8/27(日)。 大阪市・浪速区は葵稲荷神社(あおいいなりじんじゃ)
へ行って参りました。







葵稲荷神社1
本日はチョト御用がありまして、なんば周辺に来たんですが、


訪れる機会が少ないので、また1ヵ所位はっておこうかな~と。 (^^;)









葵稲荷神社2
ここは今、どの辺りですか~?   ~ (´д`;) ~ (;´д`)



あまり訪れない場所なので、道に迷って彷徨っていたり。 (^^;)



それに巡るといっても、このミナミのど真ん中に社寺があるか
どうかも疑わしいんですが。 (^^;)





そんな事を言っていると・・・、









葵稲荷神社3
目の前に、葵稲荷と掲げられた一角を発見。 (゚д゚)



一見すると神社の様にも見えますが、でもお社という雰囲気は無く、

う~ん、一体なんでしょうか。









葵稲荷神社4
ここで正面から1枚、パチリ♪



南海なんば駅の高架下から、架線近くまでそびえ立つ塗りの櫓。


辺りの都会的な雰囲気に反して、この一角だけ結構な違和感
覚えたり。 (^^;)



でもでも、その麓にはちゃんと神額が掲げられた鳥居があるので、
やはりこちらは神社である模様。









葵稲荷神社5
おや、鳥居の右となりには、鳥獣戯画的なの銅像が。 (゚д゚)


これまたなオブジェ。 (^^;)



その後ろには神社の御由緒を記す駒札があるので、ちょっと
拝見してみましょう。









「なんばのかえる」
葵稲荷神社6

神社の起源や由来を記した由緒書きではなく、の像についての
説明だった様ですが・・・、



良く読んでも、今一つ意味不明。 (^^;)   ←(表現)









葵稲荷神社7
正一位(しょういちい)・葵稲荷大神」と、神階に御祭神
が記されたのぼり旗が掲げられているので、


こちらはお稲荷さんである事は間違いない様です。









葵稲荷神社8
前置きがくなりましたが、ひとまずは神域内へお邪魔してみましょう。



それでは鳥居前で一礼してから、潜入~。 ~~(  ̄人 ̄)









葵稲荷神社9
おお、これまた朱塗りの連鳥居が印象的ですね~。



稲荷神社特有の、異世界へ通ずるかの様な参道がまた幻想的。









葵稲荷神社10
それにしても、なんば駅の高架下にこの様な空間があったとは、
初めて知りました。




ちなみにいつもなら、神社の由緒をみながら進んで行くんですが、
辺りに社務所も見当たらず、創建等については全く不明なので、


こうしてブツブツときながら進んでいるワケであります。 (^^;)









葵稲荷神社11
そうこうしている内に、御本殿らしきお社が見えてきました。


さっそくお参りさせて頂きましょう。 (^^;)









葵稲荷神社12
めまして、御本殿前の鳥居で一礼し、ずずいと前へ・・・。



お邪魔します~。 ~(  ̄人 ̄)









葵稲荷神社13

御祭神



・宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)





それではお賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。



手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)






神社の詳細については不明ですが、お稲荷様なので、

御祭神は「宇迦之御魂大神」で違いは無いかな~と。 (^^;)









葵稲荷神社14
それにしても、さすがに場所柄、かなお参りとはいきません。



大型複合施設・なんばパークス内に御鎮座されているので、
外は人通りが多く、

やかなのは致し方ありませんか。 (^^;)









葵稲荷神社15
それにこの日はちょうど、「星空スタンド」と題した、お酒
沿線ブランドを楽しむ

食イベントが行われていたんですね。


神域の外はこれまた大変なわい。 (^^;)









葵稲荷神社16
ちなみに先ほどから境内に流れ込んで来ていた、お肉を焼く
良い匂いと、

凄まじいの出所はコチラでしたか。 (^^;)






そんな事を言いつつもスキを狙って・・・、









葵稲荷神社17
御本殿を覗き込む様に撮ってしまいました。



もうしわけありません。 (^^;)









葵稲荷神社21
いつものお約束もほどほどにして、一応は神社の創建に
ついても調べておきたい所。 (^^;)



御鎮座地であるなんばパークスにお聞きすると、何か
分かるかもしれません。

ちょっとインフォメーションにお電話を掛けてみましょうか。




「あの、モシモシ・・・。」 ( ゚д゚)    ←(ホントに掛けるヒト)




いや、手持ちのスマホからお問い合わせしてみた所、
創建についてしい事は把握していないが、

祀られている神様は伏見稲荷大社から迎えられた
神社という事は確かだそうな。


おお、やはり伏見稲荷さんから分祀(ぶんし)されたお社でしたか。



有力な情報をありがとうございます~。 ( ̄人 ̄)





そんなワケで続けざまに・・・、









葵稲荷神社19
伏見稲荷大社にもお電話を掛けてみましょうか。 (^^;)


いや、稲荷社の総本宮である伏見稲荷大社にお聞きすると、
更に何か分かるかな~と思いまして。 (^^;)




「あの、モシモシ・・・。」 ( ゚д゚)    ←(その2)




お答えとしては、残念ながらこちらでは分祀に関する管理・把握は
全くされていないとの事。


でもこれはかに。 日本全国に分祀された稲荷社は無数に存在
するので、当然の事かも知れません。




あと、お電話の最後に頂いた情報なんですが、御祭神の分祀はなんと
個人でも可能との事。 (゚д゚)



つまり、おウチに本物の稲荷神社を創建出来るという事! (*゚д゚*)



いや、お迎えに掛かる初穂料や、その後の祭祀・運営に関する問題は
色々とありますが、

でもでも、その様な事が個人でも可能なんですね。



このタイミングで予想外に勉強になりました。 (^^;)









葵稲荷神社20
さて、南海なんば駅の高架にも掛かった御鎮座地でもあったので、

なんば駅にもお電話を掛けてみましょうか。 (^^;)




「あの、モシモシ・・・。」 ( ゚д゚)    ←(その3)




お答えによると、こちらでも詳しい事は把握していないが、さきほどの
なんばパークスの竣工と同じタイミングで創建されたとか。

なので、一度「なんばパークス」にお電話されてみては?との事。



う~ん、このタイミングで最初の「なんばパークス」にループ
するとは。 (^^;)









葵稲荷神社23
これ以上あちこちにお電話するのはご迷惑なので、本日は
もうこの位にしておいとましましょう。 (^^;)




鳥居前で一礼して、ありがとうございました~。 m(_ _)m








葵稲荷神社24
さてさて、そんなこんなで、大阪市・浪速区は葵稲荷神社
(あおいいなりじんじゃ)。


大阪ミナミのど真ん中にフト現れたお稲荷様で、辺りは賑やか
ながら良いお参りをさせて頂きました。 ( ̄人 ̄)



それにしても、このモダンな商業施設とは対照的な塗りの建造物に、
道行く人は何気に無関心なんですね。 (^^;)



ちなみに今回は、お電話を掛けただけで由緒等はしっかり調べられず、
どちらが管理されているか等も不明で、何かとが残って残念。 (;´д`)



また色々と調べて、何か分かれば追記したいと思います・・・。 (^^;)






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7/1(土)。 大阪府・茨木市は新屋坐天照御魂神社
(にいやにいますあまてるみたまじんじゃ)へ行って参りました。







新屋坐天照御魂神社1
本日はチョト御用がありましてこちら周辺まで来たんですが、

せっかくなのでまた1ヵ所位はっておこうかなと。 (^^;)



さて、この近くに神社がある様なんですが・・・、









新屋坐天照御魂神社2
辺りはこれまたのどかな田園風景。 (^^;)



茨木駅周辺はとても賑やかでしたが、少し離れるとこんなにも
自然豊かなんですね。









新屋坐天照御魂神社3
おや、すぐ近くに神社の社号標があったとは。



の前にありながら全然気付かなかった。 (^^;)



ちなみにこの先の山頂に御鎮座されている様ですが、それにしても
大変~い社名が印象的。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社4
先へと進み、中腹まで登ってフト振り向くと、この一帯は
囲まれたような地形になっているんですね。



向かい側の山では何か開発が進んでいるのでしょうか。


大きく山の地肌が見えているのが気になります。









新屋坐天照御魂神社5
そうこうしている内に、神域へ到着♪


それでは石の鳥居前で一礼し、潜入をば~。 ~(  ̄人 ̄)




ちなみに本日、神社に訪れた目的は、茅の輪(ちのわ)
くぐりなんですよね。 (^^;)



この時期、各神社では夏越祓(なごしのはらえ)といいまして、

6月の後半に、日々の罪・汚れをい清め、暑い夏を無事に過ごし、
残る半年の無病息災を祈願する神事が行われるんです。









四条畷神社6
昨年は、→社寺巡り 大阪府・四條畷市 「四條畷神社」(しじょう
なわてじんじゃ) 茅の輪くぐり 2016/07/18
に訪れたんですが、


最近では「茅の輪」が設置されているか下調べもせず、ふらり
出先の神社に訪れる傾向にあったり。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社6
いや、この時期、大体の神社であれば「茅の輪」は設置されて
いるだろうと、そんなタカをくくりながら


この急勾配な階段を上っていくワケであります。 (^^;)





それにしても梅雨真っ只中の関西地方、

今日の様な晴れの日でも、大変なし暑さですね~。 ~(;´д`)









新屋坐天照御魂神社7
そんな中、フト階段の脇に目をやると、灯籠周辺が鮮やかな緑に
むして、何気にし気。 (^^)




さて、階段もあと数段で境内に到着ですが・・・、









新屋坐天照御魂神社8
茅の輪、無い~。  (;´д`)ノ     ←(ご愁傷様です)




いやこの時期、大体どちらの神社も御本殿の前に茅の輪を
設置されているんですが、


階段を上り切った瞬間、こちらのお社にはいという事を
りました。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社9
まあ、数く巡っていると、こういう事もあります。

気持ちをれ替えて、境内の散策を。 (^^;)





当社は第十代崇神(すじん)天皇の御宇に創建され、物部氏
(もののべし)の祖である伊香色雄命により勅使された市内最古
の神社である。

以後、歴代朝廷の御崇敬深く、特に神功(じんぐう)皇后は
当社の御分霊を上河原と西河原に奉遷し、厚く新屋社を尊崇された。

(以下、由緒書きより抜粋。)






崇神天皇は、初代・神武天皇から数えて10代目の天皇で、実在
確かな最初の天皇と言われているんですね。

その御代に創建されたとは、つまり2100年以上の歴史! (゚д゚)









新屋坐天照御魂神社10
あまりの歴史深さにきつつも、まずは手水舎でお清めを。 (^^;)





第六十代醍醐天皇の延長五年(927)、延喜式内名神(みょうじん)
大社に列せられ、神位は正四位の下を授けられ、

島下群(しましもぐん)の総社に位置付けられたが、鎌倉時代
以後、社領の没収などにより社頭は衰微した。









新屋坐天照御魂神社11
しかし桃山時代になり、天正年間、茨木城主・中川清秀公は
厚く当社を崇敬し、九州竹田の城主になってからも、明治時代まで
事ある毎に寄進し、崇敬の誠を尽くされた。





中川 清秀(きよひで)公とは、戦国時代から安土桃山時代にかけての
武将で、何かと織田信長との関わりも深かったんですね。


正にこちらの神社近くのご出身で、崇敬厚い氏子さんだったとは、
何気に納得・・・。 ( ̄人 ̄)









新屋坐天照御魂神社25
その後、明治五年郷社に列せられ、終戦直後には一時衰微した
ものの、昭和二十九年・宗教法人法の神社として復興し、千数百戸
の氏神として現在に至る。





さて、それでは御本殿へお参りを・・・。   ~~(  ̄人 ̄)









新屋坐天照御魂神社12
う~ん、「夏越祓」(なごしのはらえ)の時期なので、御本殿前に
茅の輪(ちのわ)があるのを期待していましたが、


改めて残念な限り。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社13
おっと、御本殿はもう一つ奥のこちらでした。

先ほどの建物は拝殿。 (^^;)




御祭神



主祭神
・天照御魂大神(あまてるみたまのおおかみ)

亦の名
・天照国照彦天火明大神(あまてるくにてるひこあめの
 ほあかりのおおかみ)
・饒速日大神(にぎはやひのおおかみ)




相殿神
・天照皇御魂大神(あまてらすすめみたまのおおかみ)
・天饒石国饒石天津彦火瓊々杵大神(あまにぎしくににぎし
 あまつひこほのににぎのおおかみ)





それではお賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。


社名同様、神様方のお名前も、読み方が大変しいんですね。



少々混乱気味ながらも、心をめてお参りを・・・。 (; ̄人 ̄)









新屋坐天照御魂神社14
おや、こうして改めて一歩がって拝見すると、御本殿をぐるりと

城壁が取り囲む様な造りになっているんですね。



これは何気にしいかも。 (゚д゚)


いやホント、これまで巡って来た神社の中でも、あまりた事の
ない様式だったり。






そんな事を言いつつもスキを狙って・・・、









新屋坐天照御魂神社15
また殿内を撮ってしまいました。



もうしわけありません。 (^^;)



本日は珍しく、シンプルな流れからのお約束。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社16
さて、摂・末社へもお参りを。 (^^;)




御本殿右手へ「出雲社」、そして池に御鎮座される「石神」と

まずは順にって行きます。   ~~(  ̄人 ̄)









新屋坐天照御魂神社17
これまた鮮やかな色の連鳥居が印象的。


伏見大社の奥社から勧請された「丸山稲荷」が祀られて
いるそうな。 ( ̄人 ̄)




続けて「六社神社」、「道祖神」(さえのかみ)のお社と、
順にお参りを・・・。   









新屋坐天照御魂神社18
一方、御本殿の左方向には「須賀神社」、「天満宮」と、実に
十二社もの摂・末社が祀られているんですね。



加えて、「出雲大社」、「太神宮」、「住吉大社」、「神武天皇」、
「歴代天皇・今上天皇」の遙拝所も設けられており、


なかなかにお参りのし甲斐があります・・・。 ( ̄人 ̄ )~~









新屋坐天照御魂神社26
さて、だいぶ日もいて来たので、そろそろおいとましましょうか。



お目当てだった茅の輪が設置されてなかったので、せめて

社務所で御朱印を頂いてから。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社19
でも残念ながら無人の模様。


窓口に、留守にしている旨の貼り紙があったので・・・。 (;´д`)


う~ん、アテが外れる時ってくんですよね。 (^^;)




しかしながら案内文をよく見ると、御用の際の連絡先が記されて
あったので、


軽い気持ちでスマホからお電話してみると・・・、









新屋坐天照御魂神社27
わざわざで駆け付けて頂けるとは、恐縮すぎます。 (^^;)



いやホント、御朱印の為だけに来て頂いて、申し訳ない限り。









新屋坐天照御魂神社20
モノはついでにと、色々とおも。 (^^;)  ←(それもどうかと)



御祭神の天照御魂大神(あまてるみたまのおおかみ)について
お聞きした所、

一般的に知られている天照大神(あまてらすおおみかみ)とは
の神様だそうな。



いや、きが似ていながらも、何か違うな~と思ったもので。 (^^;)



「天照御魂大神」は、初代・神武天皇に政権を献上した出雲系統の
神様で、一方の「天照大神」は伊勢系統の神様であり、

互いに対峙する様な相関関係にあるとか。



なるほど、歴史的にはこちらの御祭神・「天照御魂大神」の方が
いワケですか。 ( ̄人 ̄)



いやホント、少しの疑問からでも、お聞きする事で色々と勉強
なります。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社14
気になった御本殿のりについてもご質問を。 (^^;)



かつて天正年間、この近くには福井城というお城があったそうな。


しかし大永七年(1527)、細川家の内紛であった大永の乱で
福井城の落城と共に、こちらのお社も灰燼に帰したとか・・・。


その後、崇敬高い氏子であった中川清秀公が社殿の再建に
着手するも、賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いにて戦死したので、


奥方であった性寿院(せいじゅいん)が清秀公の遺志を継いで、
一年後に社殿を再建まで導いたとか。



なるほど、改めてこうして城壁の様な造りを拝見すると、かつての
福井城をイメージして再建されたという事なんですね。 ( ̄人 ̄)









新屋坐天照御魂神社21
御本殿の屋根を見ると、鰹木(かつおぎ)の下に中川家の家紋である
中川柏(なかがわかしわ)が見られますよ。



清秀公が寄進された証として、こうして今でも掲げられているとは、

これまた往時がばれます・・・。









新屋坐天照御魂神社22
あと最後に、茅の輪についてもお聞きを。 (^^;)



こちらでは夏越祓(なごしのはらえ)に合わせて茅の輪は

設置せず、特に行事も行われないとの事。 (゚д゚)



でもその分旧暦に沿って、毎年8月16日の献灯祭(夏祭)に
合わせて茅の輪を設置して、厄払いが行われるそうな。



創建深いお社なので、歴史をんじておられるんですね~。


お聞きして妙に納得。 (^^;)









新屋坐天照御魂神社23
そうこうしている内に、こちらが頂けました御朱印


社名の「新屋坐天照御魂神社」と書いて頂けました。


ちなみに古代の茨木市の地名を新屋(にいや)と呼んだそうな。



その「新屋」に御鎮座され、「天照御魂大神」が祀られている神社、
という説明がそのまま社名になっているお話に、


またまた納得。 (^^;)     ←(今ごろ)



十六弁八重菊(じゅうろくべんやえぎく)の社紋もまた印象的。



充分に御礼を申し上げて、ありがとうございました~。 m(_ _)m









新屋坐天照御魂神社24
さてさて、そんなこんなで、大阪府・茨木市は新屋坐天照
御魂神社
(にいやにいますあまてるみたまじんじゃ)。


今年で創建から2106年という、大変長い歴史を刻むお社で、
とても静かな良いお参りをさせて頂きました。 (^^)



ふらりと訪れた神社ながら、宮司さんがわざわざお車で駆け付けて
頂いて御朱印を頂けて、

色々と貴重なお話も1時間近く頂けるしで大満足。 (^^;)



でも自然豊かで歴史深いこの周辺も、最近は開発が進んで
ずい分とが切り開かれているそうな。


その悪い波がこちらのお社にばない様、願う限りです・・・。




あと心残りと言えば、本来のお目当てである夏越祓(なごしの
はらえ)が出来なかった事ですかね~。


でもでも、それ以上に何か大きなパワーを頂けたような
気がして安心を覚えたり。 ( ̄人 ̄)




形式的な茅の輪(ちのわ)くぐりは、また後日めて、

どちらかの神社で・・・。 (^^;)






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7/3(日)。 大阪府・四條畷市は四條畷神社(しじょうなわて
じんじゃ)へ行って参りました。







四条畷神社1
本日はチョト御用がありましてこちら周辺まで来たんですが、

それにしても四條畷市とは、これまた滅多に訪れる機会のない
所ですね~。



よって毎度、駅の周辺地図から探して1ヵ所位はっておこうかなと。 (^^;)



というワケで、まずはJR・四条畷(しじょうなわて)駅をスタート。


おや、よく見ると、四條畷市のと違って、駅名はの表記に
なるんですね。


加えてこちらの駅、四條畷市ではなく、隣接する大東市に所在して
いるというから、実にやこしい。 (^^;)









四条畷神社2
そう言いつつも、駅から東方向へ、徒歩5分ほどで大きな石の鳥居
が見えてきました。


お社はもう少し先のようですが、けっこう手に御鎮座されている模様。



お天気も良いので、散策を兼ねて向かいましょう。 (^^)









四条畷神社3
けっこうなが続くんですね~。   ~~(;´д`)



神域に到着した頃には汗だくに。 (^^;)


梅雨もまだ明けていないのに、軽く30℃をえる気温と強い差し。



う~ん、社寺巡りには早くもしい季節になって参りました。 (^^;)









四条畷神社4
続いてこの階段!! (@_@;)


いや、徒歩15分ほどの駅チカな神社と思っていたら、こんなにしい
道のりだったとは。 (^^;)



駅の案内地図ではさすがに高低差までは読めません。 (^^;)









四条畷神社5
い~、渇いた~。  ~~(;´д`) ノ


境内に到着したころには、息もえ絶え。 (^^;)



こんなタイミングで日頃の動不足を痛感するとは。 (^^;)





そんな中、フトうしろを振り向くと・・・、









四条畷神社6
オッホー、茅の輪(ちのわ)、ある~。 w(*゚∇゚*)w



いや、本日神社に訪れた真の目的は、茅の輪くぐりだったんですよね。



この時期、各神社では夏越祓(なごしのはらえ)といいまして、

6月の後半に、日々の罪・汚れを祓い清め、暑い夏を無事に過ごし、
残る半年の無病息災を祈願する神事が行われるんです。



毎年のように当ブログでも、各地の神社に訪れて茅の輪をくぐり、
めて頂いているんですが・・・、


特に調べもせずふらりと訪れたものの、こうして茅の輪があって、

ひとまずはかった~。 (^^;)









四条畷神社7
おや、こちら絵馬殿下が休憩スペースになっているんですね。


一安心なので、持参した麦茶で水分補給を。 (^^)   ←(いきなり休憩)





当社は鎌倉末期、皇位の継承が、公卿・幕府の思惑が絡んでもつれた時、
不利を覚悟で一身を投げ打って飽くまで正統の天皇を守り、

楠正成(くすのきまさしげ)公:[大楠公・だいなんこう]の嫡男(ちゃくなん)
で、父にも劣らぬ忠孝両全、情厚く、智勇に優れた
正行(まさつら)公:[小楠公・しょうなんこう]を主神に、弟・正時(まさとき)
以下24柱を配祀する。

(以下、由緒書きより抜粋。)





なるほど、楠正成公の長男である正行公が祀られているんですね。



父の正成公は大楠公(だいなんこう)と尊称され、そして息子の正行は
小楠公(しょうなんこう)と、

しみを込めてそう呼ばれていたワケですか。









四条畷神社8
さて、い腰を上げて、こちら手水舎でお清めを。  (^^;)





延元元年(1336)、正成公、死を覚悟の兵庫・湊川出陣に当たり、御年
十一歳の正行公は桜井駅(現・三島郡島本町)にて訣別されたが、

「父の死後は足利氏の天下になるだろうが、どこまでも正統の天皇
をお守りせよ。それが父への孝行になるのだ。」と諭して出陣された。





この湊川の戦いで父の正成は戦死したんですね。

その後、足利尊氏から父のが送られて来たそうな。



あまりに惨いエピソードに、思わず合掌・・・。 ( ̄人 ̄;)









四条畷神社9
境内の一角には楠公の慰霊塔、そしてその後ろには、ひと際大きな
(くすのき)が祀られているのも印象的です。





成長した正行は次第に力を蓄え、足利方をかすようになり、正平三年
(1348)、足利尊氏は腹心の高師直(こうの もろなお)に八万の兵
を授けて向かわせ、

楠木軍と四條畷に対峙した。









四条畷神社10
牧岡の往生院(おうじょういん)に本陣を置いた正行公は先陣を打ち破り、
高師直に迫ったものの替玉に欺かれて取り逃し、

ついに多勢に無勢、後方との連絡も絶たれ、哀れ23歳を一期として
深野池(ふこのいけ)の東北、葦の繁れる所にて弟・正時公と刺し違えて
自決された。





なるほど、これが史実に残る「四條畷の戦い」で、まさにこの地が
決戦の舞台になったワケなんですね。









四条畷神社27
足利方が八万の大軍に対して、楠木方は僅か三千の兵だったとか。



それにしても、まじい矢の数。


幕末の浮世絵師・歌川国芳(うたがわくによし)もこうして決戦の絵を
残していますが、まさに戦場はこの様な状況だったのでしょう。



この飛来する矢の中でも、果敢に敵陣へとち向かう楠木軍の描写は
あまりにリアルで、


思わず身がえたり・・・。  ( ̄人 ̄;)









四条畷神社28
なんだか~い気持ちになりましたが、



を取り直して御本殿へお参りに向かいましょう。 (^^;)









四条畷神社11
おっと、その前に、こちらで茅の輪くぐりをしてから。 (^^;)


いや、本日神社に訪れたのは、これが所期の目的なので。 (^^;)




それにしても、この時期はさすがに参拝者が多いですね。


順序良く列にんで待ちましょう。 









四条畷神社12
そして待つ事しばし、ワタクシの番に。



案内看板によると、大祓式自体は6月30日に終了しているんですね。


でもでも、茅の輪をくぐること自体にお祓いの意味があるので、
謹んでくぐらせて頂きましょう。 ( ̄人 ̄)









上新田天神社30
それではしい作法に従いまして、唱え詞を奏上しながら。



え給え、め給え・・・、  ( ̄人 ̄ )~~


り給え、え給え・・・。   ~~(  ̄人 ̄)



ブツブツと呟きながら、へと、くぐって行きます。









四条畷神社13
やや目がりながらも、無事に祓い清められました・・・。 ( ̄人 ̄)



いやホント、このさもあるので、速いペースでくぐって回ると
頭がクラクラ来ます。 (^^;)



の輪の方も暑さのせいか、少々くたびれ気味だったり。 (^^;)


大祓式から少しにちが経っているので、致し方ありませんか。 (^^;)



でもでも、強い生命力の象徴である(ちがや)。



少々さがなくなっても、霊力は失われていません。









四条畷神社14
そう己納得しながらも、いよいよ御本殿前へ。 (^^;)



ちょうど人がなくなった頃合いなので、ゆっくりお参りできそうです。









四条畷神社15

御祭神



・楠木正行卿(くすのき まさつらきょう)
・楠木正時卿(くすのき まさとききょう)
・和田賢秀卿(にぎたけんしゅうきょう)

・殉節将士 二十四柱




それではお賽銭をすべり込ませ、は無いのでそのまま
二礼二拍手一礼。



手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)





こうしての通る社殿で静かにお参りしている内に、

やっと汗がいて来た。 (^^;)









四条畷神社16
おや、御本殿のすぐ左どなりには御妣神社(みおやじんじゃ)が
繋がるように御鎮座されているんですね。


主祭神である正行(まさつら)公の御母堂(ごぼどう)が祀られて
います。 ( ̄人 ̄)






まだ人が少ないので、このタイミングでスキを狙って・・・、









四条畷神社17
また御本殿を撮ってしまいました。  (^^;)



しかも御本殿と御妣神社をわせて。 (^^;)   ←(コラコラ)





そんなお約束を入れつつも、境内を拝見して行きましょう。 (^^;)









四条畷神社18
境内の一角には、忠孝両全(ちゅうこうりょうぜん)と銘が刻まれた
石像が祀られています。



これは沿革にもあったように、

父の楠正成公が湊川出陣前、十一歳の正行公に対して諭している場面で、
それがこうして桜井の別れとして表現されているんですね。



ちなみに「忠孝両全」とは、君主への忠義と両親への孝行のどちらも
たす事、という意味だそうな。 ( ̄人 ̄)









四条畷神社19
フト境内の外を見ると、おお、けっこうの上まで上って来ていたんですね。


四條畷の市街が一望できます。 (^^)



大型商業施設のイオンモールも見られ、活気の溢れる街なんですね~。




かつては「四條畷の戦い」で決戦の舞台になったこの地。


でも当時の面影は全く感じられず、代りにただ長いの流れを感じたりで・・・、








四条畷神社21
歴史回想もほどほどに、末社にもお参りを。 (^^;)



右手から、「源有招魂社」、「楠天神社」と順に巡って行きます。









四条畷神社22
さて、そろそろおいとましましょう。



更に気温ががって、どえらい暑さです。 (;´д`)









四条畷神社23
暑い中でも、こちら社務所で御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)




ちなみに何となく、夏越の祓の期間中なのでお忙しい様子。



さすがに色々とお話をお聞きするのはご遠慮しておきましょう。 (^^;)









四条畷神社24
フト受付を見上げると、なにわ七幸めぐりなる巡礼もあるんですね~。


なるほど、こちら四條畷神社はの幸札所になっている模様。





ちなみに過去にワタクシが巡ったお社を検索してみると・・・、



一の幸→社寺巡り 「大阪天満宮」(おおさかてんまんぐう) 「初天神梅花祭」 
  2010/01/28


二の幸→社寺巡り 大阪府・平野区 「大念佛寺」(だいねんぶつじ) 
  2012/09/20


五の幸→社寺めぐり 大阪 「お初天神」・「太融寺」 2009/02/22



長い年月を掛けてらず内に、該当するお社を3ヵ所も巡っていたとは。 (゚д゚)



もっとく知っていれば色紙を持って巡っていたのに、残念。 (^^;)









四条畷神社25
そうこうしている内に、こちらが頂けました御朱印。  (^^;)



社名の「四條畷神社」と書いて頂けました。




充分に御礼を申し上げて、ありがとうございました~。 m(_ _)m









四条畷神社26
さてさて、そんなこんなで、大阪府・四條畷市は「四條畷神社」
(しじょうなわてじんじゃ)。


山裾の高台に御鎮座される神社で、良いお参りをさせて頂きました。 ( ̄人 ̄)



ふらりと訪れたお社でしたが、父の意志を受け継いで足利軍と戦った
正行(まさつら)公のエピソードは、強く印象に残ったり・・・。




あと、茅の輪くぐりでは半年の穢れを清めて頂けて、一安心。 (^^;)


ちなみにリアルタイムでは、やっと近畿地方も梅雨がけたそうな。


ひとまずはこれからの暑いを越して、残る半年も無病息災で過ごせる様、
気を付けたいと思います。 (^^)






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4/18(月)。 大阪府・豊中市は原田神社(はらだじんじゃ)へ
行って参りました。



色々と更新したい記事がありながらも、まずは溜まった分から順番
更新をば。 (^^;)







原田神社1
そう言いつつも、この日はチョト御用がありまして、阪急・岡町(おかまち)
駅周辺に来たんですが、

これまた滅多にれる機会のない所ですね~。



そんなワケで毎度、1ヵ所位はっておこうかなと。 (^^;)









原田神社2
駅の周辺案内地図で探すと、近くに神社があるようなので
お伺いする事に。


こちら岡町商店街のアーケードを通っていくと近い模様。



散策を兼ねて、通り抜けさせて頂きましょう。 (^^;)









原田神社3
おお、こうして拝見すると、とても行きがあってくのお店が
軒を連ねる商店街なんですね。


昭和の雰囲気が残っていて、どこかかしさも感じたり。 (^^;)



そんな独り言を言いながら進んでいくと・・・、









原田神社4
なんと、アーケードの中に突然、きな石鳥居が。 (@_@;)


これはなるほど、こちらの商店街、今向かっている原田神社の
参道として古くから栄えた場所だからなんですね。



それにしても、アーケードの中に突然神社が現れるとは、き。 (^^;)









原田神社5
めまして、大きな石の鳥居を前に1枚、パチリ♪



何はともあれ、気持ちを整えましてから、潜入~。  ~(  ̄人 ̄)









原田神社6
緑豊かな木々の下を進んで行きます。





原田神社の創建については詳らかではないが、社記によれば古くは祇園
神祠(ぎおんしんし)と称した。

白鳳十二年(684)に天武天皇が勅祭をもって神宝・神鏡並びに獅子頭を
納められた事、また同じ御代に悪疫が流行した際、「妖邪退除」(病を起こす
邪気を祓いのける)の詔勅を下されて、当社に祈願された事が記されている。

(以下、由緒書きより抜粋。)









原田神社7
続いてこちら手水舎でお清めを。





以来、皇族・武家の崇敬が厚く、時代が下るに連れて社頭も壮大を極め、
最盛期には東は吹田市榎坂(えさか)から、西は尼崎市富松までの72ヶ村
に渡り、産土神(氏神)として氏子の尊崇を集め、西牧大社と称した。





これほど多くの村々の氏神だったとは、当時は相当な規模のお社だった
事がでしょう。 ( ̄人 ̄)









原田神社8
それにしても、本日はあいにくのお天気なんですよね~。

でもたまにはこうしての中、しっとりとお参りするのも趣があります。 (^^)





降って足利時代には、足利義澄・義晴・義輝の三公が深く信仰
して神領地を寄進し、当時の社頭は壮大善美を極めたが、

天正六年(1578)に荒木摂津守(せっつのかみ)村重の兵火にあって全焼
した。 現在の社殿は慶安五年(1652)になって再建された。









原田神社9
賑やかな商店街と隣接しているとは思えないほど、神域はか。

落ち着いてゆっくりと境内を散策できます。 (^^;)





貞享五年(1688)八月には吉田大納言から原田大明神の社号を贈られ、また
有栖川宮(ありすがわのみや)代々の御尊敬を受け、

慶応三年(1867)には宮家の御祈祷所となり、以来明治二年まで毎年
正月八日に宮家に上がって殿内安泰の御祈祷を行う事を恒例としていた。





天武天皇に始まり、足利氏や有栖川宮など、武家・宮家からの崇敬
厚かったとは何気にスゴイ。

思いのほかく残っているこの境内が、往時の隆盛を物語っている様に
感じてなりません。









原田神社10
さて、いよいよ御本殿へ。


ちなみに御本殿は国指定・重要文化財なんですね。


建築様式を含めて、あとでじっくりと拝見しましょう。 (^^)









原田神社11

御祭神



・素盞嗚命(すさのおのみこと)
・天照大神(あまてらすおおみかみ)
・月読命(つきよみのみこと)
・高龗大神(たかおかみのおおかみ)
・櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)
・天児屋根命(あめのこやねのみこと)
・住吉大神(すみよしおおかみ)
・仁徳天皇(にんとくてんのう)
・菅原道真公(すがわらのみちざねこう)




それではお賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。



手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)




古代は祇園社と称した事が創始でした。

主祭神に「素盞嗚命」が祀られている事に、今さら納得。 (^^;)









原田神社12
それにしても、こちらのお賽銭箱、ずい分とに配置されて
いるな~と思っていたら、なるほど、

真ん中の昇殿口を避ける為にずらして置かれているんですね。



いや、こういう所が妙にになったりするので。 (^^;)   ←(細かいヒト)






そんな事を言いつつもスキを狙って・・・、









原田神社13
また御本殿を撮ってしまいました。  (^^;)



でも、扉が閉まっているので、うまく撮れずに残念。 (^^;)



その上、鳥よけでしょうか、ネットまで張られていて


なかなかにガードが固い。 (^^;)   ←(また)









原田神社15
国指定・重要文化財の御本殿なので、ガードが固いのは当然かも
知れません。


その分、右手に回り込んで、肉眼で社殿の拝見を。 (^^;)




沿革にもあった様に、焼失後は慶安五年(1652)の再建になるんですね。

棟札(むなふだ)に墨書きが残っており、記録は明らかだそうな。



屋根は正面に千鳥破風(ちどりはふ)、軒唐破風(のきからはふ)
が奢られ、全体が檜皮葺(ひわだぶき)とこれまた豪華な造り。









原田神社14
垣の隙間から更に中の様子を、パチリ♪ (^^;)



境内の案内書きによると、材料・工法共に上質な江戸時代前期の建築で、
全国的にも類例の少ない五間社流造(ごけんしゃながれづくり)の
形式だそうな。


虹梁(こうりょう)の配置や身舎(もや)とのつなぎ方もしいんだとか。


妻飾(つまかざり)等に配置された邪鬼など、細部の形式意匠にも
特色があるようですが・・・、

う~ん、その邪鬼がどこにいるのか肉眼で発見できず、残念。 (^^;)









原田神社16
御本殿の側面から顔を突っ込んでゴソゴソするのは、余りにしいので、

この辺で切り上げて摂・末社にお参りしましょう。 (^^;)




御本殿左手に四社が御鎮座されています。


「八幡大神」・「春日大神」・「天満大神」・「熊野大神」が祀られているので、
順にお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









原田神社17
御旅社も巡ったあとは、御本殿右手の稲荷社へ。



鮮やかなの連鳥居が印象的ながら、異界へ通ずる様な感覚もあり、


い込まれ感もまたハンパではない・・・。 ~( ; ̄人 ̄)









原田神社18
神明社も巡ったあとは、最後に摂社十二神社本殿へ。 (^^;)



こちらは豊中市の有形文化財に指定されているんですね。


三間社流造(さんげんしゃながれづくり)ながら、基本的な構成は
本社の御本殿と同様。

建立年代は明らかではないものの、細部の手法から桃山時代の
ものと推測されるそうな。



ちなみに沿革にもあった天正六年の兵火、この時社殿は全焼したにも関わら
ず、天武天皇がお納めした神鏡・獅子頭は奇跡的に無事だったとか。

それら神宝が一時、こちらのお社にわせてお祀りされていたんですね。



こうして現存するお社を目の前に、めて由緒の深さを感じたり・・・。 









原田神社19
フト御本殿の方を見ると、年代を問わずくの参拝者が訪れているのが
見受けられます。


現在はこうして地域の方々からの崇敬が厚いんですね・・・。 ( ̄人 ̄)






さて、このタイミングでまた足が強くなってきました。


ずいぶん長居もしましたし、そろそろおいとましましょう。









原田神社20
こちら社務所で、御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)


いや、先ほどから人影はえていたので、ひとまず無人でない事に
一安心。 (^^;)



御朱印を頂くついでに、毎度お話のお伺いも、しだけ。 (^^;)



重要文化財の御本殿について、色々とお聞きしていたところ・・・、









原田神社21
なんと、神職の方から直々にご説明頂けるんですねッ! (@_@;)


いやホント、このの中、わざわざを差してまで御本殿回りの
ご説明を頂けるとは、恐縮です。 (^^;)



さすがに昇殿する事は不可能ですが、でもでも気になっていた邪鬼
の位置や、その他社殿の造りについて、


はたまた神社の沿革まで詳しくご説明頂けるとは、り難い限り。 (^^;)









原田神社22
原田神社の社名についてもお聞きしたところ、近くの「原田元町」と
いう地名が由来になっているとか。


現在の名称になったのは、江戸時代に入ってからなんですね。


はっきりとした由来は不明ながらも、当時の原田村の力が非常に
強く、地域に与える影響力も大きかった為、

いつしか原田神社と称される様になった、と伝わるそうな。



なるほど、この様なエピソードはやはり、のお声でしか頂く事は
出来ません。 (^^;)









原田神社23
ちなみに、こちらが頂けました御朱印。  (^^;)


社紋は五瓜に唐花(ごかに からはな)なんですね。


達筆な書で頂けて、これまた何気にご満悦。 (^^;)



最後は充分に御礼を、ありがとうございました~。 m(_ _)m









原田神社24
さてさて、そんなこんなで、大阪府・豊中市は原田神社
(はらだじんじゃ)。


ふらりと訪れましたが、皇族を始め、武家・宮家の崇敬厚く、
歴史深いお社で、良い参りをさせて頂きました。 ( ̄人 ̄)


現在は駅チカで、商店街と隣接して現存するお社も、
人々から厚く崇敬されている事には今も昔もわりないんですね。



それにしてもホント、規模を問わず、社寺それぞれにい歴史が
あるんですね~。


社寺の歴史は、日本の歴史。



また知らぬ土地に訪れた際は、どこかふらりとお参りして、
色々と紐解いてみたいと思います。 (^^;)






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1/10(日)。 大阪府・吹田市(すいたし)は泉殿宮(いづどのぐう)へ
行って参りました。




さて、本日のお目当ては十日戎(とおかえびす)。  (゚д゚)




と言いますのも、昨年のこの時期、→2015年 阪急梅田駅・十日戎
キャンペーン 2015/01/09
で、

阪急沿線10社の「えべっさん」 を紹介するイベントに初めて
参加 したんですよね。








2016年:阪急梅田駅・ビッグマン前広場
泉殿宮1

今年も都合がついて、さらっと参加する事に。 (^^;)



無料吉兆引換証」の付いた福笹を頂けたので、せっかくですから
一社くらいは福を授かりに、お参りに行きたいな~と。 (^^;)









泉殿宮2
そんなワケで本日は、阪急・吹田駅(すいたえき)を下車。


地下道を通って東側の出口を上がると、すぐ目の前には石の玉垣(たまがき)
が見えてきて、これまた駅チカ神社。




ちなみに昨年は、→社寺巡り 大阪府・吹田市 「高浜神社」(たかはま
じんじゃ)・十日戎 2015/01/24
に訪れていました。


今年もまた計10社の中でも、普段滅多に訪れる機会のない神社をと、
こちらにお伺いした次第なんです。 (^^;)









泉殿宮4
改めまして、大きなの鳥居を前に1枚、パチリ♪


泉殿宮(いづどのぐう)と大きな看板もあって、初めて訪れても迷う心配なし。



それでは、気持ちを整えましてから、潜入~。 ( ̄人 ̄)









泉殿宮5
でもどうやらこちらは、御本殿の裏手だった模様。 あらら。 (^^;)





当宮往古は、次田(すきた)ノ社と称え奉り、河内の次田連(すきたむらじ)
の祖神・天香山命を氏神として、五穀の神・宇迦之御魂大神(うがのみたまの
おおかみ)を祀る。

(以下、由緒書きより抜粋。)





この辺りの地名である「すいた」は、次田(すきた)がじたものなんですね。

この地名、文献としては奈良時代の「行基年譜」に、「鴨下郡次田(すきた)里」
等の記述が既にあったそうな。









泉殿宮7
改めまして、御本殿の前側へ。 (^^;)


十日戎とあって、境内は多くの人でわっています。




第56代清和天皇・貞観11年(869)、当地久しく干ばつ、草木は色を変じ、
大河の流れも通わず、天下疫病流行し、諸民悉(ことごと)く枯渇に苦しむ。

播磨(姫路)の広峯神社より、王城鎮護の守り神として、祇園八坂神社
御祭神として迎えられる「建速須佐之男大神」(たけはや すさのおのおおかみ)
の御神輿が、しばらく当宮にお立ち寄りになられた。









泉殿宮8
続いてこちら手水舎でお清めを。


水はらかで、水量も豊富。

気温は低いながらも、たくてすがすがしい。 (^^)




大神に祝詞(のりと)を奏上し、獅子頭を激しく振り、歎きを告げ、篤く雨を祈ると、
忽然と清泉土中より湧漲(ゆうちょう)した。立ち処に里人渇(かつ)を免がれ、
田畑隈なく潅水した。よって、建速須佐之男大神を勧請し相殿として斎き祀る。





なるほど、日照り続きでお祈りをした所、こちらのお社にが湧き出したんですね。

その故事が社名の由来にもなっているとは、奥ゆかしい。 ( ̄人 ̄)









泉殿宮6
その泉は境内の一角に、こうして泉殿霊泉として祀られていますが、
地中奥深くに水脈が移って、現在はもう湧き出ていないんですね・・・。





明治22年(1889)、「泉殿霊泉」をドイツのミュンヘンに送り、これビール醸造
に適水との保証を得、当宮隣接地に同水系の湧水を以って、東洋初のビール
醸造工場(現・アサヒビール吹田工場)建設の逸話がある。









泉殿宮31
これまた確かに、お社の北隣には今もこうして大きなアサヒビールの
工場があります。


千里丘陵の地下を伝わって流れ出す豊富な湧き水が、ビール醸造にした
良水だったんですね。



また吹田が交通の要衝にあり、1876年8月に大阪-京都間の鉄道開業と共に
吹田停車場が開設され、製品や原料・資材の運搬に適していると判断されたそうな。



この様に、ビール生産・販売にとって不可欠な条件を備えていたことが、
ここ吹田の地で創業を開始したワケですか。




泉殿宮は、まさにアサヒビール発祥の地! (゚д゚)









泉殿宮9
境内へって、御本殿の前へ。 (^^;)


まだお参りもしていないのに、そのままフラフラと何処かへ行って
しまいそうになるし。 (^^;)










泉殿宮10
改めまして、御本殿でお参りを。 (^^;)



御祭神



・建速須佐之男大神(たけはやすさのおのおおかみ)
・宇迦之御魂大神(うがのみたまのおおかみ)
・春日大神
   天児屋命(あめのこやねのみこと)
・住吉大神
   底筒男之命(そこつつのおのみこと)
   中筒男之命(なかつつのおのみこと)
   上筒男之命(うわつつのおのみこと)
・天香山命(あめのかぐやまのみこと)





それではお賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。



手順正しく、心をめてお参りをさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)









泉殿宮11
後ろの方が何だか騒がしいな~と思っていると、巫女さんが何か
られていますよ。 (゚д゚)



富くじ券なるものだそうですが、とりあえずワタクシも拝領を。 (^^;)



いや、なんだか良く判りませんが、頂けるものはひとまずいて
おこうかなと。 (^^;)






そんな事を言いつつもスキを狙って・・・、









泉殿宮12
また御本殿を撮ってしまいました。  (^^;)



本年最初の、もうしわけありません。 (^^;)





おや、殿内を拝見すると、お米の袋が沢山積まれていますよ。


先ほどの富くじ券の説明書を見ると、福米の当たる抽選券だったんですね。



なるほど、当選すると、奉納されているお米をお授け頂けるワケですか。


今やっと概要理解しました。 (^^;)









泉殿宮13
そんな事を言っていると、こちら戎社で何やら神事が始まるようです。



摂・末社のお参りは後にして、ササッと参列。 (^^;)









泉殿宮14
続いて巫女さんが神楽の舞を奉納されますが・・・、


ピントを外しまくり。 (^^;)



構図も定まらず、門松や提灯をどうフレームに入れようか迷っている内に
舞は終了



う~ん、同じ人物撮影である舞妓さん撮影のノウハウを全く活かせず、
残念。 (^^;)




いや、このタイミングでそんな事はどうでもいいんですが。 (^^;)









泉殿宮15
おや、お次は宮司さんが龍笛を吹きながら先導し、移動するんですね。



弓矢を手にした射手方も続いて、何が始まるんでしょうか。 (゚д゚ )=( ゚д゚)









泉殿宮16
場内のアナウンスによると、新春奉納初射神事(はつしゃしんじ)と
言い、を放って一年の邪気を払う神事だそうな。


なるほど、先に見える、数字が記された回転式のを狙うワケですか。



ここで抜かれた番号が、富くじ抽選の当選番号になるとの事で、


つまりこれは、初射神事、富くじ抽選会なんですね。 (゚д゚)




いや、今やっと行事の全貌理解しました。 (^^;)









泉殿宮17
まずは、弓道四段の腕前を誇る、宮司(ぐうじ)さんから。


次々と華麗に数字を射抜いて行かれます。




矢が空気をり裂いて進む音もまたスゴイ。









泉殿宮18
立ち位置を変えて、1枚パチリ♪


大学は弓道部の学生さん方も御奉仕に参加されているんですね。



決して的をさず、これまた腕前は確か。




ちなみに矢が飛んでいく瞬間をとらえた1枚ですが、巫女さんの金烏帽子に
さったような絵になって、チョトびっくり。 (^^;)









泉殿宮19
そんな事を言いつつも、神事は終盤へ。 (^^;)



それにしてもこの様に、伝統的な装束で弓を射る神事とは滅多に拝見
出来るものではありません。



ズドンッと、的に矢が刺さる音も境内に響いて、その度にホント、

邪気が祓われたな~という気持ちになるワケであります・・・。 ( ̄人 ̄)









泉殿宮20
さて、全ての数字が出揃った後は合格発表。 (^^)   ←(違います)


もとい、当選発表。 (^^;)



さっそくワタクシも、手にする富くじ券の番号を確認しましたが、さらっ
ハズレで残念。 (^^;)



いや、10kgの福米が当たったら、どうやってって帰ろうか心配しましたが、

完全に無用な心配でした。 (^^;)





そんな事を言いながら、フト周りを見ると・・・、









泉殿宮21
富くじ券を何枚も手にする人が、けっこう居ますよ。 (@_@;)



1人に付き1枚という制限があったかと思いましたが、それにしてもこの様な

裏口入学的な方法があったとは。 (^^;)    ←(表現)



もとい、裏技。 (^^;)









泉殿宮22
さて、初射神事兼・富くじ抽選会が終了すると、境内の人出はさすがに
なくなって来ました。


このタイミングで、後回しにしていた摂・末社にお参りしましょう。



出雲ゆかりの神様が祀られる末社、そして伊勢神宮・外宮は豊受大神
(とようけのおおかみ)が祀られる稲荷社と、

順にって行きます・・・。 ( ̄人 ̄)









泉殿宮23
お参りの後は、いよいよ本日のメインイベント、吉兆の授与! (゚д゚)



阪急梅田駅・十日戎キャンペーンで頂いた福笹を取り出し、引換所へ 、

いざいざ~。   ~~( *゚д゚)ノ笹




ちなみに吉兆(きっちょう)とは神社用語で、福笹に付ける縁起物
の事。


商売繁盛を願って、「大福帳」や「小判」、「鯛」、「扇」などの細工物を
生命力満ち溢れる笹に結び付け、福笹と呼ぶんですね。



商いには「商売繁盛」を、そして一般家庭には「家内安全」を祈願して
買い求められるワケなんです。









画像 : 読売ONLINE 2015/11/5の記事より・東京・浅草の鷲神社。
泉殿宮32

この時期おなじみのえべっさんも、実はほぼ関西限定の祭礼とか。



この様に、自分ではずっと全国区と思い込んでいた行事って、

結構あるんですよね。 (^^;)     ←(あるある)




ちなみに関東では、十日戎に相当する祭礼が酉の市だとか。









泉殿宮24
またそうこう言っていると、目の前でび付けて頂けた吉兆がコチラ。


これまた縁起の良い、真っ赤な



泉殿鯛(いづどのたい)と言うそうな。 (*゚д゚*)




新春からおめでタイ吉兆を、ありがとうございます~。 (* ̄人 ̄*)









泉殿宮25
そして最後に、吉兆を付けて頂いた福笹をりしめ、えべっさんの
祀られるお社へお参りを。



西宮戎神社は、蛭子(えびす)大神ご勧請(かんじょう)の、吹田戎神社
なんですね。









泉殿宮26
オオー、こちらのお宮、だんじりの様な趣。 w(*゚0゚*)w



それもそのはず、蛭子大神を勧請後、昭和35年に現在地に遷座し、宮元
(西の庄町)に伝わる地車(天保年間建造)の寄進を受け社殿とされたとか。



以来、地車戎(だんじりえびす)として親しまれ、崇敬を集めているそうな。









泉殿宮27
間近で拝見すると、龍や獅子の彫物がスゴイ。



だんじりがそのままお社として祀られているのはしい印象を受けますが、


でもでも、だんじり・山車(だし)・御神輿(おみこし)にしても、何れも神様の
依代(よりしろ)。



そんな細かい分類も、神様はにされないのかも知れません・・・。 ( ̄人 ̄)






さて、またずいぶん長居したので、そろそろおいとましましょうか。









泉殿宮28
こちら社務所で、御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)



ちなみに十日戎は神社の1年の内でも、特におしい時期なので、




さすがに色々とお話をお聞きするのはやめておきましょう。 (^^;)









泉殿宮29
そうこうしている内に、こちらが頂けました御朱印


神社とゆかり深い、「史蹟泉殿霊泉」と添え書きを頂けました。



朱の印は、「摂州・泉殿宮・吹田」と押されているんですね。




ありがとうございました~。 m(_ _)m









泉殿宮30 
さてさて、そんなこんなで、大阪府・吹田市(すいたし)は「泉殿宮」
(いづどのぐう)。

昨年に続いて、歴史深い吹田の地でいお参りをさせて頂きました。 (^^)


新春奉納初射神事・抽選会は、残念ながらハズレでしたが、でもでも
邪気が祓われた気がして、良かった。 (^^;)


阪急戎のキャンペーンも、おめでタイ吉兆を頂けて、大満足。



でもホント、無料のキャンペーンながら、満足度はし。



来年も都合が付けば、是非参加したいと思います。 (^^;)






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