京都駅ビル構内 ・イベント展示 「明治維新150年・京都伏見」 
2018/05/19
の記事の続きで、


お次はようやくお寺へ向かっています。



更新するのを忘れるそうになるほどっ張り気味ですが。 (^^;)







妙教寺1
そんな事を言いつつも、ひとまずは京阪電鉄・淀駅に到着。


色鮮やかなツツジとの対比で1枚、パチリ♪



道草もほどほどに、本日のお目当ては、コチラ。  (^^;)









妙教寺2
以前、→2018年 京都・春季:非公開文化財 特別公開 2018/01/31
の記事で ご紹介しました

”京都古文化保存協会”が主催する、春期の「特別拝観」



今年は戊辰戦争・明治維新150年にあたり、ゆかりの社寺や
史跡が多数公開されているんですね。


その中でも今回は、公開エリアの「淀」にお伺いしている次第
なんです。   ~~(  ̄人 ̄)









妙教寺3
おや、道路には何台もの4軸バスが行き交っていますよ。


よく見ると、競走馬輸送中の表示が。 (゚д゚)


これはなるほど、すぐ近くに「京都競馬場」があるからなんですね。



競馬をしないワタクシからすると、しい光景だな~と。 (^^;)









妙教寺4
道草もどほどに。  (^^;)



さて、目指す妙教寺へは、あちこちに案内が示されてあって、
これはご親切。









妙教寺5
案内表示に従って住宅街の中を進んで行くと、突き当りに
お寺が見えてきました。



淀駅からは徒歩10分位でしょうか、なかなかに交通は至便。









妙教寺6
無事に到着し、ひとまずは山門を1枚、パチリ♪


おなじみのい案内看板を前に、テンションも上がって
参りました。 (^^)



それでは門前で一礼してから、潜入~。  ~~(  ̄人 ̄)









妙教寺7
おっとその前に、拝観料800円をお納めせねば。  (^^;)


ガイドブック・「拝観の手引」も300円でご購入し、めまして
潜入をば~。 (^^;)









妙教寺8
境内には緑がいっぱいですね~。

お天気にも恵まれて、絶好の特別拝観日和。 (^^)





当山は寛永三年(1626)、大坂の富豪商人、法華又左衛門尉
貞清(ほっけまたざえもんじょうさだきよ)の発願により、

豊臣秀吉の側室淀殿が住んでいたと伝わる、淀古城(よど
こじょう)下の一角に建立された、法華宗・真門流(しんもんりゅう)
の寺である。

(以下、お寺の駒札より抜粋。)





なるほど、かつてこの地に「淀古城」という城が存在したんですね。

その城域内に妙教寺が所在し、現在に至るワケですか。









妙教寺10
趣ある鐘楼堂も1枚、パチリ♪





宝泉院日孝(ほうせんいんにちこう)を開山上人に仰ぎ、寺地は
新しい淀の初代城主・松平定綱(まつだいら さだつな)公から
寄進を受けた。





淀は「木津・桂・宇治」の三川が合流する地で、天然の要塞
ともなり得る地形から、この地に築城されたんですね。


それにしても、城主であった定綱公が城域内に寺地を寄進された
とは、帰依が深かったんでしょうか・・・。












妙教寺11
続いて色鮮やかなアヤメも、1枚。 (^^)





十八世紀初頭、付近の大火で山門、鐘楼を除き、伽藍(がらん)を
焼失した。

現在の本堂は天保十一年(1840)に再建されたものである。










妙教寺12
慶応四年(1868)、戊辰戦争・鳥羽伏見の戦いでは周辺が戦場
となり、一月四日、本堂の壁、柱を砲弾が貫通し、

その跡と砲弾を保存している。





今回の特別公開では、その実物の砲弾も展示されている様
なので、後で拝見せねば。 ( ̄人 ̄)



それにしても、境内はとても静か。


かつてここで、旧幕府軍と新政府軍との間で壮絶な戦闘
行われたとは思えないほど、今は穏やかです。









妙教寺9
境内の一角に妙見堂があったのでお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)



ちなみに扉は閉まっているので、こちらは公開されていない模様。


中の様子は見えないので、どの様な仏様が祀られているのかも
ですが。 (^^;)









妙教寺13
さて、それではいよいよ初公開の御本堂へ。



ちなみにいつもの如く、ここから先のお堂内は撮影禁止
なので、 写真はパンフレット他より拝借をば。 (^^;)






そんな事を言いつつもスキを狙って・・・、









妙教寺14
またお堂内を撮ってしまいました。  (^^;)  ←(いきなり)



いや、潜入時の画をから撮りたかったんですが、思いのほか
仏様方も写ってしまい、


もうしわけありません。 (^^;)









妙教寺15
改めまして、ここからはパンフレット等のお写真で。 (^^;)



御本尊


・南無妙法蓮華経の宝塔

・左脇侍:多宝如来(たほうにょらい)
・右脇侍:釈迦如来(しゃかにょらい)



お賽銭をすべり込ませ、


手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)  




沿革にもありましたが、現在の御本堂は1840年に再建された
ものなんですね。


再建後に彫られたという欄間(らんま)が極彩色で、これまた
豪華絢爛。


しかも他ではあまり見られない、珍しい様式だそうな。 (゚д゚)



四体の天女が大きく立体的に彫刻されているのが印象的。

これは如来寿量品(にょらいじゅりょうぼん)という法華経の
経文を表した彫りとなっているとか。



ちなみに、如来寿量品の「如来」とは、真如の妙理、即ち
妙法を覚った本仏の事であり・・・、




う~ん、「如来寿量品」は法華宗において、中核かつ基本的な
部分ながら、奥のい所でもあるので、


詳しい考察はまたの機会に。 (^^;)









妙教寺16
御本堂内の柱に大穴が開いてますよ! (@_@;)


なるほど、こちらが「鳥羽伏見の戦い」で砲弾が貫通
した跡でしたか。



戊辰戦争の発端となった「鳥羽・伏見の戦い」は、慶応四年
(1868)の1月3日に始まり、

幕府軍と政府軍との間で勃発したんですね。


淀では同月4~5日に戦闘があり、ここ妙教寺の上を両軍の
砲弾がび交ったそうな。


柱に開いた大穴は、東軍である旧幕府軍から発射されたもの
と考えられるとか。









妙教寺17
砲弾は御本堂南側の壁からび込み、位牌壇を突き破って
柱も貫通し、そして反対側の位牌壇に当たって止まったんですね。



砲弾の飛込口も大きく穴が開いており、今は外の光が差し込んで
居るのが印象的。


それぞれの穴の位置関係を見てみると、ほぼ一直線
弾道なので、相当な速度で砲弾が飛込んで来たんでしょう。



今も残る戦闘の生々しい傷跡に、思わず入ってしまいます。









妙教寺18
沿革のご説明を何度もループ拝聴して長居しているので、
そろそろお次へ。 (^^;)



客間では寺宝や資料、書籍が展示されている様なので、拝見に
参りましょう。









妙教寺19
東軍兵士が使用したスナイドル銃や、遺棄した刀、はたまた
徳川慶喜が朝廷に宛てた謝罪文を納めた文箱(ふばこ)など、

貴重な品がズラリと。



中でもやはり注目は、こちらの砲弾。 (゚д゚)


口径80mm、長さ160mmの四斤山砲(よんきんさんぽう)
と呼ばれる砲弾で、重さは4kgもあるそうな。



間近で実物を拝見して改めて、ここが且つて戦場であった事を
再認識したり・・・。 ( ̄人 ̄;)



当時の住職であった第十六世・日祥上人は、砲弾と共に、
弾痕が残る柱もそのまま保存したんですね。


戦闘の様子も、日祥上人が木片に記して残されています。



砲弾の音に驚いて犬や猫が走り回る様子や、銃弾が
様に集まって来る様子が綴られているそうな。



穴の開いた柱にこの木片をはめ込める構造にして、戦いを
後世に伝えようとしたワケですか・・・。









妙教寺20
さて、当時のに関する資料も拝見しましょう。


淀城が隆盛した当時の周辺地図と、現在の地図を合成
した資料なんですね。


沿革にもあった様に、「木津・桂・宇治」の三川が合流する
中心に城域があった事が分かります。


天然のお堀となるこの地に築城したのはホント、
かなっていますね~。




それにしても、年月が経つと地形ってこんなにわる
ものなんですね。


いや、この日「京阪・淀駅」を降りて来ましたが、当時は
宇治川の川底だったとは、驚きだなと。 (^^;)






さて、またずい分長居しました。


そろそろおいとましましょうか・・・。









妙教寺21
その前に、しだけ御住職にお話のお伺いを。 (^^;)



いや、境内の一角にあった妙見堂についてお聞き
しておきたいな~と。


色々とだったので。 (^^;)




ちなみに御堂内には、

・妙見菩薩(みょうけんぼさつ)
・三十番神(さんじゅうばんじん)
・清正荒神(せいしょうこうじん:加藤清正公)


の三体が祀られているそうな。



北極星信仰に起源があり、法華宗のお寺では
法華の守護神として祀られる事が多いんですね。









妙教寺25
加藤清正公が祀られているのは、公が法華宗の厚い信者
であった事に由来するとか。



これは確かに。 加藤清正公と言えば、「南無妙法蓮華経」の
幟旗(のぼりばた)で出兵するのが有名でした。 (゚д゚)









妙教寺22
特別公開する程ではないので扉は開けていないものの、


でも毎年2月11日に妙見堂のお祭りが執り行われるので、
その時は開扉されるそうな。




色々と謎が解けて、やっぱりお聞きして良かった。 (^^;)









妙教寺23
さて、十分に御礼を申し上げてからおいとまを。


ありがとうございました~。 m(_ _)m



ちなみに御朱印はされていないんですね。 



いや、この特別公開のおしい中、色々とお聞き
出来ただけでワタクシは大満足です。 (^^;)









妙教寺24
さてさて、そんなこんなで、京都・2018年 春期・特別公開
「妙教寺」 (みょうきょうじ)。


鳥羽・伏見の戦い、戊辰戦争にゆかり深く、初公開のお寺で
いお参りをさせて頂きました。 ( ̄人 ̄)


戦闘から150年経った今は、の住宅街にひっそりと佇む
妙教寺。

でもお堂に残る弾痕を見ると、激しいいの痕跡が
肌で感じられたり・・・。


今回の特別拝観では参拝と共に、そんな近代の戦乱期にも
触れる事が出来て、良い勉強になりました。 (^^)





さて、そんなワケで2018年春期・特別公開シリーズは
これにて終了


色々と忙しく、今回は1ヵ所しか巡れず残念・・・。 (;´д`)



ずい分とっ張りましたが、でもでも内容の濃い拝観が
出来たので、ワタクシ的には


しという事で・・・。 (^^;)   ←(自己納得)






powered by TomiryuMap






スポンサーサイト
4/8(日)。 京都市・下京区は西本願寺(にしほんがんじ)へ
行って参りました。



当ブログの近年の社寺巡りとしては、突然にメジャーどころ
へのご訪問だったり。 (^^;)









西本願寺・2018 花まつり1
そんな事を言いつつも、さらっと堀川通を北上。 (^^;)



ちなみに最寄り駅は「JR・京都駅」で、徒歩10分くらいでしょうか。


何気に世界遺産のお寺ながら、交通至便なんですね。 (^^;)









西本願寺・2018 花まつり2
そしてあっという間に到着~。 ~~(  ̄人 ̄)


大きな御影堂門(ごえいどうもん)を前に1枚、パチリ♪



おや、門下には人が集まって、少々やかな感じ。


本日はここで、とあるイベントが行われるんですね。









西本願寺・2018 花まつり3
ちなみにその名は、花まつり! (゚д゚)ノ



いや、「花まつり」と言いましても、お花の展示・即売会の様な
類のイベントではなく、


お釈迦様の誕生日をお祝いする仏教行事なんです。 (^^;)









西本願寺・2018 花まつり4
一応は仏教国である日本ながら、創始者であるお釈迦様の誕生日
はあまりられていないそうな。



イエス・キリストの誕生を祝うクリスマスは、毎年12月25日に
盛大に賑わうのに。 (^^;)     ←(確かに)



その様な経緯から、当ブログでも一度はお釈迦様の生誕祭である
「花まつり」をり上げて偲ぶのも、またアリかなと・・・。 ( ̄人 ̄)




それにしても、のぼり旗に描かれたお釈迦様の絵、イラストレーター・
みうらじゅん氏によるものなんですね。


このファンキーな絵柄に目線を奪われながらも、先へ
進みましょう。 (^^;)









西本願寺・2018 花まつり5
おや、背中に花御堂(はなみどう)を乗せた、大きな白象が。 (゚д゚)

御堂の中には小さなお釈迦様の誕生仏が祀られています。



お釈迦様の生母である摩耶夫人(マーヤぶにん)が、とある夜、
天から白い象が降りて来て、夫人の右わき腹に入る夢を見たそうな。


これは、「世界中の人々をおいになる、偉大な王子が生まれる」という、
お釈迦様のご懐妊を知らせるお告げの夢だったんですね。


なるほど、この様な故事から花まつりでは白象が祀られるワケですか。



それにしても、可愛らしい白象さん。 (^^;)









西本願寺・2018 花まつり6
白象の背中に乗った、お釈迦様の誕生仏も1枚、パチリ♪ (^^;)



お釈迦様は今から約2500年前の4月8日、現在のネパール領は
ルンビニーでお生まれになったんですね。



生まれるとすぐに東西南北それぞれに7歩ずつ歩まれ、右手は天を、
そして左手は地を指して、

天上天下唯我独尊(てんじょうてんが ゆいがどくそん)
と宣言されたとか。




り得ん! (゚Д゚)     ←(コラコラ)


いや、あくまでも、有り難い伝承上のお話という事で。 (^^;)



因みに訳すると、「にも地にも我は唯ひとり、誰にも代えがたくい」
という意味になるそうな。




我はなり!! w(*゚Д゚*)w     ←(違います)



でも確かに、一見するとって解釈しそうな文字の羅列ですが、 (^^;)


正しくは、お釈迦様のりの教えと、誰にでも悟りは開けるという教えから、

人間の尊厳性を宣言されたもの、と解釈されるんですね。 ( ̄人 ̄)









西本願寺・2018 花まつり7
宣言のあと、お釈迦さまの誕生を祝い、周囲には花々が咲き乱れ、
空からは産湯代わりの甘露の雨が降り注ぎ、

世界中が輝きびで溢れたと伝わるそうな。



この様な言い伝えから、寺院や地域で行われる法要やイベントでは、
たくさんの花々でりつけ、お釈迦様の誕生仏に甘露の雨を模した

甘茶(あまちゃ)をかける様になったんですね。









西本願寺・2018 花まつり8
ではワタクシも、お釈迦様に甘茶をかけてお祝いすべく

メインスタンドへ、いざいざ~。   ~~(  ̄人 ̄)



色とりどりので飾られた花御堂に、お釈迦様の誕生仏が
祀られています。


それでは、浴盤に張られた甘茶を、柄杓ですくって~・・・、









西本願寺・2018 花まつり9
トロ~リと・・・、


お釈迦様、お誕生日おめでとうございます~・・・、 ( ̄人 ̄)



いや、

南無釈迦牟尼仏~・・・。 ( ̄人 ̄)



う~ん、そう言えば、こういった「花まつり」ではどうお参りするのが
しいんでしょうかね。 (^^;)









西本願寺・2018 花まつり10
良く分からないまま、改めて、お釈迦様のお姿を拝見。 (^^;)


甘茶でテカテカになっておられます。 (^^;)



それにしてもホント、お釈迦様の周りには色鮮やかな花々が
りばめられて、何とも華やかな限り。


2500年前のこの日におまれになった時も、本当にこの様な
情景だったのかも知れません。









西本願寺・2018 花まつり11
こちらでは甘茶の御接待も頂けるんですね、ありがとうございます~。


ほんのりと~くて、おいしい。 (^^)


ちなみに甘茶とは、アジサイ科のヤマアジサイの変種で小甘茶
(こあまちゃ)という植物から作られるそうな。


よく聞く甘茶蔓(あまちゃづる)とはまた別物らしく、何気に
ややこしい。 (^^;)









西本願寺・2018 花まつり12
甘茶だけでなく、飴ちゃんも頂けるデスカッ! w(*゚∇゚*)w



いや、無料で頂けるものには何にでもテンションががったり。 (^^;)









西本願寺・2018 花まつり13
缶入りのサクマドロップスで、パッケージは「花まつり」仕様。


これは何気にレア品! (*゚д゚*)


いや、これはどちらかと言うと、訪れたさなお子様向けに
配られているものなんですね。



勢いでワタクシも頂いてしまい、恐縮です。 (^^;)









西本願寺・2018 花まつり14
佛ったまげアート」。



フト振り返って気付いたんですが、白象前にこれまたぶっ飛んだ
ネーミングの撮影コーナーが。 (^^;)


でもなるほど、これは人間の目の錯覚を利用した、トリックアート
の撮影コーナーなんですね。









西本願寺・2018 花まつり15
失礼しまして1枚、パチリ♪


おお、蓮の花に座った人が空中浮遊している様に見えますよ。


肉眼で見ると平面のシートに座っているだけに見えるのに、
写真に撮ると浮いているように見えて、


これは不思議。 (^^;)









西本願寺・2018 花まつり16
さて、花まつりのイベントとしては、以上で終了なんですね。



う~ん、何とも地味な限り。 (^^;)    ←(コラコラ)


いやホント、キリスト教のクリスマスとは対照的だな~と、
改めて感じたワケでありまして。 (^^;)









西本願寺・2018 花まつり17
人出も少なく空いているので、ち着いてお参り出来るのは
有り難い限りなんですが。 (^^;)



では各お堂でお参りしてから、おいとましましょうか。



まずは御影堂(ごえいどう)から。 ( ̄人 ̄ )~~









西本願寺・2018 花まつり18

御真影(木造)


・親鸞聖人(しんらんしょうにん)




鎌倉時代の中期に、浄土真宗を開かれた「親鸞聖人」が
祀られている御堂なんですね。 ( ̄人 ̄)



441枚の畳が敷かれ、1200名以上が一度に参拝できる広さ
という外陣(げじん)には、思わず圧倒されます。









西本願寺・2018 花まつり19
お次は、渡廊下を通って阿弥陀堂へ。 ~~(  ̄人 ̄)



ちなみに本日は、「花まつり」がメインなので、西本願寺の詳しい
沿革等についてはまたの機会に。 (^^;)









西本願寺・2018 花まつり20
外から拝見すると、「御影堂」・「阿弥陀堂」と、並びになって
いるんですね。


今から向かう「阿弥陀堂」が、一般的なお寺で言う御本堂
当たるそうな。



いずれも国宝で、何より建築物としての巨大さに改めて驚き。









西本願寺・2018 花まつり21

御本尊


・阿弥陀如来像(あみだにょらいぞう)




なもあみだぶつ~・・・。 ( ̄人 ̄)



お勤め中ながら、またさらっと御堂内をってしまったり。 (^^;)






さて、また長居したので、そろそろおいとましましょうか。


御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)









西本願寺・2018 花まつり22
しかしながら総合案内所でお聞きした所、西本願寺では御朱印は
されていないとの事。 (゚д゚)


これは確かに、れていました。 (^^;)



御朱印にお守りの様な特別な力を期待するのは、浄土真宗の
えにそぐわないとの理由からなんですね。









西本願寺・2018 花まつり23
その代わりとして、参拝記念の記念スタンプがご用意
されています。


3種類の絵柄があるんですか。


もちろん全部押させて頂きます。 (^^;)



では最後に御礼を、本日はありがとうございました~。 ( ̄人 ̄)









西本願寺・2018 花まつり24
さてさて、そんなこんなで、京都市・下京区は「西本願寺」
(にしほんがんじ)。


この界遺産の大きな寺院でも毎年、お釈迦様の誕生日をお祝い
する仏教行事・花まつりが催されているんですね。


何気に童心に返って楽しませて頂きました。 (^^;)



それにしても約2500年も前に、人間が苦悩と向き合う宗教である仏教を
既に確立していたお釈迦様とは、一体どんな人物だったんでしょうか。


今回はお釈迦様の生誕のくだりしか紐解けませんでしたが、
またいつか、詳しい考察もせねばと・・・。 ( ̄人 ̄)




ちなみに当ブログで「花まつり」を取り上げるのも、今回が
めてだったりするんですよね。


来年も機会があれば、どちらかの寺院で「花まつり」に参加
したいと思います。 (^^)






powered by TomiryuMap






社寺巡り 京都・2017年 秋期特別公開 「現光寺」(げんこうじ)
2017/11/26
の続きで、


お次は同じ特別公開の、常念寺(じょうねんじ)へ向かっています。



実際の公開期間はもうとっくにわっている上に、更新もり気味
なので頑張らねば。 (^^;)









常念寺1
名残惜しいですが、この自然豊かでのどかな風景の木津川市とも

ここでおれを・・・。 (´д`) ノ~




そんなワケで、またまた初公開のお寺を目指すべく・・・、









常念寺2
お次は相楽郡(そうらくぐん)・精華町(せいかちょう)へ。



電車だと20分ほどの乗車で移動できるんですが、それにしても
同じ京都でありながら、こちらも滅多に


れる機会のない場所だな~と。 (^^;)









常念寺3
これまたのどかな風景。 (^^;)     ←(コラ)



でもでも、こういった郊外のエリアをメインターゲットとするのが
近年の本特別公開シリーズのトレンドなのかも。



そんな事を言いつつ、周りの風景をしみながらお寺を目指す
ワケであります。 (^^;)









常念寺4
そんな中、入り組んだ住宅街の中にフト現れた常念寺



こうして入口におなじみのい案内看板が掲げられていなければ

通りしてしまいそうな趣。 (^^;)     ←(コラコラ)



でもホント、外観を拝見すると全く観光寺な雰囲気ではないので、
普段はひっそりとした檀家寺なのでしょう。



ちなみに最寄り駅はJR・祝園(ほうその)駅か、近鉄・祝園駅
で、いずれも徒歩12分程と交通は至便。









常念寺5
それでは失礼しまして、正面から山門を1枚、パチリ♪


場所柄でしょうか、本シリーズとしてはしく参拝者も少なく、
特別公開の空気感もい感じですね~。



いや、その方がち着いて拝観できるので、ワタクシ的には
りがたいんですが。 (^^;)









常念寺6
何はともあれ、拝観料800円をお納めしてから。


また受付を素通りして潜入しようとしてるし。 (^^;)









常念寺24
それでは拝観券を受け取り、めまして潜入をば~。 ~~(  ̄人 ̄)



ちなみにこちら常念寺さん、境内を含めて全面撮影禁止との事。

なかなかにしい。 (^^;)



それでは山門の外から、やや盗撮気味に潜入~。 (^^;)









常念寺7
常念寺の開基や年代などは不詳ながら、寺録によると天台宗
属した室町時代の創建と伝わる。

(以下、お寺の駒札・拝観の手引き等より抜粋。)





山号を慈親山(じしんざん)と号するこちら常念寺、現在は檀信徒さん
170軒ほどの檀家寺なんですね。


よって普段は当然ながら拝観謝絶だそうな。 (^^;)









常念寺8
これまた遠目から、境内の灯籠と縁台の対比で1枚、パチリ♪ (^^;)





その後、融通念仏宗(ゆうづうねんぶつしゅう)に改め、寛正二年
(1461)に随空恵順(ずいくうえいじゅん)上人によって中興された。





元々ここは、小さな草庵だったそうな。

それを随空上人が中興として、立派なお寺に建て替えられたワケですか。









常念寺9
あまり境内を撮っていると怒られそうなので、お寺の外観もパチリ♪ (^^;)





その後、江戸時代後期の天保四年(1833)に円空隣粲(えんくうりんえい)
上人が本堂や庫裡を修改築して再興









常念寺10
昭和六十三年(1987)には堅心道念(けんしんどうねん)上人により
堂・庫裡が再々建立され現在に至る。





それにしても、現在は融通念仏宗とは、あまり見られない宗派の
お寺で、少々珍しい様な。



でも天台宗から派生した宗派なので、そういう点では不思議では
ないのかも。 (^^;)









常念寺11
さて、いよいよ御本堂へお参りに向かいましょう。



これまた寺域のから、何とか1枚。 (^^;)









常念寺12

御本尊


・阿弥陀如来立像(あみだにょらいりゅうぞう)
 
 江戸時代作・像高105.9cm





お賽銭をすべり込ませ、


手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)  




天野旗本がこちら常念寺を菩提寺としていた事から、円空上人の
再建時に寄進・建立されたお像になるそうな。



ちなみに創建当時の御本尊は現在、左脇壇に祀られ、来迎印を
結んだ「阿弥陀如来坐像」様なんですね。



合わせてお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









常念寺13
本堂内の中央に祀られた・御本尊様はこの様なお姿をされているとか。



いや、秘仏ではないんですが、お厨子の奥に隠れていて、どうしても
お姿が拝見できないんですよね。









常念寺14
なのでこうして係りの方にお願いして、ご説明用の資料から各仏様の
お姿を確認するワケであります。 (^^;)



ちなみにこちらは許可を頂いて撮影しておりますので念の為。 (^^;)









常念寺15
さて存分にお参りしたあとは、薬師堂へ。


こちらには国の重要文化財に指定されている菩薩形立像
(ぼさつけいりゅうぞう)が祀られているんですね。



それではお邪魔します~。  ~~(  ̄人 ̄)









常念寺16
もちろんこちらも撮影禁止なので、画像は朝日新聞のり抜きより
1枚拝借を。 (^^;)




・菩薩形立像(ぼさつけいりゅうぞう)
 
 弘仁~貞観年間 春日仏師作 像高2.03m  欅の一木造




明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の時、近くの祝園(ほうその)
神社の境内にあった薬師寺に祀られていたお像だそうな。


現在はこちらに客仏として祀られているんですね。 ( ̄人 ̄)



当時のこちら周辺は天野旗本が管理しており、その配下に
祝園神社の宮司さんが居られ、

そういった祝園神社の関係者が常念寺を菩提寺とした事が
一連の御縁となったワケですか。









常念寺18
元は観音菩薩と考えられるこちらの仏様、かつては薬師如来
として祀られていた時代があったそうな。



薬師如来の象徴でもある薬壺(やっこ)を持つ形の手が、こうして
残っているのは興味深い。 (゚д゚)



それにしても、をすげ変えて観音様からお薬師様にわって
頂いたというのは

めて聞いたかも。 (^^;)




「七仏薬師経」というお経の中に説かれている吉祥薬師如来は、
暴風雨や水害を鎮めるという独特の御功徳がある事から、

こちらの仏様を吉祥菩薩と呼ぶ人もいるとか。









常念寺17
常念寺の東方を流れる木津川は昔から大変水害の多い川で、
これまで多くの人が水難で亡くなっているそうな。



そうした方々の水難供養、そして天変地異・災難除けを願い、
こちらの仏様に観音様からお薬師様に成りわって頂いて

当時の人々はおすがりしたのかも知れません・・・。









常念寺21
さて、またずい分長居しました。


日も暮れて来たので、そろそろおいとましましょうか。



おっと、庫裡で御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)









常念寺22
書き置きのみとの事ですが、「薬師菩薩」(やくしぼさつ)
と書かれてあります。


一見すると、「薬師如来」の書き違いかと思ってしまいますが、
でもでも、先ほどのエピソードを辿って行くと

この表記に妙に納得。 (^^;)



仏様の名称分類で「薬師菩薩」という位は存在しないので、

ある意味レアな御朱印かも。 (^^;)









常念寺23
さてさて、そんなこんなで、京都・2017年 秋期・特別公開
「常念寺」 (じょうねんじ)。


精華町は北東の木津川にほど近く、ひっそりと佇むお寺で
良いお参りをさせて頂きました。 (^^)



古来より水害が多いこの地域で、多くの方々のを救って
来られた菩薩形立像様は、特に印象的でしたね~。


ホント、特別公開でないとお会い出来ない御縁に、

改めて感謝を・・・。 ( ̄人 ̄)




さて、毎度のスローペースによる参拝の為、今回も
2ヵ所止まりながら、

でも内容の濃い特別拝観で、ワタクシ的には大満足。 (^^;)


そう言っている内に、来年には4月27日(金)~5月6日(日)
の日程で、早くも春季特別公開が決定しているんですね。



最近は何かとめの姿勢が著しい本催し。


来春のラインナップが今からしみです・・・。 (^^;)






powered by TomiryuMap






11/5(日)。 京都府・木津川市は「現光寺」(げんこうじ)へ行って
参りました。



さっそくながら今回の木津川市、これまたあまり訪れる機会の
ない場所なんですよね~。







現光寺1
なので、この自然豊かな木津川の風景も楽しみながら、お寺を
目指しているワケであります・・・。 ~~(  ̄人 ̄)



いや、またグズグズしていると閉門のお時間がすぐに来るので、
散策はほどほどに。 (^^;)




そんな事を言いつつも、、本日のお目当ては、コチラ









2017年 京都・秋季:非公開文化財 特別公開 その2-1
先日、→2017年 京都・秋季:非公開文化財 特別公開 その2 2017/09/30
の記事で ご紹介しました

”京都古文化保存協会”が主催する、秋期「特別拝観」で、


まずはシリーズ第一弾のレポになります。 (^^)



ちなみに今回の公開箇所は、京都でも最南端の木津川市周辺が
メインなんですね。


なので交通アクセスがやや心配でしたが・・・、









現光寺2
でもでも最寄り駅はJR・加茂駅で、徒歩約15分位で行ける模様。



駅チカと言ってもいい位の距離で、一安心だったり。 (^^;)









現光寺3
そうこうしている内に、目指す現光寺への道しるべが見えてきました。



おや、案内をよく見ると、近くに臨時駐車場が用意されている様ですよ。


本特別公開では公共交通機関での来場が基本だと思っていたので、
こうした無料の臨時駐車場のご用意は、何気にご親切だな~と。



いや、本日お車で来ていないワタクシには関係な事なんですが。 (^^;)









現光寺4
坂道を登り切ると、お堂が見えてきました。



おなじ特別公開でも、京都市内からはかなり離れているので、

公開ながらも、参拝者はややなめ。 (^^;)









現光寺5
観光寺でもないので、少々マニア向けかも。 (^^;)   ←(コラ)



それにしても見た感じ、主要なお堂は御本堂くらいなので、普段は
無人なんでしょうかね。



いや、無人オーラどころか、


廃寺オーラすら感じたり。 (^^;)   ←(コラコラ)









現光寺6
何はともあれ、こちら受付で拝観料800円のお納めを。 (^^;)



ちなみに今回は、収蔵庫に納められている仏様方が特別に
拝観できるんですね。









現光寺7
でも人の列がちょっと長くなって来たので、くのを待ちましょうか。


その間に、毎度沿革のくだりの方も。 (^^;)





現光寺の創建は定かではないが、寺伝にかつては「釼光寺」と呼んだ
と伝えられ、鎌倉時代中世には存在していた寺院と考えられる。

近世初頭には、荒廃した二間・三間の草庵に尊像が祀られていた
だけで、一時衰退していた様である。

(以下、拝観の手引きより抜粋。)









現光寺8
御本堂の近くには鐘楼堂がありますよ。


でも堂内にはは吊るされておらず、謎です。 (^^;)





江戸時代の初め頃、丹波国篠山の出身で、槇尾山岩松院で修行して
いた雲松実道(うんしょうじつどう)が十一面観音を参拝に
訪れたところ、

その堂舎の荒廃を嘆き、当時南都周辺の寺院をまとめていた興福寺
一条院の眞敬法親王(しんけい ほっしんのう)に願い出て、
藤堂藩などの賛同により延宝九年(1681)、堂舎を新たに再興された。





雲松は律宗の僧で、当時ここを厳しい律宗道場とされたそうな。


ちなみにこの辺りから皇室との関わりが出来たんですね。









現光寺9
チョト失礼しまして、御本堂をろ側から1枚、パチリ♪ (^^;)

ひなびた趣の中にも、四方に回廊が巡らされて、立派な造りですね~。





雲松がいつ頃現光寺を訪れたのか定かではないが、現光寺を再興する
直前の延宝七年(1679)、奈良の山村にある円照寺の開山・大通文智
(ぶんち)女王や、侍僧文海尼らに招かれ、円照寺で菩薩戒を授けている。









現光寺10
丘の外れには歴代の御住職のお墓でしょうか。


静かにお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)





雲松と円照寺の繋がりは深く、円照寺には雲松によって授け
られた菩薩戒の礼状や、東福門院より拝領した聖観音を現光寺に
送った書状などが伝えられている。

現光寺を再興後、宝永四年(1707)四月廿二日に、現光寺で示寂するが、
その後も藤堂藩の庇護もあって現光寺と円照寺の関係は続いた。





現光寺は当時から檀家の無いお寺だったそうな。


藤堂家の援助が無くなった頃から急速にれてしまったとは、
悲しい限り・・・。










現光寺11
こちらの蔵も、今はちて、蔦に呑み込まれる勢い。


でも見ようによっては、ジブリ的な世界観が感じられ、趣が
あるかも。 (^^;)









現光寺12
さて、このタイミングでそろそろ収蔵庫の方も拝見させて
頂きましょう。


人の列は今一つ空いておらず微妙な感じですが、これ以上
待っていてもキリがない感じなので。 (^^;)



それでは順序良く列にんで、お邪魔します~。  ( ̄人 ̄ )~~



ちなみに内部はいつもの如く撮影禁止なので、写真は
パンフレット他より拝借。 (^^;)









現光寺13

御本尊


・十一面観音坐像(じゅういちめんかんのんざぞう) 重要文化財




お賽銭をすべり込ませ、


手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)




い庫内は大変な人混みで、落ち着かない感じですが、ひとまずは
お参りを。 (^^;)









現光寺14
5体のお像は全て鎌倉時代前半、1200年代初めの制作で、その作風
から運慶・快慶の流れを汲む慶派の仏師作と考えられるそうな。



観音像は基本的に立像なので、こちらの様な坐像は大変珍しい
ですね~。

これは、観音様が普段おられる補陀落山(ふだくさん)での
お姿を表したお像なんですね。



保存状態も大変良好な事に驚き。


1800年代に御本堂が火災に見舞われながらも、良くぞこの
平成の時代まで無事に残ったものです・・・。 ( ̄人 ̄)









現光寺25
れ長で涼し気な目元、キリっとき締まった胴、そして
流れる様な衣のラインはいずれもしく印象的。



これらのお像の特色、実は鎌倉時代の作風ではなく、それ以前の
奈良時代・天平文化における観音像の特色だとか。 (゚д゚)



鎌倉期から見るとクラシカルな彫刻要素を取り入れたのは、
制作者が当時、主に南都周辺で活動していたからでしょうか。



こういった仏像における歴史に思いを馳せるのも、
また社寺巡りの白い所だったり。 (^^;)









現光寺26
お次は御本尊を取り巻く四天王像を拝見。

四天王像にもいくつか様式があり、こちら現光寺のお像群は
大仏殿様(だいぶつでんよう)四天王像と呼ばれるそうな。


南都復興の時期、奈良・東大寺大仏殿の四天王像と
同じ形式の造りなんですね。



ちなみにこちらの四天王像、普段は奈良国立博物館に寄託
されており、今回の特別公開に合わせて帰りされたとか。 (゚д゚)




こういった限られた機会で仏様方と御縁が結ばれるのも、
また特別公開ならでは。 (^^;)









現光寺15
本様式のお像には持物(じもつ)と、そしてそれぞれの彩色
(さいしき)に特徴があるんですね。



持国天:煩悩を打ち砕く法具である「三鈷杵」(さんこしょ)を持ち、
       お腹の部分にはが残っているのが見て取れる。

増長天:古代中国の武器である「戟」(げき)を持ち、首元に
       が残っている。

広目天:「筆」と「巻子」(かんす)を持ち、首元にはが残る。

多聞天・「宝塔」と「戟」(げき)を持ち、左脇にが残っている。



こうして拝見すると、四天王像にはそれぞれイメージカラーが
あったとは。 (^^;)     ←(表現)




でもホント、残念ながら今では彩色の殆どが剥落しながらも、
原型がここまで完全に保たれているのには驚き。




改めて、御本尊様と合わせて、お参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









現光寺16
ちなみに収蔵庫は代目で、近年、防火設備・湿度管理が整えられ、
重文である御本尊方をより安全に安置する為に再築されたそうな。



まだ新しく、るい収蔵庫内で良いお参りをさせて頂きました。 (^^)









現光寺17
さて、最後に御本堂でもお参りをさせて頂きましょう。


は閉まっていますが、中の御本尊様に向かい、お参り~。 ( ̄人 ̄)  




いや、よくえると、御本尊様方は先ほどの収蔵庫に祀られて
いるんでした。 (^^;)


現光寺は御住職が不在の無住のお寺なので、この様な形で
仏様方を守っておられたんですね。









現光寺18
という事は逆に、御本堂のは今どうなってるんでしょうかね? ( ゚д゚)



試しに係りの方にお聞きしてみると、お堂内はほぼっぽの状態との事。


なるほど、リアルがらん堂なワケですか。 (^^;)



ちなみに僅かに厨子等が残っているものの、中はれた状態だそうな。



いや、ワタクシ的にはそれでも構わないので、出来ればこちら御本堂内も
特別公開して頂きたかった所。 (^^;)   ←(マニアックすぎ)









現光寺19
ちなみに御本堂の四方を取り巻く廻り縁(まわりえん)は、かつての
近隣の方々によって寄進されたものだとか。


その証として、こうして擬宝珠(ぎぼし)にそれぞれの銘が残されて
いるんですね。


毎度の詳しいご説明も、りがたい限り。 (^^;)



それにしても、今も檀家さんが居ないという現光寺。

そんな現状ながら、先ほどの収蔵庫も今の近隣の方々による寄付に
よって建てられたとは、


如何に大切にられているか、伺えます・・・。 ( ̄人 ̄)









現光寺21
さて、またずい分長居しました。


本日はもう一ヵ所りたいので、そろそろ次へ向かいましょうか。









現光寺23
おっと、受付に戻って御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)


御本尊様である、「十一面観世音」(じゅういちめん
かんぜおん)と書かれています。



現光寺は無住の為、近くの海住山寺(かいじゅうせんじ)と
兼務される御住職による書き置きなんですね。



ありがとうございます~。 ( ̄人 ̄)









現光寺24
さてさて、そんなこんなで、京都・2017年 秋期・特別公開
「現光寺」 (げんこうじ)。


かつては藤堂藩、そして皇室とも繋がりの深かった歴史ある
古寺で、良いお参りをさせて頂きました。 (^^)


昔も今も檀家さんが居ない中、地域の方々によって
手厚くられているのが、特に印象に残ったり・・・。 ( ̄人 ̄)




そんな良いお参りの余韻を残しつつ、次へ向かいたいと
思います。 (^^;)






powered by TomiryuMap






10/1(日)。 京都市・右京区は「轉法輪寺」(てんぽうりんじ)へ
行って参りました。



さて、本日のお目当ては、コチラ。






轉法輪寺25
2017年・「京都浄土宗寺院・特別大公開」! (゚д゚)



先日の、→2017年 京都浄土宗寺院・特別大公開 2017/08/31
記事で ご紹介したシリーズになりますが、

今年で早くも4回目の開催になるんですね。



京都府内に約600ヶ寺の浄土宗寺院があるものの、そのほとんどが
非公開だそうな。


そんな中、普段お寺や浄土宗の教えになじみのない人にもしんで
もらおうと、

「浄土宗京都教区」が10/1(日)~10/15(日)まで、京都府内の48カ寺
特別公開を行われるんです。



年に1度の特別な催しに、ワタクシも初日から喜び勇んで出向く
ワケであります・・・。 ~~(  ̄人 ̄)







「御室・仁和寺
轉法輪寺1

そう言いつつも、本日はこちら、真言宗・御室派の総本山である

にわでらをスタート。 (゚Д゚)ノ     ←(読み方)




もとい、「にんなじ」と読むんでした。 (^^;)



いや、本日目指すお寺が、ここ仁和寺(にんなじ)のすぐ東どなり
にあるんですね。


ちなみに仁和寺は世界遺産にも登録されている大きな寺院
ですが、当ブログではまだご紹介した事がなかったり・・・。


こちらはまたの機会に。 (^^;)









轉法輪寺2
そうこうしている内に、仁和寺から徒歩約7分ほどで、目指すお寺の
案内が見えてきました。



それにしても、こうして特別公開の案内看板が設置されていながら、
ワタクシ以外に参拝者の姿は見られず。


毎度、特別公開の空気感が薄いのは、本催しの特徴なのかも
知れません。 (^^;)









轉法輪寺3
おや、あちらが山門でしょうか。


お寺の山門としては少々珍しい竜宮造りの様式である模様。









轉法輪寺4
無事に到着した所で、改めまして正面から1枚パチリ♪



よく見ると、門の上層部内に大きな釣鐘が据えられていますよ。


なるほど、こちらの門は鐘楼堂(しょうろうどう)を兼ねた門でも
あるんですね。



さて、何はともあれ一礼し、潜入をば~。   ~(  ̄人 ̄)









轉法輪寺5
掃き清められた前庭は潔感があって、清々しいですね~。





当山の開基である関通(かんつう)上人(1696~1770)は、初め
洛陽の東三本木の辺りにある轉輪寺(今の三本木円通寺)に住持し、

そこで專修念佛の法門を世の人々に説き示されておられた。

(以下、お寺の栞より抜粋。)









轉法輪寺6
それにしてもホント、特別公開でなければ一般の人はこの境内
入る事すら出来ないんですよね。


改めて本催しに感謝せねば。 (^^;)





その後、上人の歳と共に帰依の信者は増え、その地の狭隘を憂い、
別の地を探求されていた所、洛陽の西の方、しかも一条通りの
突き当たり北野の地である事に気づかれた。










轉法輪寺7
背景には御本堂との対比で、1枚パチリ♪

参道脇に咲くの花、(はぎ)がちょうど見頃。 (^^)





ようやく宝暦六年(1756)の春、当時既に廃寺となっていた北野
円通寺というお寺をり受け、彼と此との寺名を換えて、そこに
轉法輪寺と名づく寺を創建する事を決意されたのである。









轉法輪寺8
その後、様々な方の帰依を受けて宝暦八年四月、殿堂庫裡の
竣工を遂げ、本尊阿弥陀如來の新彫成って開眼供養
並びに入佛大會の法要を勤修されたのである。





なるほど、創建は江戸時代と、それほど深くは無いものの、
後の大正期における北野から御室への、

大掛かりな移転を経て現在に至るワケですか。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺9
遅くなりましたが、本日はこのタイミングでおめを。 (^^;)


あとは手水舎を背に、最終の参道を抜けて受付へ向かいます。



ちなみに御開基の「関通」とは、正式名ではないんですね。


お上人の、とある江戸からの帰り、箱根の関所で通行手形を
見せる旅人を見て、人間界の苦しい道も

南無阿弥陀仏という手形」があれば通る事ができる、と考えた
事からその名が付けられたそうな・・・。



浄土宗において、それほど「南無阿弥陀仏」は重要なお念仏
なんですね。



なむあみだぶ、なむあみだぶ~・・・。 ~~(  ̄人 ̄)









轉法輪寺10
お念仏を唱えながら、やっと受付に到着。 (^^;)



それでは、改めて呼吸を整えまして、いざ潜入~。



おっと、拝観料300円をお納めしてから。 (^^;)



加えていつもの如く、内部は撮影禁止なので、公式サイト、
栞ほかより拝借を。 (^^;)




と思いきや・・・、









轉法輪寺11
お堂内は全面撮影OKとの事。 (゚д゚)



それでは恐縮ながらも、お堂内の全景を1枚。 (^^;)




御本尊


・阿彌陀如來(あみだにょらい)  江戸時代作




何はともあれ、心めてお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)





それにしても、坐像でありながら大変きなお姿。


なんと御丈約7.5m(二丈四尺)、京都最大の阿弥陀様で、
御室大仏(おむろだいぶつ)と呼ばれるそうな。


お寺創建の折に桜町天皇の追福の為に造られたお像
なんですね。



近くで拝見すると、ホント圧倒される大きさ。



威風堂々たる阿弥陀様に、今一度お参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺12
さて、参拝者も幾分えて来たので、そろそろ適当なお席に
着いておきましょうか。


もうすぐ御住職によるお寺のご説明と、説法が始まる時間
ですので。 (^^)



それにしても、それぞれのお席の前に木魚がありますが、
何なんでしょうかね。 


参拝者全員で木魚をきながら、お念仏をえたりして。 (^^;)









轉法輪寺13
御住職のお話しによると、まさにそのりとの事。 (^^;)



轉法輪寺は御本堂しかお参りする所がないので、それならば、
その御本堂でお寺を堪能して頂こうと企画されたとか。



御本尊の阿弥陀様に向かい、「南無阿弥陀仏」
唱えるのが浄土宗寺院でのお参りの仕方なんですね。


加えて、木魚を打ちながらのお念仏とはなかなかに本格的



いや実はワタクシ、木魚というものをこれまで打った事が
殆どいので。 (^^;)



ちなみに「南無阿弥陀仏」は、数く唱えるほどに効果があり、
1セット約15分の1,000回位が一般的だそうですが、


普段慣れていない人だと15分でもかなりい修行になるらしく、
本日は約5分の300回くらいとの事で、良かった~。 (^^;)









轉法輪寺14
ポクポク ポクポク・・・、



なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、

(  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ
(  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ




う~ん、こういう時の5分って、く感じるんですよね~。


いや、最初は真面目に木魚を打ちながら唱和していたんですが、
次第に雑念が入って集中力が切れるし。 (^^;)



開始2分ほどでくも、

手首が腱鞘炎になる~。 (;´д`)ノシ     ←(軟弱すぎ)




開始3分ほどで、

む~、む~~。 (;´д`)ノシ    ←(大げさ)




そして開始4分頃には・・・、

あむなみだぶ、だぶあみなむ、 (;´д`)ノシ  ←(噛み噛み)









轉法輪寺15
そして、長~い5分を乗り切って、無事に唱和終了。 (; ̄人 ̄)



終盤は呂律も怪しくなりましたが、でもでもワタクシ的には

予想外に達成感が得られて良かった。 (^^;)



ちなみに御住職が普段の修行では、大体1時間一区切り位で
唱えられるというからスゴイ。









轉法輪寺16
さてその後は、大正期のお寺移転についてお話頂けるんですね。



北野から御室までの約2kmの道のりを、この巨大な仏様を移動
させるのは大掛かりだった模様。

まだトラックや重機もい時代だったので、大変だった事でしょう。



当時、北野には既に市電が走っており、線路や電線を掻い
潜りながら、櫓に載せた仏様を運んだそうな。


でもその道中、どうしても一ヵ所だけ大仏様のが引っ掛かる
場所があり、

市電の電線を切断するか、大仏様の頭部を切断して
電線の下を潜らせるかの決断を迫られたとか。









轉法輪寺17
最終的に、「大切な仏様のを切る訳にはいかない」と、
市電側からの申し出で電車を止めて電線を切断し、

大仏様は解体される事なく無事に通り抜けられたそうな。



なるほど、その様ないきさつを経て、今はこちらに静かに
られていたんですか。


こうして傷の無い大仏様にお参りできるのは、市電のらい
があってこそだったんですね。


感謝しつつ、めてお参りさせて頂きましょう・・・。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺18
御本尊様の後ろ側には、これまたくのお像が祀られて
いるんですね。



こちらも順にって行きましょう。 (^^)









轉法輪寺19

・裸形阿弥陀如来立像(らぎょうあみだにょらいりゅうぞう) 



こちらの仏様は像高・二尺五寸(75cm)で、室町時代は仏師・
賢問子(けんもんし)の作。


納衣(のうえ)を着ずにのままである事から、「裸形阿弥陀像」
と呼ばれるそうな。



それにしても、御本尊である大仏様とは対照的に、コンパクト
なサイズですね~。

その差、実に10分の1。 (^^;)


それもそのはず、子供の頃の阿弥陀様を表しているから
なんですね。


代々天皇家において、御子息方の守り仏として祀られてきた
というエピソードにも納得したり。



ちなみにこの様な仏像は日本に五体しか現存せず、大変に
貴重な様式の仏様だそうな。



正に、この特別公開によってお会い出来た御縁に、改めて

感謝を・・・。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺20

・孝譽現有上人・博多人形像


総本山の知恩院では第79代目、こちら轉法輪寺では第14代目
の御住職であった

山下現有上人が、99歳の時のお姿を表したお像だそうな。



103歳まで御存命された事から、長寿の御利益があるとか。



ワタクシもこれからまだまだ、

ぶとく生きられます様~。 ( ̄人 ̄)    ←(何かとしぶとい)









轉法輪寺21
っくりした~。 (゚д゚;)



近くからぬ~っと気配を感じたなと思ったら、

御開基である関通上人のお像でしたか。 (^^;)



いや、あまりにリアルな造りで、少々驚いた。 (^^;)



沿革にもありましたが、上人は箱根の関所になぞらえて、

極楽への道を所と模し、多くの人々をして来られ
たんですね。


最後ながら、改めてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺22
さて、またえらく長居して、閉門のお時間に。


またいつものパターンで、一番最後のご退場になって、
あらら。 (^^;)



それでも、受付で御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)









轉法輪寺23
オッホー、これまたカッコイイアート系御朱印!  w(*゚∇゚*)w



御本尊である大仏様のお姿を淡くトレースした背景に、

「阿弥陀大佛」(あみだだいぶつ)と書かれています。


本・特別大公開限定の御朱印だそうな。



帰り際のタイミングで妙にテンションががりましたが、

でもでも、こういった機会でのみ頒布されるスペシャル
御朱印を頂くのもまた、


特別公開拝観の醍醐味かも知れません。 (^^;)









轉法輪寺24
さてさて、そんなこんなで、2017年・京都浄土宗寺院・特別大公開
「轉法輪寺」(てんぽうりんじ)。


御室の地にかに佇むお寺で、良いお参りをさせて頂きました。

京都で一番きな阿弥陀大仏様は、圧倒的な大きさで、
強く印象に残ったり・・・。 ( ̄人 ̄)


加えて、短いながら5分間の木魚・お念仏チャレンジも
良い経験になったり。 (^^;)



それにしても、毎度参拝者もなく、アットホームな雰囲気の
特別公開というのは、京都でもしいかも知れませんね~。



年に一度、多くの門戸がかれる、浄土宗寺院特別大公開。

また機会があれば、多くの阿弥陀様と御縁が結ばれるべく
巡って行きたいと思います。 (^^)






powered by TomiryuMap