。 (^^;)    ←(お手を触れないように)









船詰神社21
さて、汗ばむ程の陽気の中、また長居したのでそろそろおいとましましょうか。



社務所で御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)









船詰神社22
呼び鈴を押すと出て来て下さいましたが、なんだか少々おしそうなご様子。



お参りあとに御朱印を頂くのもしみの一つですが、御神職の方に色々と
お話をお伺いするのも、ワタクシの楽しみの一つなんですよね~。




でも本日は空気を読んで、聞き込み調査はご遠慮しておきましょう。 (^^;)









船詰神社23
しばしお待ち申し上げて、こちらが頂けました御朱印。



「船詰神社」(ふなづめじんじゃ)と書いて頂けました。




最後は丁重に御礼を申し上げて、ありがとうございました~。 ( ̄人 ̄)









船詰神社24
さてさて、そんなこんなで、兵庫県・尼崎市は船詰神社(ふなづめじんじゃ)。


ふらりと訪れましたが、日本神話に起源を持つ歴史深いお社で、良い参りを
させて頂きました。 (^^)


創建のエピソードなども、もう少し詳しく知りたいところでしたが、お聞き出来
なかったのは残念

数多く社寺をっていれば、こういう日もあります。 (^^;)



でも御朱印もお話も、程々に頂く位が丁度良いのかも知れません・・・。 (^^;)






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社寺巡り 兵庫・宝塚市 「宝塚神社」(たからづかじんじゃ) 2015/03/15
の記事の続きで、


次はおとなりのお寺へ向かっています。







宝塚神社24
と言いますのも、神社でのお参りのあと、こちら北側の鳥居から出て帰ろうと

テクテクと坂を下っていたところ・・・、









平林寺1
その途中で鐘楼堂(しょうろうどう)のようなものを発見。 (゚д゚)



これはまさしく、くにお寺があることを示していますよ。









平林寺2
道の脇には何体もの観音様の石像が祀られていますし、更に坂を
下っていくと、伽藍らしき建物も見えてきました。



帰り道ついでと言ってはですが、様子を伺っていきましょう。 (^^;)









平林寺3
そしてじきに道が開けて、無事に到着♪



おお、この敷地はまさにお寺の趣。


先ほどの「宝塚神社」と一本の道でがっていましたが、何か関わりが
あるんでしょうかね。




その前に、まだこちらの寺名すら判っていませんが。 (^^;)









平林寺4
敷地の奥にあるこちらが御本堂である模様。

柱の木札を拝見すると、平林寺(へいりんじ)と記されてあります。



なるほど、こちらが先ほどの宝塚神社の由緒書きに登場した、
隣接の平林寺でしたか。 (゚д゚)



ちなみに「攝津国観音霊場三十三所・第二番」の札所との記載も。




う~ん、ここまで来たら通りして帰る訳にはいきません。









平林寺5
そんなワケで、駅へ向かって帰るのは一時中断して、成り行き的に
お参りスタート~。 (^^;)





平林寺は今を去る約1400年前に、第三十一代・用明天皇の命により、
聖徳太子が創建された寺である。

次いで、千年前には花山法皇が定められた摂津国三十三所の観音霊場
の第二番札所になるほど、古代から現在まで、おびただしい人の心に
安らぎを与えてきた。

(以下、お寺の栞より抜粋。)









平林寺6
まずはこちら手水舎でお清めを。

降り止まない雨に打たれて手も濡れているので、だけ。 (^^;)  ←(コラ)





創建後、一時衰退したが平安時代に入るや、弘法大師の縁に連なる法尼・
如一尼(にょいつに)によって再建された。

830年代、淳和天皇(五十三代)のお妃・真井御前(まないごぜん)が
宮廷生活の隠微な争いに無常を感じ、都を逃れ、現在の兜山・神咒寺
(かんのうじ)を建立、弘法大師の弟子となられた。





なるほど、この時お妃に仕えた侍女の一人が、如一尼だったんですね。









平林寺7
階段を下りて寺域を拝見すると、修行大師のお像が祀られています。

側から下りて来たので、今やっと全景を把握したり。 (^^;)





如一尼の父は和気真綱(わけのまつな:天皇の側近)で、弘法大師の
姻戚でもあり、

陰に陽に大師の真言密教確立に援助を惜しまなかったばかりか、高雄山寺で
大師から金剛界の灌頂(かんじょう)を授けられたほどである。

如一尼は摂津・播磨を管理する大掾を命ぜられ、平林寺を復興させた。





そのような弘法大師との御縁から、如一尼は平林寺の復興を手掛けるに
至ったワケですか。



それにしても、創建の「聖徳太子」に始まり、お寺に関わってきた方々が
皇家繋がりで、そうそうたる面々。 (^^;)









平林寺8
阿弥陀堂もフレームに入れて1枚、パチリ♪




時は下り、たび重なる兵火と明治維新の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)
の流れと、そして第二次世界大戦後の農地解放などで、壮大を誇った大伽藍
は幾度か再建され、寺域も削られて、現在の平林寺となった。

現在は「こころの道場」として、老若男女から厚い信仰と祈りを受けている。





廃仏毀釈は明治時代に興った仏教排斥運動なんですね。



し、迦の教えを(こわ)す」、という意の「廃仏毀釈」。



この施策によって、当時破壊された全国の寺院・仏像は数知れず。


こちら平林寺もその犠牲となり、往時の規模も縮小を辿ったワケですか・・・。









「ゴォ~ッ。」
平林寺9


びっくりした~。 (゚д゚;)




阿弥陀堂のすぐ後ろには、阪急電車の今津線が通っているんですね。



いや、歴史回想モードに入っている時にちょうど電車が勢いよく通過して、
チョトびっくりした。 (^^;)









平林寺10
そんな一幕がありつつも、いよいよ御本堂前へ。 (^^;)



それにしても、お寺の沿革にもありましたが、「摂津国三十三所・観音霊場」
は1000年前に花山(かざん)法皇が定められたんですね。



中でも平林寺をその二番札所と定められたのは、往時の人々の崇敬が
厚かった大寺院だった事を、今に物語っているのかも知れません・・・。









平林寺11

御本尊


・釈迦如来坐像(しゃかにょらいざぞう)  宝塚市重要文化財指定





それではお賽銭をすべり込ませ、


手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)









平林寺12
おや、フト御本堂の右手を見ると、お釈迦様に仕える十六羅漢の一人、
賓頭盧(びんづる)尊者像が祀られています。


お寺ではこうしてお堂のに祀られているのを見かけますね。



賓頭盧尊者は、出家修行して身につけた神通力で多くの人々を
救った、大変優秀なお弟子さんだったそうな。



その一方で、お酒が大好きだったんですね。

修行の合間に飲んでいた所をお釈迦様につかり、お堂の外に放り
出されてしまったとか。


なるほど、このようなエピソードから「びんづるさん」は堂外に祀られて
いるワケですか。



ちなみにお顔・身体が赤いのは、お酒にった姿を表しているそうな。






そんな講釈を絡めつつも、スキを狙って・・・、









平林寺13
また御本堂内を撮ってしまいました。  (^^;)



でも、扉がまっているので、うまく撮れずに残念。 (^^;)





しかしながら本日は、先の宝塚神社と同様にもう一歩み込んで・・・、









平林寺14
ガラス戸にスマホを押し当てて、強引に撮ってしまいました。  (^^;)



もうしわけありません。 (^^;)     ←(怒られますよ)





でもホント、多くのお像が祀られた大変立派な内陣です。



ここで改めて、鎌倉時代は恵心僧都(えしんそうず)作と伝わる
御本尊様に、お参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









平林寺15
いや、いつもはこんなに踏み込んで撮らないんですが、本日は雨模様で
他に参拝者もないので、つい・・・。 (^^;)




なぜかい訳がましくなりつつ、続けて「観音堂」・「薬師堂」と
お参りして行くワケであります。 (^^;)









平林寺16
おや、そのお堂の前には石造のオブジェらしきものが。


案内板によると、露盤(ろばん)といって、雨露の侵入を防ぐ為に
塔などの屋根の上に置かれたものだそうな。


石造花崗岩で鎌倉時代中期(文永年間)の露盤は、全国的にも
17基しかないとか。



かつては薬師寺の屋根上に使われていたらしく、現在は宝塚市の
重要文化財に指定されているのだそう。



やはり歴史のあるお寺、このような貴重な史跡も残っているんですね。









平林寺17
あと気になったのがこちら、「三十三番・観世音菩薩順礼道」
なる案内板。


そういえば先の宝塚神社から下りてきた時に、何体もの観音様
石像が祀られていましたが、巡礼道になっていたんですね。




解説が書かれていないので詳細は不明ですが、こちらを順に巡れば、
実際の「摂津国三十三所・観音霊場」 を巡ったのと同じ功徳を頂けると、


勝手に判断。 ( ̄人 ̄)    ←(勝手なヒト)









平林寺18
せっかくなので、第一番から順にらせて頂きましょう。 ~(  ̄人 ̄) 



続けて第二番、第三番と、を込めてお参りして行きます。









平林寺19
先にお参りした宝塚神社が見えてきました。


この時点でまだ第六番とは、何気に先がい。 (^^;)




というワケで、少々ペースアップ。    ~~(  ̄人 ̄)









平林寺20
終盤に差し掛かる頃になると、坂をけ下りながら、


流しお参り~。 ( ̄人 ̄ )===     ←(また)









平林寺21
そして第三十三番まで巡って、ついに満願達成。


ありがとうございます~。 ( ̄人 ̄)



いやホント、ミニチュア版の巡礼ながら、妙な達成感。 (^^;)






さて、お参りも充分させて頂いたので、そろそろおいとましましょうか。









平林寺22
その前に、こちら寺務所で御朱印を頂いてから。 (^^;)



しかしながら呼び鈴を押しても全く反応なしで、お留守の模様。



御朱印を「頂ける・頂けない」も、御縁の様なもの。


本日は残念でしたが、またの機会に。 (^^;)









平林寺23
と言いながら、フト寺務所の壁面を見ると、

「ご朱印、ご希望の方は山内各院までお越しください」なる案内が。



「成就院」・「西光院」・「成福院」・「宝壽院」の4カ寺が記されていますが、
どうやらこちら平林寺の塔頭(たっちゅう)寺院の様です。




そちらで頂けるならもちろんお伺いします。 (^^;)









平林寺25
参道を下ると、確かに4つのお寺が見えてきましたよ。



一番近かった「宝壽院」さんで頂く事に。 (^^;)



ちなみに平林寺は不在にされている事が多く、こちら4カ寺で御朱印の
管理をされているそうな。


その他、かつてはおとなりの「宝塚神社」と境内が一体だったものの、
神仏分離で分けられた等々・・・、




そう色々とお聞きしながらも、こちらでは一般参拝を受けられていない様
なので、長々とお伺いするのはえめに。 (^^;)









平林寺26
そうこうしている内に、こちらが頂けました御朱印。



「攝津国三十三所・観音霊場」の分もあるとの事ですが、ワタクシは今の所
巡礼の旅はしていないので、

今回は御本尊の「釋迦如来」(しゃかにょらい)の分を頂きました。



ありがとうございます。 (^^)









平林寺27
さてさて、そんなこんなで、兵庫県・宝塚市は平林寺(へいりんじ)。


先の「宝塚神社」に続いての中、花山法皇と弘法大師にゆかり深い
お寺で良いお参りをさせて頂きました。


「攝津国三十三所・観音霊場」のミニ巡礼もできて、何気に満足だったり。 (^^;)


いつか機会があれば、本物の巡礼もしてみたいですね~・・・。




さて、またえらく更新がくなりましたが、これにて今回の宝塚周辺の
社寺めぐり編は終了。


今回もふらりと訪れましたが、日本全国どこに行っても社寺はあるんですね~。

また出先で時間があれば、色々な所をって行きたいと思います。 (^^;)






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