先月2/26(日)、 奈良県・奈良市は氷室神社(ひむろじんじゃ)
へ行って参りました。







氷室神社1
そんなワケでこの日、まずは近鉄・奈良駅からスタート。



ちなみに奈良県の社寺巡りは、昨年更新しました

社寺巡り 奈良県・奈良市 「漢國神社」(かんごうじんじゃ) 
2016/03/12
での記事以来、


実に1年ぶりの事なんですね。




いや、この時期に奈良へ訪れているという時点で、

すでに何かのネタバレ感が漂っていたり・・・。 (^^;)









氷室神社2
そんな事を言いつつも、近鉄・奈良駅から東へ徒歩約15分

目指す神社に近づいて来ました。



以前から、奈良では一度れたいお社だったんですが、

こちら、奈良国立博物館のほど近くに御鎮座されていたとは
知らず。 (^^;)



国宝や重要文化財が非常にく所蔵されている博物館なので、

こちらも一度ゆっくりと訪れたい所なんですが・・・、









氷室神社3
鹿さん!! w(*゚∇゚*)w     ←(鹿に反応するヒト)



奈良の鹿は春日大社の御神使(ごしんし:お使い)なんですね。


国の天然記念物にも指定されている野生動物ながら、こうして
奈良国立博物館周辺にも悠々と寛いでおられるとは、


これぞまさに奈良ならではの光景かと。 (^^;)









氷室神社4
鹿さん!! w(*゚∇゚*)w     ←(2回目)



いや、間近で見ると、改めてテンションががったりで。 (^^;)



でもホント、野生の鹿と人間が共存しているこの様な光景は、

世界的に見ても大変しいそうな。









氷室神社5
鹿さん!! w(*゚∇゚*)w     ←(クドイ)



鹿への反応もほどほどに。 (^^;)




それにしても、おや、道路を挟んだ向かい側に、朱塗りの

鳥居が見えていますよ。



目指す神社はちょうどの前だったんですね。 (^^;)









氷室神社6
改めまして、鳥居を前に1枚、パチリ♪


1年ぶりの奈良という事もあって、少々わつき気味。 (^^;)



そんな気持ちを整えまして、鳥居前で一礼し、いざ神域へ

潜入~。  ~(  ̄人 ̄)









氷室神社7
まだ肌寒いながら、境内の梅は花がほころび始めていますよ。

そんな白梅に、一足早いを感じながら参道を進んで行きます。





元明天皇の御世、和銅三年(710)七月二十二日、勅命に
より平城新都の左京、春日の御蓋(みかさ)の御料山(春日山)
に鎮祀され、盛んに貯水を起こし、冷の応用を教えられた。

これが平城七朝の氷室で、世に平城氷室とも御蓋氷室とも、
春日の氷室とも言われ、春分の日には氷室開きと献氷の
祭祀が営まれ、毎年四月一日より九月三十日まで
平城京に氷を献上せられた。

(以下、由緒書きより抜粋。)









氷室神社8
続いてこちら手水舎でお清めを。

傍らには釣瓶井戸があって、これまた珍しい。





奈良朝七代七十余年間は継続せられたが、平安遷都後は
この制度も廃止せられ、遂に百五十年を経て、清和天皇
の御世、貞観二年二月一日、現在の地に奉遷せられ、
左右二神を増して三座とせられた。









氷室神社9
こちら四脚門前は枝垂桜の木でしょうか。

さすがにこの時期はつぼみすら見られず。 (^^;)


でもでも、県指定文化財の門と相まって、満開の折りは
さぞ壮観な事でしょう。





以来、現在の春日大社の別宮に属し、式年に営繕費、年中の
祭礼等は、興福寺・春日社の朱印高二万石の内と社頭所禄
三方楽所料(さんぽうがくしょりょう)二千石の一部によって行われた。









氷室神社10
明治維新後はこの制度もせられ、専ら氏子と冷凍氷業界の
奉賛によって維持せられて今日に及んでいる。

また、本殿東側には末社として、南都舞楽の楽祖なる狛光高
(こまのみつたか)公を祀った舞光社(むこうしゃ)がある。




なるほど、創建から1300年と大変歴史く、そして全国的にも
珍しいの神様が祀られた神社だったんですね。









氷室神社11
それではいよいよお参りへ。   ~~(  ̄人 ̄)



渡廊の先には、舞殿を兼ねた拝殿が。

そしてその奥には、目指す御本殿が見えます。









氷室神社12

御祭神



・闘鶏稲置大山主命(つげのいなぎおおやまぬしのみこと)

・大鷦鷯命(おおささぎのみこと・仁徳天皇)

・額田大仲彦命(ぬかたのおおなかつひこのみこと・仁徳天皇の弟)




それではお賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。



手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)





それにしても、にゆかり深い神様が祀られているとは
本当に珍しい。


お名前もあまりいた事が無かったりして。 (^^;)   ←(コラ)









氷室神社13
おや、御本殿前には氷柱が奉納されていますよ。 (゚д゚)


氷に因んだお社とあって、これまた珍しい奉納品。


暑い盛りには、見た目にもやかでしょうね~。



でも今の時季にはまだ、見た目に寒げかも。 (^^;)









氷室神社14
おや、こちらには氷みくじなるものが。 (゚д゚)


社務所で授与される特製のおみくじをこの氷に貼り付けると、
文字が浮かび上がるとか。



氷に因んだお社だけに、これまたしい。 (^^;)





そんな事を言いつつもスキを狙って・・・、









氷室神社15
また殿内を撮ってしまいました。



もうしわけありません。 (^^;)



氷に因んだ品々にめながらの、いつものお約束。 (^^;)









氷室神社16
さて、末社へもお参りを。 (^^;)




舞光社(むこうしゃ)


御祭神

・狛光高宿祢(こまのみつたかのすくね)



平安時代中期の雅楽家・狛光高公の御霊が祀られて
いるんですね。


雅楽・舞楽の達人で、楽人方の氏神とされ、現在は
学芸成就の神様として崇敬が厚いそうな・・・。 ( ̄人 ̄)



ちなみに氷室神社の宝物である蘭凌王舞楽面
(らんりょうおうぶがくめん・重文)は、こちらのお社に納め
られていたとか。






さて、さほど長居はしていませんが、そろそろおいとま
しましょうか。


いや、本日はなにぶんを急いでおりますので。 (^^;)









氷室神社17
急いでいても、社務所で御朱印は頂いてから。 (^^;)



おや、窓口をよく見ると、その御朱印に関して何やら御案内
が記されていますよ。









氷室神社18
「御朱印のご案内 600円」


内容を拝見しますと、こちらでは御朱印に、御神札(ごしんさつ)
じ神璽(しんじ)を捺印されており、

御朱印を御神札と同格の御神符(ごしんぷ)として取り
扱われているそうな。


なのでその御札と同様に、書いて頂いたあと御朱印にも、
火打石でお祓い頂けるとか。 (*゚д゚*)



おお~、御朱印をそのようにお清め頂けるとは、
何気にめての事。



非是非、お願い致します~。   ~~( * ̄人 ̄*)









氷室神社19
書いて頂いている間に、しだけお話も。 (^^;)



あまり馴染みのない御祭神・闘鶏稲置大山主命
(つげのいなぎおおやまぬしのみこと)についてお聞きした所、

奈良の東山一帯はの神様だとか。



遥か奈良時代、大山主命はその麓に、冬の氷を夏まで貯蔵
しておける氷室を構えておられたんですね。



そこに、奈良へ視察に来られていた

大鷦鷯命(おおささぎのみこと・仁徳天皇)と
額田大仲彦命(ぬかたのおおなかつひこのみこと・弟)

の御兄弟がその氷室に出会われたそうな。



大山主命は御兄弟に、氷室について説明し、氷を貯蔵する
技術と氷の活用方法を伝承された、という故事が

神社の創始となるワケですか。









氷室神社20
奈良時代には氷室の制度がんだったので、平城京の
時代には東の御蓋山(みかさやま)の麓に祀られ、

その後、平安時代の初めに現在の地にり、今に至る
そうな・・・。 ( ̄人 ̄)




ちなみにここで、それぞれの神様の功績を整理してみると・・・、



・闘鶏稲置大山主命・・・氷室と貯氷の方法を伝承された神様。

・大鷦鷯命・・・朝廷で氷を貯蔵する制度を始められた神様。

・額田大仲彦命・・・氷の貯蔵の術を朝廷に伝えられた神様。



なるほど、これでやっと、

三神の相関関係を理解したり・・・。 ( ̄人 ̄)   ←(今ごろ)




でもホント、「氷室」はまさに現代で言う貯氷庫なんですね。


今日では冷凍氷業界の人々から崇敬が厚いという事にも、
いま改めて納得。 (^^;)









氷室神社21
おっと、「奈良かき氷ガイド」なるパンフレットまで頂けて、
ありがとうございます。 (^^;)


此処は氷の文化はじまりの地でもあるんですね。



現代にこの様なりが生まれたのも、また氷室神社の
創建が有ってこそかも知れません。



でもかき氷とは、今の時季にはまだ寒げ。 (^^;)









氷室神社22
そんな事を言いながらも、御朱印を書き上げて
頂けました。 (^^;)


ここから火打石でお祓いとの事で、許可を頂いてから
1枚、パチリ♪



火花が散る瞬間をなかなか捕えられず、微妙な1枚に
なったり。 (^^;)



いや、実はこれでもお願いして、何枚何枚も撮り直し
した1枚だったりして。 (^^;)     ←(迷惑すぎです)









氷室神社23
そんなワケで、こちらが祓い清めて頂けました御朱印


「氷室大神」(ひむろおおかみ)と書いて頂けました。


ありがとうございます~。 m(_ _)m



撮り直しテイク、何度もし訳ありませんでした。 (^^;)









氷室神社24
さてさて、そんなこんなで、奈良県・奈良市は氷室神社
(ひむろじんじゃ)。


奈良では一度れたいお社だったので、お天気も良いこの日、
お伺いできて良かった・・・。 ( ̄人 ̄)


いやホント、創建1300年を超える古社で、良いお参りをさせて
頂きました。 (^^;)


全国的にも珍しい、の神様が祀られていたのも印象的
でしたね~。


御朱印を打石でお清め頂けたのも印象的だったり。 (^^;)



あと宮司さんによると、春の頃には四脚門前のしだれ桜
が咲き乱れ、それは壮観だそうな・・・。



機会があれば、また是非訪れたいと思います。 (^^)






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先月2/28(日)、 奈良県・奈良市は漢國神社(かんごうじんじゃ)へ
行って参りました。







漢國神社1
そんなワケでこの日、まずは近鉄・奈良駅からスタート。



ちなみに本日はチョト御用がありまして、こちら奈良駅周辺に
来たんですが、


これまた普段れる機会が少ない所なので、また1ヵ所位はって
おこうかな~と。 (^^;)









漢國神社2
そんな事を言いつつも、「やすらぎの道」と呼ばれる通りを南下して
徒歩僅か5分

右手に朱塗りの鳥居が見えてきました。




いや、駅の周辺地図で見つけた神社だったんですが、こちらが一番

駅チカのお社だったんですよね。 (^^;)     ←(また)









漢國神社3
何はともあれ、まずは鳥居前に立って1枚、パチリ (^^;)



向かって右の社号標には、「縣社・漢國神社」と記されていますが、

左側は「饅頭(まんじゅう)の祖神・林神社」と刻まれています。



それにしても、饅頭の神様が祀られた(はやし)神社とは、

目指す「漢國神社」と何かわりのある摂社なんでしょうかね。









漢國神社4
先へ進むと、神門が見えてきます。



奈良は日本の中でも、特に歴史ある社寺の密集地。

こちら「漢國神社」と「林神社」の謂れもになる所です。



さて、ひとまずは一礼しまして、潜入をば~。  ~(  ̄人 ̄)









漢國神社5
当神社は推古天皇の元年・二月三日(今より約千四百年前)、大神君白堤
(おおみわのきみしろつつみ)と申す方が、勅(みことのり)を賜いて園神
(そのかみ)の神霊をお祭りせられた。

(以下、由緒書きより抜粋。)









漢國神社6
続いてこちら手水舎でお清めを。


お隣には「水神社」が祀られています。 ( ̄人 ̄)





その後、元正(げんしょう)天皇の養老元年・十一月十八日、藤原不比等
(ふじわらのふひと)公が更に、韓神(からかみ)の二座を相殿
(あいどの)として祀られたのが漢國神社(かんごうじんじゃ)である。









漢國神社7
大変わいのある近鉄・奈良駅からほど近くのお社ですが、
他に参拝者は殆ど見られません。


でも確かに、近くには春日大社や大寺などなど、ビッグ
社寺が控えているので、

えてこちらに訪れる参拝者は少ないようです。 (^^;)





古くは春日率川坂岡社(かすが いさかわ さかおかしゃ)と称した。
清和天皇の貞観(じょうがん)元年・正月二十七日、平安城宮内省
(へいあんじょうくないしょう)に当社の御祭神を勧請(かんじょう)して、
皇室の御守護神とせられたのである。









漢國神社8
それにしても沿革にもあるように、御祭神である園神(そのかみ)と
韓神(からかみ)、

何れも遠くは、平安京の宮内省に祀られていた神様方なんですね。


創建1400年もの歴史に加えて、天皇家とも関わりが深いとは。



やはりここは奈良の中心地。


いやホント、境内は広くないものの、この様に歴史深いお社が

駅のすぐ近くに御鎮座されている事に、改めていたり・・・。 ( ̄人 ̄)









漢國神社9
さて、それではいよいよ御本殿前へ。



入口にあった鳥居と同様に、大きな塗りの明神鳥居が印象的です。









漢國神社10

御祭神



・園神(そのかみ) : 大物主命(おおものぬしのみこと)
・韓神(からかみ) : 大己貴命(おおなむちのみこと)
             少彦名命(すくなひこなのみこと)




それではお賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。



手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)









漢國神社11
お参りの後は、失礼しまして御本殿を横から1枚、パチリ♪


三間社流造(さんげんしゃ ながれづくり)の檜皮葺(ひわだぶき)で、
桃山時代建立と伝わる神殿なんですね。



重厚な造りに暫し入ってしまいます。









漢國神社12
ちなみに檜皮葺とは、(ひのき)の樹皮を使って屋根を葺く工法。

日本独自の伝統的屋根工法で、7世紀後半には文献に記録があるとか。



一般的な仕様として、長さ75cm×幅15cm程に揃えた檜皮を少しずつ
ずらしながら、幾重にもねて竹くぎで留めていく工法なんですね。



現代でも厳島神社や清水寺、善光寺など、多くの社寺で見られるものの、

原料である充分な樹径を持った檜の減少や、檜皮採取の職人の減少
等々、課題は多いそうな・・・。



でもでも、板葺と比較すると、屋根全体に美しい曲線が出せるのは
「檜皮葺」ならでは。


優美でありながら、細部は緻密な造形であるのも奥ゆかし・・・。 ( ̄人 ̄)






そんな建築様式の蘊蓄を述べながらも、またスキを狙って・・・、









漢國神社13
御本殿を撮ってしまいました。  (^^;)




でも、扉にまで御簾(みす)が掛かって、うまく撮れず残念。 (^^;)



なかなかにガードが固い。 (^^;)   ←(コラコラ)









漢國神社14
続いて末社にもお参りを。 (^^;)




御本殿の左手には祖霊社(それいしゃ)、そして八王子社
祀られています。 ( ̄人 ̄)









漢國神社15
社殿の裏手から右側へ抜けて、葵神社へと参拝を。 ~( ̄人 ̄)



こうして拝見すると、御本殿をぐるりとむように摂・末社が御鎮座
されているんですね。


少々しい配置かも知れません。









漢國神社16
傍らに芳しいの花が香るお社。

こちらが入口の社号標にあった「饅頭(まんじゅう)の祖神・林神社
ですか。


ちなみに説明書きを見ると、「はやし神社」ではなく、「りん神社」と
読む模様。 (^^;)




林神社は日本で唯一の饅頭(まんじゅう)のお社で、御祭神は林浄因
(りん じょういん)。


中国浙江省・西湖出身の林浄因命は、詩人・林和靖(りん なせい)の末裔で、
嘉元年間に京都建仁寺三十五世・龍山禅師が入宋された際、師弟の
契を結び、貞和五年、禅師に随従して来朝された方だそうな。









漢國神社17
その後、こちら漢國神社の社頭にまわれ、故国で習い覚えた饅頭
(まんじゅう)を作られ、店頭には市を成すほど

当時の奈良の人々には好評を博し、大盛況だったとか。



その後、龍山禅師に礼を尽くすため上洛した際、たまたま足利将軍
にも謹製の饅頭を差出し、将軍もこれを賞味して非常に喜び、

将軍家を経てついには宮中に献上するにまで至ったんですね。



これはなんとも凄い御偉業・・・。 ( ̄人 ̄)









漢國神社
祖国の「点心」をベースに、中には(あん)を入れ、饅頭と名付けて
売り出した元祖・林浄因


饅頭・菓子の祖神として弘く仰がれ、こちら漢國神社に住まわれていた
御縁もあって、この地に祀られるようになったワケですか。



毎年4月19日には、菓祖神(かそじん)・林浄因命の偉業を讃えると共に、
菓業界の繁栄を祈願する饅頭まつりが盛大に執り行なわれるそうな。




それにしても、お社脇にある「まんじゅう」をイメージしたといわれるオブジェ、

どうしても鏡餅に見えるのは気のせいでしょうか。 (^^;)






そう言いつつも、また長居したのでそろそろおいとましましょう。 (^^;)









漢國神社19
もちろん、こちら社務所で御朱印を頂いてから。 (^^;)


ちなみに社務所は境内を一度て、東側にあるんですね。



一見すると、旅館の様な立派な造りで、チョト驚き。 (^^;)









漢國神社21
お玄関には、白の奉納神馬(しんめ)がこれまた立派。



さて御朱印を書いて頂いている間、またしだけお話のお伺いも。 (^^;)


先ほどの林浄因の人物像についてお聞きしたところ、建仁寺・龍山禅師
に就いて来られたものの、僧侶ではないんですね。



いや、勝手にお坊さんだとい込んでいたり。 (^^;)









漢國神社25
日本で初めて饅頭を売り出した以外にも色々な事が出来た人で、
中国の喫茶の風習や、宗文化なども伝えたそうな。



最終的に浄因は中国にってしまうものの、当時の人たちは随分
き留めたとか。



人としての魅力もあり、われていたのでしょう・・・。 ( ̄人 ̄)









漢國神社22
ちなみに林浄因の末裔は北家南家に分かれ、現在も
日本に住まわれているんですね。



春日の流れを汲むこちら漢國神社は南家で、一方、氷室神社
の流れを汲む南家はお上に付いて行き、東京を中心とした

老舗和菓子店・塩瀬総本家として現在も続いているとはスゴイ。


浄因が塩瀬姓を名乗っていた事に因んだ屋号にも、また納得。




それにしても北家と南家とは、北斗神拳南斗聖拳
の様な殺伐とした分派にならずに現在に至って


かった。 (^^;)    ←(例えが判りにくい)









漢國神社23
そうこうしている内に、こちらが頂けました御朱印。  (^^;)


尖った松皮菱(まつかわびし)の社紋がまた印象的。



その下には神社の印も頂けて、ありがとうございます~。 m(_ _)m









漢國神社24
さてさて、そんなこんなで、奈良県・奈良市は「漢國神社」
(かんごうじんじゃ)。


「近鉄」・「JR」、いずれの奈良駅からもほど近くに佇むお社。


ふらりと訪れましたが、1400年のい歴史があったんですね。

繁華街もほど近くですが、境内は思いのほかかで良いお参りを
させて頂きました。 ( ̄人 ̄)



現代の日本人にも馴染みの深いお饅頭も、こちらのお社が発祥
だとは知りませんでした。



さすがは歴史ある社寺の密集地、奈良県ですね~。


また機会があれば、他にも色々とって行こうと思います。 (^^)






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7/27(土)。 奈良県・奈良市は「西大寺」(さいだいじ)へ行って参りました。





これまた更新がくなって、もう先々月の事になりますが・・・。 (´д`)






と、自ら嘆いても仕方ないので、


溜まったネタから順番に、チマチマと更新して行きましょう。 (^^;)









西大寺1
というワケで、この日はチョト御用がありまして、近鉄・大和西大寺駅
周辺まで来たんですが、



なかなかる所ではないので、また1ヵ所位はっておこうかな~と。






ちなみに御用といっても、一応はお仕事関連だったりするので、の為。 (^^;)









西大寺2
さて、その御用を済ませた後は、その名も西大寺へ直行。





駅の周辺地図を拝見すると、一番駅近なお寺なんですよね~。









西大寺3
そう言っている内に、徒歩5分ほどで東門へ到着♪





「真言律宗・総本山」 、 「称徳天皇勅願」。






掲げられた木札の文言から、威厳の感じられる門構えです。







それにしても、ここしばらくの社寺巡りは神社が続いていたので、

お寺への参拝は久しぶりのような・・・。









西大寺4
さて、寺名が刻まれた大きな扁額を見上げつつ、まずは門前で一礼して

潜入~。  ( ̄人 ̄)









西大寺5
西へっ直ぐと伸びた参道を進んで行きます。





西大寺の創建は、奈良時代の天平宝字八年(764)に称徳天皇が鎮護国家と
平和祈願のために、七尺の金銅四天王像の造立を発願されたことに始まる。

(以下、お寺の由緒書きより抜粋。)









西大寺6
こちらの伽藍(がらん)案内図で、現在の位置関係を確認。



いや、予想外に広い境内だったので。 (^^;)






当時の境域は、面積三十一町(約48ha)に及ぶ広大なもので、ここに東西両塔ほか
十一面堂院など、百十数宇の堂舎が甍(いらか)を並べていた。

文字通り、東の東大寺に対する、西の大寺にふさわしい官大寺であった。









西大寺7
ハスの葉を手前に、四王堂も1枚、パチリ♪






その後、平安時代に再三の災害に遭い、さしもの大伽藍も昔日の面影をとどめずに
哀頽(あいたい)した。






なるほど、往時の奈良では、東西を二分する大寺だったんですね。



現在では、西大寺の方が廃れてしまっているとは、寂しい限りです・・・。









西大寺8
でも現存する御本堂は、立派な造り。

宝暦二年(1752)の建立で、重要文化財にも指定されているんですね。






鎌倉時代も半ば頃になり、稀代の名僧・興正菩薩叡尊(えいそん:1201~1290)が
この寺に入って復興に当り、創建当初とは面目を新たにした真言律宗の根本道場
として伽藍を整備された。









西大寺9
お参り前に、まずはこちら手水舎でお清めを。





ここでフト後ろを振り返ると・・・、








西大寺10
御本堂前に、石垣で築かれた舞台の様なものが見受けられます。




イベント用のステージでしょうか。 (゚д゚)    ←(そんなワケない。)









西大寺11
少々調べてみたところ、これは塔跡(とうあと)であるもよう。




奈良時代、境内に東西両塔が建てられた内の東塔跡だそうな。



創建当初のものは共に平安時代に焼失し、東塔は藤原後期に再建されたものの、
室町時代文亀2年(1502)に焼失してしまったんですね。





こうして大きな基壇や礎石を拝見すると、隆盛した往時が偲ばれます・・・。 ( ̄人 ̄)
 








西大寺12
それでは御本堂へお参りに向かいましょう。 (^^)




靴を脱ぎまして、お邪魔します~。









西大寺13
おっと、拝観料が必要です。




これくらい大きな規模のお寺になると、当然ですか。 (^^;)






危うく強行突破するところだった。 (^^;)









西大寺14
御本堂のほかに、愛染堂(あいぜんどう)・四王堂(しおうどう)も
拝観できるんですね。



聚宝館(じゅほうかん)は、特別公開時期しか拝観できないとの事で、残念。





というワケで今回は、「御本堂・愛染堂・四王堂」の三堂共通券(800円)をチョイス。









西大寺15
では、チケットをり締め、


改めまして御本堂内へ、お邪魔します~。 (^^;)





ちなみに内部は撮影禁止との事なので、写真は毎度パンフレット
他から、拝借を。 (^^;)








ほの暗く静かなお堂内は、幾多の灯篭に灯がともされ、幻想的な雰囲気を
醸し出しています。









西大寺16

御本尊


・釈迦如来立像(しゃかにょらいりゅうぞう:重文)





建長元年(1249年)、仏師・善慶の作で、

興正菩薩の発願によって、京都は嵯峨清涼寺の釈迦如来像を摸刻した
霊像だそうな。




ちなみに摸刻となった釈迦像は、37歳の時の生き姿を彫ったものと
伝わるとか・・・。






き日のお釈迦様に思いを馳せ、お参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)









西大寺17
その後、弥勒菩薩(みろくぼさつ)様にお参りしたあとは、文殊菩薩騎獅像
にもお参りを。



中興の祖である叡尊上人は存命中、特に文殊信仰により難民の救済に
注力されたそうな。





こちらの五尊像は、叡尊上人の没後、十三回忌にお弟子さん達によって造られた
霊像なんですね。





・右前 : 善財童子(ぜんざいどうじ : 全高89cm)
・右後 : 仏陀波利(ぶっだはり : 全高104cm)

・左前 : 優填王(うでんおう : 全高119cm)
・左後 : 最勝老人(さいしょうろうじん : 全高106cm)





四躯の脇侍にられた、ひと際大きな中央のお像。



獅子・中尊像を合わせて全高251cmと、その大きさ、高貴なお姿に圧倒されます。









西大寺18
おや、お堂内の一角に、これまた巨大なお茶碗を発見。 (゚д゚)




大茶盛式(おおちゃもりしき)云々と記されていますが、説明書きを

詳しく拝見すると・・・、









西大寺19
叡尊上人が、その年の正月に大切な法要を無事にすませたお礼にと、
西大寺の鎭守である八幡宮にを献じ、


その余服を集まった人々にけ与えたのが始まりと言われる茶儀だそうな。





当時、お茶は貴族の高貴薬であり、民衆の手に入らないものだったんですね。






現在のような抹茶茶碗や、お作法も無い時代だったので、このような大きな器に入れて、
皆で分け合ってし呑みしていたんだとか。





その名残りが750年を経て、今もこうして伝わっているとは、なんとも

奥ゆかしい・・・。 ( ̄人 ̄)






それにしても、毎年テレビのニュースとかで見るこの行事が、こちらのお寺で
行われていたとは、





めて知ったり。 (^^;)    ←(お勉強不足)









西大寺20
そう言いつつも、続いては2ヶ所目、愛染堂(あいぜんどう)へ。 (^^;)






こちらのお堂内もまたほの暗く、神秘的な空間。




堂内の中央には、重厚な造りの大壇(だいだん)と、礼盤(らいはん)が
据えられています。



この「黒漆彩色華形大壇」と「黒漆箱形礼」は、いずれも鎌倉時代の作で、
重文にも指定されているとは、これまた貴重な文化財です。





ちなみに「大壇」とは、法要の際に僧侶が修法に用いる、きな正方形の壇の事。

ここが仏様のをお迎えする場所になるんですね。



こういった様式が、真言密教のお寺の特徴でもあるんだそうな。






では続いて、奥の御本尊様にお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









西大寺21
しかしながら、厨子に納められた愛染明王像は秘仏なので、お姿は拝見できず。


年に2回、特別開扉の期間があるそうですが、今回はそれに当たっておらず、
残念。 (^^;)





なので本日は御前立ちと、お写真を前に、お参りさせて頂きます。 ( ̄人 ̄)









西大寺22
ちなみにこちらの愛染明王様、JR東海のCMポスターにも登場されて
いるんですね。





梵名は「ラーガ・ラージャ」。



赤い王様とも訳されるだけあって、真紅に染まった躯体がとても印象的です。





我々衆生(しゅじょう)の、「煩悩と愛欲」についてかれているのでしょうか、

忿怒(ふんぬ)の相の中にも、慈悲が感じられます。









西大寺23
お堂内で色々とご説明を頂いている内に、また長居してしまったので、

そろそろお次へ。 (^^;)






いやワタクシ、社寺巡りではいつも色々と掘り掘り聞いてしまうので、

そこに長居の原因があるんでしょうが。 (^^;)









西大寺24
そう言いつつも、こちらが最後の拝観、四王堂(しおうどう)へ、

お邪魔します~。 (^^;)






さて、こちらは創建期の由緒を伝える、唯一のお堂なんですね。



現・四王堂は延宝二年(1674)に建立されたもので、装いは比較的簡素なものの、
東西九間・南北七間と、威風堂々とした趣を感じます。






身長が丈六(じょうろく:1丈6尺・約4.85メートル)もある巨大な御本尊、

十一面観音立像にお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)





それにしてもあまりのきなお姿に、間近で見上げて拝見すると、すくんでしまうほど。






人気アニメ・「進撃の巨人」でいうと、5m級巨人の大きさでしょうか。






う~ん、50m級の巨人なんかが目の前に現れたらワタクシ、絶対に



気絶する自信があります。 (^^;)









西大寺25
ワケの判らない事をブツブツ言っていると、拝観終了のお時間に。 (^^;)





今日は遅めに来たので仕方ありません、そろそろおいとましましょう。 (^^;)









西大寺26
おっと、御本堂で御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)




御本尊様である、「釈迦如来」(しゃかにょらい)と書いて頂けました。



ありがとうございます~。 ( ̄人 ̄)






ちなみに、各お堂でもそれぞれ御朱印は頂けるようですが、本日はこちらだけで。 (^^;)









西大寺27
さてさて、そんなこんなで、奈良市は「西大寺」(さいだいじ)。



久しぶりに奈良県の寺院に訪れましたが、規模の大きなお寺にしては人も少なく、

とてもかなお参りをさせて頂きました。




貴重な文化財も多く、さすがに見ごたえも充分。 (゚д゚)






歴史的に東西で隆盛を分けた大寺。



またの機会、「東大寺」にも訪れたいと思います。 (^^)






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京都ヨドバシビル・建設中その14 2010/10/31の続きで、お次は突然ですが、
奈良のお寺へ向かいます。(^^;)





遷都1300年・奈良の旅1
今年2010年は、710年の平城遷都(へいじょうせんと)から、1300年を経た節目となる年。



それを記念して奈良県の各地では、イベントや社寺の特別公開など、
様々な催しが一年を通して盛大に開催されているんです。





以前、→社寺めぐり奈良・「平城遷都1300年祭」・道のり編 2010/05/31で奈良に訪れましたが、

このシリーズ、すっかり忘れておりました。




何だかんだで、色々なシリーズ物を抱えておりますもので。(^^;)





めったにない機会なので、もう1回位は訪れておかないと、節目となる今年が
もうそろそろ終わってしまいます。(^^;)




さて、今奈良では、数々の社寺で特別公開が行われていますが、

その中でもワタクシが向かおうとしているのは・・・、








薬師寺1
世界遺産・薬師寺(やくしじ)。


中でもお目当ては、平城遷都1300年を記念しての、国宝・東塔の特別開扉。




しかも、開扉期間、本日10/31(日)まで。




加えて、東塔は平成22年秋から覆いが施され、平成30年まで解体修理に入るので、
外観すら拝見できなくなるとの事。




これは、お伺いしておかねば。(^^;)








薬師寺2
そういうわけで、近鉄・京都駅から乗り継いで、「西ノ京」(にしのきょう)駅を下車。

駅の目の前が、もう薬師寺の参道入り口になっているんですね。



超駅近で、これはありがたい。



駅から離れた社寺って、けっこうありますからね~。






う~ん、でもなんだかここに来て、雨足が強くなってきて、いやな感じ。(^^;)








薬師寺3
ま、雨の日のお参りも、また趣があっていいものです。(^^;)



そう言いつつも、じきに興樂門(こうらくもん)前へ到着♪

気持ちを整えまして、いざ潜入~。








薬師寺4 薬師寺5
まずはこちら受付で、拝観料をお納めします。


「白鳳伽藍・玄奘三蔵院伽藍」(拝観料大人800円)に加えて、「大宝蔵殿」も拝見したいので、
拝観料500円を追加でお納めして、計1300円なり。



チョトお高いような・・・。(^^;)








薬師寺6
先へ進むと、たびたび団体の参拝客の姿が見受けられます。

さすがは世界遺産・薬師寺。




薬師寺は天武天皇により発願(ほつがん)・(680年)、持統天皇によって
本尊開眼(かいげん)・(697)、さらにも文武(もんむ)天皇の御代(みよ)に至り、


飛鳥の地において堂宇の完成を見ました。その後、平城遷都(710)に伴い、
現在地に移されたものです。
(以下、お寺のパンフレットより抜粋。)








薬師寺7
参道脇には、キレイな淡い紫色の実を付けた植物が。

その名も、「紫式部」 (むらさきしきぶ)というそうな。





当時は南都七大寺(なんとしちだいじ)の一つとして、その大伽藍
(だいがらん)はわが国随一の荘美を誇りました。すなわち金堂(こんどう)を中心に、


東西両塔、講堂、回廊が立ち並び、なかでも裳階(もこし)を施した金堂や塔の
たたずまいの美しさは、「籠宮造り」と呼ばれて、人々の目を奪いました。








薬師寺8
境内は超広いので、早くも方向感覚が判らなくなってきました。(^^;)


爾来1300年を経、この間、幾多の災害を受け、特に享禄元年(1528)の兵火では、
東塔(国宝・白鳳時代)を除く諸堂が灰燼(かいじん)に帰しました。




その後の、高田好胤管主(たかだこういんかんす)の復興発願によって、
失われた堂宇が甦ったんですね。








薬師寺9
東僧坊を抜けると、

左手にはお目当ての東塔が見えてきます。








薬師寺10
はやる気持ちを押さえて、まずは東回廊左手の東院堂(とういんどう)へ。(^^;)


このお堂自体が国宝に指定されているんですね。 スゴイ。




中に祀られている「聖観世音菩薩像」もまた、白鳳時代の国宝との事。

これまたスゴイ。





悩みや苦しみや、悶えをお救い下さる、観音菩薩様。

お参りさせて頂きます~。( ̄人 ̄)








薬師寺12
東院堂でのお参りのあとは、中門をくぐって東塔を目指す順路になるんですね。



何だか、チョト順路が判りにくいような。(^^;)








薬師寺13
`;:゙;`;・(゚ε゚; )ブッ!!




その東塔、


長蛇の列が出来てますよ!? (゚д゚;)








薬師寺14
列は途中で折り返しになっていて、

みっちり30分は並ぶ事に。(´Д`)





特別公開・最終日という事で、駆け込み需要が増えたんでしょうか。(^^;)








薬師寺15
塔の外見は一見すると、六重のように見えますが、実は三重の塔。


これは、各層に裳階(もこし)と呼ばれる小さい「ひさし」があるためで、そのために
六重の塔のように見えるんですね。




不思議にバランスが取れていて、美しい。





たっぷり並んだので、初層内部をじっくり拝見しますよ~、と思いきや・・・、








薬師寺16
立ち止まらないでくださ~い。」



係りの方の無情なご指示に、

内陣の、宝相華文様の天井絵を含めて、拝見できた時間は、わずか15秒ほど。(´Д`)




でも、1人ずつゆっくり見て行ったら、日が暮れてしまいますよね。 仕方ありません。(^^;)








薬師寺17
一方の西塔(さいとう)は、同じく特別公開ながら、とても空いているので、ゆっくり拝見できました。



なんだか、東塔とは扱いが全然違う。(^^;)








薬師寺18
「ドーン!」



大講堂を背に、一枚パチリ♪




金堂(こんどう)を真ん中に、左手が東塔と、右手が西塔。

フレームに納まらないくらい大きくて、スゴイ迫力。(^^;)



でもこうして拝見すると、の影響を強く受けた建築様式のような印象を受けます。








薬師寺20
それでは、金堂でお参りを。



御本尊

・薬師如来(やくしにょらい)


・右脇侍:月光菩薩(がっこうぼさつ)
・左脇侍:日光菩薩(にっこうぼさつ)





大変な人ごみで、落ち着きませんが、お参りを~。( ̄人 ̄;)








薬師寺19
続いて大講堂へ。


大きな「弥勒三尊像」へお参りしますが、お堂内はこれまたスゴイ列で、

もう流れ作業といった感じ。(^^;)






こちらで御朱印も頂けるのですが・・・、








薬師寺21
やっぱり行列です。(^^;)








薬師寺22
その後は「大宝蔵殿」で、吉祥天(きちじょうてん)に関する、貴重な寺宝の数々を拝見。








薬師寺23
そして、玄奘三蔵院伽藍へ。


境内はとても広いので、移動するだけでもけっこう大変。(^^;)








薬師寺24
玄奘塔に祀られている、「玄奘三蔵像」にお参りさせて頂きます。( ̄人 ̄)




さて、またずいぶん長居したので、そろそろおいとましましょう。(^^;)








薬師寺25
ちなみに、本日頂けました御朱印。


御本尊の「薬師如来」と書かれています。





ありがとうございます~。( ̄人 ̄)








薬師寺26
さてさて、そんなこんなで、奈良・西ノ京は、「薬師寺」(やくしじ)。



東塔を始め、多くの特別公開を拝見できて大満足です。


大きなお寺ならではの、大きな仏様にもお会いできて、良いお参りをさせて頂きました。(^^)





でも、久しぶりの巨大寺院で、人も多くて、チョト疲れました・・・。(^^;)






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社寺巡り 奈良・「猿田彦神社」・(道祖神社) 2010/6/4の続きで、
世界遺産の「元興寺」(がんごうじ)へ到着。


寄り道した分、ちょっと時間が押し気味。(^^;)





元興寺1
おお、ちょうどお寺の前から、かご屋さんがお客さんを乗せて出発。

これは珍しい。


趣はありますが、「平城遷都1300年祭」とは時代的に無関係のようです。(^^;)








元興寺2
それではお時間的に、今回ラストのお参り。


失礼しまして、重要文化財・東門の正面に立ち、いざ・・・、








元興寺3
と、その前に、こちら受付で拝観料400円をお納めせねば。(^^;)




あと、先に御朱印帳もお預けしておきます。(^^;)








元興寺4
さて、改めまして東門から、いざ潜入~。  いざいざ!



猿沢池を挟んで北の興福寺、南の元興寺と平城京左京(外京)の台地に
広大な寺地と伽藍を有した。平安遷都後も、この外京と東大寺、
春日社一帯は南都の中心地であった。
(以下、お寺の公式サイトより抜粋。)








元興寺6
国宝の「本堂」(極楽坊)を臨みながら、まずはこちら手水舎でお清めを。



飛鳥時代以来、伝統の「三論宗」(さんろんしゅう)と「法相宗」
(ほっそうしゅう)が主に学問されていたが、平安中期には衰えてしまう。
むしろ真言宗に属する多くの僧を輩出した。








元興寺7
こちらも国宝・「禅室」(僧坊)。 傍らには、多くの石仏が祀られています。( ̄人 ̄)



その後、伽藍は荒廃し、堂塔が分離。中でも伽藍の中央部、金堂・講堂など
中枢部の北に当たる僧坊の地域に、東室南階大房が十二房遺って、その一室が
特に極楽坊と呼ばれるようになる。








元興寺8
境内の西側に回って、お堂全景をパチリ♪



またこの場所は、奈良時代の元興寺三論宗の学僧・智光法師が居住した禅室で、
我が国浄土三曼荼羅(智光、当麻、清海)の随一である智光曼荼羅
(ちこうまんだら)発祥の地とする信仰が生まれた。








元興寺9
そして、本堂(極楽坊)内へ、 お邪魔します~。

お堂内は撮影禁止です。




御本尊

・智光曼荼羅(ちこうまんだら)・(阿弥陀如来掌中示現極楽浄土変相図)




ちなみに「智光曼荼羅」とは、阿弥陀如来を本尊とする極楽浄土図
なのですね。



お堂内で正座し、静かにお参り~。( ̄人 ̄)






その後は内陣周りを、時計回りに「禮光法師坐像」、後方のお像郡、そして
「智光法師坐像」と順にお参りして行きます。








元興寺11
お次は「宝物館」へ。



国宝の「五重小塔」(奈良時代)や、重文の「聖徳太子立像」など、貴重な
寺宝の数々が展示されています。




あとこの期間は、収蔵庫3階で「元興寺コレクション」
題して(2010年のみ公開)、ネパール、スリランカ、タイ、日本などの、
仏教民俗資料を通じて、元興寺の復興をたどる企画も催されていました。





貴重な資料郡なのに、拝観料・無料で、助かります。(^^;)








元興寺14
寺宝の拝観後、境内をウロウロしていると、


おや、本堂裏手のを外して、係りの方が何か説明をされています。








元興寺15
ちょっと失礼しまして、パチリ♪


これはどうやら、奈良時代の礎石とのこと。





ワタクシも、あとでこちらについて少しご質問したところ・・・、








元興寺19
頂いた地図に、赤ペンで書き込みながら、とても一生懸命
元興寺の変遷についてご説明頂けました。 恐縮です。(^^;)



なるほど、こうして見ると当時は広大な寺域を誇っていたことが判ります。





おお、先ほどお参りした「猿田彦神社」・(道祖神社)も、ちゃんとかつての寺域内に
入っていますね。




こうやって、現地の方に説明頂けると色々と謎が解けて、実にありがたい。(^^;)








元興寺17
さて、またずいぶん長居しました。

受付で、お預けしておいた御朱印帳を受け取っておいとまを。



御本尊の、「智光曼荼羅」と書かれています。


ありがとうございます。(^^)








元興寺18
ワタクシが、本日ラストの参拝客だったようで、表の門は閉められかけ
寸前でした。 あらら。(^^;)





さてさて、またちょっと引っ張りましたが、今回の奈良・
「平城遷都1300年祭」の社寺めぐり 。


大満足のお参りをさせて頂きました。(^^)




記念祭のイベントはまだまだ続くので、機会があればまた奈良
訪れたいと思います。(^^)






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