社寺巡り 京都・2017年 秋期特別公開 「現光寺」(げんこうじ)
2017/11/26
の続きで、


お次は同じ特別公開の、常念寺(じょうねんじ)へ向かっています。



実際の公開期間はもうとっくにわっている上に、更新もり気味
なので頑張らねば。 (^^;)









常念寺1
名残惜しいですが、この自然豊かでのどかな風景の木津川市とも

ここでおれを・・・。 (´д`) ノ~




そんなワケで、またまた初公開のお寺を目指すべく・・・、









常念寺2
お次は相楽郡(そうらくぐん)・精華町(せいかちょう)へ。



電車だと20分ほどの乗車で移動できるんですが、それにしても
同じ京都でありながら、こちらも滅多に


れる機会のない場所だな~と。 (^^;)









常念寺3
これまたのどかな風景。 (^^;)     ←(コラ)



でもでも、こういった郊外のエリアをメインターゲットとするのが
近年の本特別公開シリーズのトレンドなのかも。



そんな事を言いつつ、周りの風景をしみながらお寺を目指す
ワケであります。 (^^;)









常念寺4
そんな中、入り組んだ住宅街の中にフト現れた常念寺



こうして入口におなじみのい案内看板が掲げられていなければ

通りしてしまいそうな趣。 (^^;)     ←(コラコラ)



でもホント、外観を拝見すると全く観光寺な雰囲気ではないので、
普段はひっそりとした檀家寺なのでしょう。



ちなみに最寄り駅はJR・祝園(ほうその)駅か、近鉄・祝園駅
で、いずれも徒歩12分程と交通は至便。









常念寺5
それでは失礼しまして、正面から山門を1枚、パチリ♪


場所柄でしょうか、本シリーズとしてはしく参拝者も少なく、
特別公開の空気感もい感じですね~。



いや、その方がち着いて拝観できるので、ワタクシ的には
りがたいんですが。 (^^;)









常念寺6
何はともあれ、拝観料800円をお納めしてから。


また受付を素通りして潜入しようとしてるし。 (^^;)









常念寺24
それでは拝観券を受け取り、めまして潜入をば~。 ~~(  ̄人 ̄)



ちなみにこちら常念寺さん、境内を含めて全面撮影禁止との事。

なかなかにしい。 (^^;)



それでは山門の外から、やや盗撮気味に潜入~。 (^^;)









常念寺7
常念寺の開基や年代などは不詳ながら、寺録によると天台宗
属した室町時代の創建と伝わる。

(以下、お寺の駒札・拝観の手引き等より抜粋。)





山号を慈親山(じしんざん)と号するこちら常念寺、現在は檀信徒さん
170軒ほどの檀家寺なんですね。


よって普段は当然ながら拝観謝絶だそうな。 (^^;)









常念寺8
これまた遠目から、境内の灯籠と縁台の対比で1枚、パチリ♪ (^^;)





その後、融通念仏宗(ゆうづうねんぶつしゅう)に改め、寛正二年
(1461)に随空恵順(ずいくうえいじゅん)上人によって中興された。





元々ここは、小さな草庵だったそうな。

それを随空上人が中興として、立派なお寺に建て替えられたワケですか。









常念寺9
あまり境内を撮っていると怒られそうなので、お寺の外観もパチリ♪ (^^;)





その後、江戸時代後期の天保四年(1833)に円空隣粲(えんくうりんえい)
上人が本堂や庫裡を修改築して再興









常念寺10
昭和六十三年(1987)には堅心道念(けんしんどうねん)上人により
堂・庫裡が再々建立され現在に至る。





それにしても、現在は融通念仏宗とは、あまり見られない宗派の
お寺で、少々珍しい様な。



でも天台宗から派生した宗派なので、そういう点では不思議では
ないのかも。 (^^;)









常念寺11
さて、いよいよ御本堂へお参りに向かいましょう。



これまた寺域のから、何とか1枚。 (^^;)









常念寺12

御本尊


・阿弥陀如来立像(あみだにょらいりゅうぞう)
 
 江戸時代作・像高105.9cm





お賽銭をすべり込ませ、


手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)  




天野旗本がこちら常念寺を菩提寺としていた事から、円空上人の
再建時に寄進・建立されたお像になるそうな。



ちなみに創建当時の御本尊は現在、左脇壇に祀られ、来迎印を
結んだ「阿弥陀如来坐像」様なんですね。



合わせてお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









常念寺13
本堂内の中央に祀られた・御本尊様はこの様なお姿をされているとか。



いや、秘仏ではないんですが、お厨子の奥に隠れていて、どうしても
お姿が拝見できないんですよね。









常念寺14
なのでこうして係りの方にお願いして、ご説明用の資料から各仏様の
お姿を確認するワケであります。 (^^;)



ちなみにこちらは許可を頂いて撮影しておりますので念の為。 (^^;)









常念寺15
さて存分にお参りしたあとは、薬師堂へ。


こちらには国の重要文化財に指定されている菩薩形立像
(ぼさつけいりゅうぞう)が祀られているんですね。



それではお邪魔します~。  ~~(  ̄人 ̄)









常念寺16
もちろんこちらも撮影禁止なので、画像は朝日新聞のり抜きより
1枚拝借を。 (^^;)




・菩薩形立像(ぼさつけいりゅうぞう)
 
 弘仁~貞観年間 春日仏師作 像高2.03m  欅の一木造




明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の時、近くの祝園(ほうその)
神社の境内にあった薬師寺に祀られていたお像だそうな。


現在はこちらに客仏として祀られているんですね。 ( ̄人 ̄)



当時のこちら周辺は天野旗本が管理しており、その配下に
祝園神社の宮司さんが居られ、

そういった祝園神社の関係者が常念寺を菩提寺とした事が
一連の御縁となったワケですか。









常念寺18
元は観音菩薩と考えられるこちらの仏様、かつては薬師如来
として祀られていた時代があったそうな。



薬師如来の象徴でもある薬壺(やっこ)を持つ形の手が、こうして
残っているのは興味深い。 (゚д゚)



それにしても、をすげ変えて観音様からお薬師様にわって
頂いたというのは

めて聞いたかも。 (^^;)




「七仏薬師経」というお経の中に説かれている吉祥薬師如来は、
暴風雨や水害を鎮めるという独特の御功徳がある事から、

こちらの仏様を吉祥菩薩と呼ぶ人もいるとか。









常念寺17
常念寺の東方を流れる木津川は昔から大変水害の多い川で、
これまで多くの人が水難で亡くなっているそうな。



そうした方々の水難供養、そして天変地異・災難除けを願い、
こちらの仏様に観音様からお薬師様に成りわって頂いて

当時の人々はおすがりしたのかも知れません・・・。









常念寺21
さて、またずい分長居しました。


日も暮れて来たので、そろそろおいとましましょうか。



おっと、庫裡で御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)









常念寺22
書き置きのみとの事ですが、「薬師菩薩」(やくしぼさつ)
と書かれてあります。


一見すると、「薬師如来」の書き違いかと思ってしまいますが、
でもでも、先ほどのエピソードを辿って行くと

この表記に妙に納得。 (^^;)



仏様の名称分類で「薬師菩薩」という位は存在しないので、

ある意味レアな御朱印かも。 (^^;)









常念寺23
さてさて、そんなこんなで、京都・2017年 秋期・特別公開
「常念寺」 (じょうねんじ)。


精華町は北東の木津川にほど近く、ひっそりと佇むお寺で
良いお参りをさせて頂きました。 (^^)



古来より水害が多いこの地域で、多くの方々のを救って
来られた菩薩形立像様は、特に印象的でしたね~。


ホント、特別公開でないとお会い出来ない御縁に、

改めて感謝を・・・。 ( ̄人 ̄)




さて、毎度のスローペースによる参拝の為、今回も
2ヵ所止まりながら、

でも内容の濃い特別拝観で、ワタクシ的には大満足。 (^^;)


そう言っている内に、来年には4月27日(金)~5月6日(日)
の日程で、早くも春季特別公開が決定しているんですね。



最近は何かとめの姿勢が著しい本催し。


来春のラインナップが今からしみです・・・。 (^^;)






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11/5(日)。 京都府・木津川市は「現光寺」(げんこうじ)へ行って
参りました。



さっそくながら今回の木津川市、これまたあまり訪れる機会の
ない場所なんですよね~。







現光寺1
なので、この自然豊かな木津川の風景も楽しみながら、お寺を
目指しているワケであります・・・。 ~~(  ̄人 ̄)



いや、またグズグズしていると閉門のお時間がすぐに来るので、
散策はほどほどに。 (^^;)




そんな事を言いつつも、、本日のお目当ては、コチラ









2017年 京都・秋季:非公開文化財 特別公開 その2-1
先日、→2017年 京都・秋季:非公開文化財 特別公開 その2 2017/09/30
の記事で ご紹介しました

”京都古文化保存協会”が主催する、秋期「特別拝観」で、


まずはシリーズ第一弾のレポになります。 (^^)



ちなみに今回の公開箇所は、京都でも最南端の木津川市周辺が
メインなんですね。


なので交通アクセスがやや心配でしたが・・・、









現光寺2
でもでも最寄り駅はJR・加茂駅で、徒歩約15分位で行ける模様。



駅チカと言ってもいい位の距離で、一安心だったり。 (^^;)









現光寺3
そうこうしている内に、目指す現光寺への道しるべが見えてきました。



おや、案内をよく見ると、近くに臨時駐車場が用意されている様ですよ。


本特別公開では公共交通機関での来場が基本だと思っていたので、
こうした無料の臨時駐車場のご用意は、何気にご親切だな~と。



いや、本日お車で来ていないワタクシには関係な事なんですが。 (^^;)









現光寺4
坂道を登り切ると、お堂が見えてきました。



おなじ特別公開でも、京都市内からはかなり離れているので、

公開ながらも、参拝者はややなめ。 (^^;)









現光寺5
観光寺でもないので、少々マニア向けかも。 (^^;)   ←(コラ)



それにしても見た感じ、主要なお堂は御本堂くらいなので、普段は
無人なんでしょうかね。



いや、無人オーラどころか、


廃寺オーラすら感じたり。 (^^;)   ←(コラコラ)









現光寺6
何はともあれ、こちら受付で拝観料800円のお納めを。 (^^;)



ちなみに今回は、収蔵庫に納められている仏様方が特別に
拝観できるんですね。









現光寺7
でも人の列がちょっと長くなって来たので、くのを待ちましょうか。


その間に、毎度沿革のくだりの方も。 (^^;)





現光寺の創建は定かではないが、寺伝にかつては「釼光寺」と呼んだ
と伝えられ、鎌倉時代中世には存在していた寺院と考えられる。

近世初頭には、荒廃した二間・三間の草庵に尊像が祀られていた
だけで、一時衰退していた様である。

(以下、拝観の手引きより抜粋。)









現光寺8
御本堂の近くには鐘楼堂がありますよ。


でも堂内にはは吊るされておらず、謎です。 (^^;)





江戸時代の初め頃、丹波国篠山の出身で、槇尾山岩松院で修行して
いた雲松実道(うんしょうじつどう)が十一面観音を参拝に
訪れたところ、

その堂舎の荒廃を嘆き、当時南都周辺の寺院をまとめていた興福寺
一条院の眞敬法親王(しんけい ほっしんのう)に願い出て、
藤堂藩などの賛同により延宝九年(1681)、堂舎を新たに再興された。





雲松は律宗の僧で、当時ここを厳しい律宗道場とされたそうな。


ちなみにこの辺りから皇室との関わりが出来たんですね。









現光寺9
チョト失礼しまして、御本堂をろ側から1枚、パチリ♪ (^^;)

ひなびた趣の中にも、四方に回廊が巡らされて、立派な造りですね~。





雲松がいつ頃現光寺を訪れたのか定かではないが、現光寺を再興する
直前の延宝七年(1679)、奈良の山村にある円照寺の開山・大通文智
(ぶんち)女王や、侍僧文海尼らに招かれ、円照寺で菩薩戒を授けている。









現光寺10
丘の外れには歴代の御住職のお墓でしょうか。


静かにお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)





雲松と円照寺の繋がりは深く、円照寺には雲松によって授け
られた菩薩戒の礼状や、東福門院より拝領した聖観音を現光寺に
送った書状などが伝えられている。

現光寺を再興後、宝永四年(1707)四月廿二日に、現光寺で示寂するが、
その後も藤堂藩の庇護もあって現光寺と円照寺の関係は続いた。





現光寺は当時から檀家の無いお寺だったそうな。


藤堂家の援助が無くなった頃から急速にれてしまったとは、
悲しい限り・・・。










現光寺11
こちらの蔵も、今はちて、蔦に呑み込まれる勢い。


でも見ようによっては、ジブリ的な世界観が感じられ、趣が
あるかも。 (^^;)









現光寺12
さて、このタイミングでそろそろ収蔵庫の方も拝見させて
頂きましょう。


人の列は今一つ空いておらず微妙な感じですが、これ以上
待っていてもキリがない感じなので。 (^^;)



それでは順序良く列にんで、お邪魔します~。  ( ̄人 ̄ )~~



ちなみに内部はいつもの如く撮影禁止なので、写真は
パンフレット他より拝借。 (^^;)









現光寺13

御本尊


・十一面観音坐像(じゅういちめんかんのんざぞう) 重要文化財




お賽銭をすべり込ませ、


手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)




い庫内は大変な人混みで、落ち着かない感じですが、ひとまずは
お参りを。 (^^;)









現光寺14
5体のお像は全て鎌倉時代前半、1200年代初めの制作で、その作風
から運慶・快慶の流れを汲む慶派の仏師作と考えられるそうな。



観音像は基本的に立像なので、こちらの様な坐像は大変珍しい
ですね~。

これは、観音様が普段おられる補陀落山(ふだくさん)での
お姿を表したお像なんですね。



保存状態も大変良好な事に驚き。


1800年代に御本堂が火災に見舞われながらも、良くぞこの
平成の時代まで無事に残ったものです・・・。 ( ̄人 ̄)









現光寺25
れ長で涼し気な目元、キリっとき締まった胴、そして
流れる様な衣のラインはいずれもしく印象的。



これらのお像の特色、実は鎌倉時代の作風ではなく、それ以前の
奈良時代・天平文化における観音像の特色だとか。 (゚д゚)



鎌倉期から見るとクラシカルな彫刻要素を取り入れたのは、
制作者が当時、主に南都周辺で活動していたからでしょうか。



こういった仏像における歴史に思いを馳せるのも、
また社寺巡りの白い所だったり。 (^^;)









現光寺26
お次は御本尊を取り巻く四天王像を拝見。

四天王像にもいくつか様式があり、こちら現光寺のお像群は
大仏殿様(だいぶつでんよう)四天王像と呼ばれるそうな。


南都復興の時期、奈良・東大寺大仏殿の四天王像と
同じ形式の造りなんですね。



ちなみにこちらの四天王像、普段は奈良国立博物館に寄託
されており、今回の特別公開に合わせて帰りされたとか。 (゚д゚)




こういった限られた機会で仏様方と御縁が結ばれるのも、
また特別公開ならでは。 (^^;)









現光寺15
本様式のお像には持物(じもつ)と、そしてそれぞれの彩色
(さいしき)に特徴があるんですね。



持国天:煩悩を打ち砕く法具である「三鈷杵」(さんこしょ)を持ち、
       お腹の部分にはが残っているのが見て取れる。

増長天:古代中国の武器である「戟」(げき)を持ち、首元に
       が残っている。

広目天:「筆」と「巻子」(かんす)を持ち、首元にはが残る。

多聞天・「宝塔」と「戟」(げき)を持ち、左脇にが残っている。



こうして拝見すると、四天王像にはそれぞれイメージカラーが
あったとは。 (^^;)     ←(表現)




でもホント、残念ながら今では彩色の殆どが剥落しながらも、
原型がここまで完全に保たれているのには驚き。




改めて、御本尊様と合わせて、お参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









現光寺16
ちなみに収蔵庫は代目で、近年、防火設備・湿度管理が整えられ、
重文である御本尊方をより安全に安置する為に再築されたそうな。



まだ新しく、るい収蔵庫内で良いお参りをさせて頂きました。 (^^)









現光寺17
さて、最後に御本堂でもお参りをさせて頂きましょう。


は閉まっていますが、中の御本尊様に向かい、お参り~。 ( ̄人 ̄)  




いや、よくえると、御本尊様方は先ほどの収蔵庫に祀られて
いるんでした。 (^^;)


現光寺は御住職が不在の無住のお寺なので、この様な形で
仏様方を守っておられたんですね。









現光寺18
という事は逆に、御本堂のは今どうなってるんでしょうかね? ( ゚д゚)



試しに係りの方にお聞きしてみると、お堂内はほぼっぽの状態との事。


なるほど、リアルがらん堂なワケですか。 (^^;)



ちなみに僅かに厨子等が残っているものの、中はれた状態だそうな。



いや、ワタクシ的にはそれでも構わないので、出来ればこちら御本堂内も
特別公開して頂きたかった所。 (^^;)   ←(マニアックすぎ)









現光寺19
ちなみに御本堂の四方を取り巻く廻り縁(まわりえん)は、かつての
近隣の方々によって寄進されたものだとか。


その証として、こうして擬宝珠(ぎぼし)にそれぞれの銘が残されて
いるんですね。


毎度の詳しいご説明も、りがたい限り。 (^^;)



それにしても、今も檀家さんが居ないという現光寺。

そんな現状ながら、先ほどの収蔵庫も今の近隣の方々による寄付に
よって建てられたとは、


如何に大切にられているか、伺えます・・・。 ( ̄人 ̄)









現光寺21
さて、またずい分長居しました。


本日はもう一ヵ所りたいので、そろそろ次へ向かいましょうか。









現光寺23
おっと、受付に戻って御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)


御本尊様である、「十一面観世音」(じゅういちめん
かんぜおん)と書かれています。



現光寺は無住の為、近くの海住山寺(かいじゅうせんじ)と
兼務される御住職による書き置きなんですね。



ありがとうございます~。 ( ̄人 ̄)









現光寺24
さてさて、そんなこんなで、京都・2017年 秋期・特別公開
「現光寺」 (げんこうじ)。


かつては藤堂藩、そして皇室とも繋がりの深かった歴史ある
古寺で、良いお参りをさせて頂きました。 (^^)


昔も今も檀家さんが居ない中、地域の方々によって
手厚くられているのが、特に印象に残ったり・・・。 ( ̄人 ̄)




そんな良いお参りの余韻を残しつつ、次へ向かいたいと
思います。 (^^;)






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10/1(日)。 京都市・右京区は「轉法輪寺」(てんぽうりんじ)へ
行って参りました。



さて、本日のお目当ては、コチラ。






轉法輪寺25
2017年・「京都浄土宗寺院・特別大公開」! (゚д゚)



先日の、→2017年 京都浄土宗寺院・特別大公開 2017/08/31
記事で ご紹介したシリーズになりますが、

今年で早くも4回目の開催になるんですね。



京都府内に約600ヶ寺の浄土宗寺院があるものの、そのほとんどが
非公開だそうな。


そんな中、普段お寺や浄土宗の教えになじみのない人にもしんで
もらおうと、

「浄土宗京都教区」が10/1(日)~10/15(日)まで、京都府内の48カ寺
特別公開を行われるんです。



年に1度の特別な催しに、ワタクシも初日から喜び勇んで出向く
ワケであります・・・。 ~~(  ̄人 ̄)







「御室・仁和寺
轉法輪寺1

そう言いつつも、本日はこちら、真言宗・御室派の総本山である

にわでらをスタート。 (゚Д゚)ノ     ←(読み方)




もとい、「にんなじ」と読むんでした。 (^^;)



いや、本日目指すお寺が、ここ仁和寺(にんなじ)のすぐ東どなり
にあるんですね。


ちなみに仁和寺は世界遺産にも登録されている大きな寺院
ですが、当ブログではまだご紹介した事がなかったり・・・。


こちらはまたの機会に。 (^^;)









轉法輪寺2
そうこうしている内に、仁和寺から徒歩約7分ほどで、目指すお寺の
案内が見えてきました。



それにしても、こうして特別公開の案内看板が設置されていながら、
ワタクシ以外に参拝者の姿は見られず。


毎度、特別公開の空気感が薄いのは、本催しの特徴なのかも
知れません。 (^^;)









轉法輪寺3
おや、あちらが山門でしょうか。


お寺の山門としては少々珍しい竜宮造りの様式である模様。









轉法輪寺4
無事に到着した所で、改めまして正面から1枚パチリ♪



よく見ると、門の上層部内に大きな釣鐘が据えられていますよ。


なるほど、こちらの門は鐘楼堂(しょうろうどう)を兼ねた門でも
あるんですね。



さて、何はともあれ一礼し、潜入をば~。   ~(  ̄人 ̄)









轉法輪寺5
掃き清められた前庭は潔感があって、清々しいですね~。





当山の開基である関通(かんつう)上人(1696~1770)は、初め
洛陽の東三本木の辺りにある轉輪寺(今の三本木円通寺)に住持し、

そこで專修念佛の法門を世の人々に説き示されておられた。

(以下、お寺の栞より抜粋。)









轉法輪寺6
それにしてもホント、特別公開でなければ一般の人はこの境内
入る事すら出来ないんですよね。


改めて本催しに感謝せねば。 (^^;)





その後、上人の歳と共に帰依の信者は増え、その地の狭隘を憂い、
別の地を探求されていた所、洛陽の西の方、しかも一条通りの
突き当たり北野の地である事に気づかれた。










轉法輪寺7
背景には御本堂との対比で、1枚パチリ♪

参道脇に咲くの花、(はぎ)がちょうど見頃。 (^^)





ようやく宝暦六年(1756)の春、当時既に廃寺となっていた北野
円通寺というお寺をり受け、彼と此との寺名を換えて、そこに
轉法輪寺と名づく寺を創建する事を決意されたのである。









轉法輪寺8
その後、様々な方の帰依を受けて宝暦八年四月、殿堂庫裡の
竣工を遂げ、本尊阿弥陀如來の新彫成って開眼供養
並びに入佛大會の法要を勤修されたのである。





なるほど、創建は江戸時代と、それほど深くは無いものの、
後の大正期における北野から御室への、

大掛かりな移転を経て現在に至るワケですか。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺9
遅くなりましたが、本日はこのタイミングでおめを。 (^^;)


あとは手水舎を背に、最終の参道を抜けて受付へ向かいます。



ちなみに御開基の「関通」とは、正式名ではないんですね。


お上人の、とある江戸からの帰り、箱根の関所で通行手形を
見せる旅人を見て、人間界の苦しい道も

南無阿弥陀仏という手形」があれば通る事ができる、と考えた
事からその名が付けられたそうな・・・。



浄土宗において、それほど「南無阿弥陀仏」は重要なお念仏
なんですね。



なむあみだぶ、なむあみだぶ~・・・。 ~~(  ̄人 ̄)









轉法輪寺10
お念仏を唱えながら、やっと受付に到着。 (^^;)



それでは、改めて呼吸を整えまして、いざ潜入~。



おっと、拝観料300円をお納めしてから。 (^^;)



加えていつもの如く、内部は撮影禁止なので、公式サイト、
栞ほかより拝借を。 (^^;)




と思いきや・・・、









轉法輪寺11
お堂内は全面撮影OKとの事。 (゚д゚)



それでは恐縮ながらも、お堂内の全景を1枚。 (^^;)




御本尊


・阿彌陀如來(あみだにょらい)  江戸時代作




何はともあれ、心めてお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)





それにしても、坐像でありながら大変きなお姿。


なんと御丈約7.5m(二丈四尺)、京都最大の阿弥陀様で、
御室大仏(おむろだいぶつ)と呼ばれるそうな。


お寺創建の折に桜町天皇の追福の為に造られたお像
なんですね。



近くで拝見すると、ホント圧倒される大きさ。



威風堂々たる阿弥陀様に、今一度お参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺12
さて、参拝者も幾分えて来たので、そろそろ適当なお席に
着いておきましょうか。


もうすぐ御住職によるお寺のご説明と、説法が始まる時間
ですので。 (^^)



それにしても、それぞれのお席の前に木魚がありますが、
何なんでしょうかね。 


参拝者全員で木魚をきながら、お念仏をえたりして。 (^^;)









轉法輪寺13
御住職のお話しによると、まさにそのりとの事。 (^^;)



轉法輪寺は御本堂しかお参りする所がないので、それならば、
その御本堂でお寺を堪能して頂こうと企画されたとか。



御本尊の阿弥陀様に向かい、「南無阿弥陀仏」
唱えるのが浄土宗寺院でのお参りの仕方なんですね。


加えて、木魚を打ちながらのお念仏とはなかなかに本格的



いや実はワタクシ、木魚というものをこれまで打った事が
殆どいので。 (^^;)



ちなみに「南無阿弥陀仏」は、数く唱えるほどに効果があり、
1セット約15分の1,000回位が一般的だそうですが、


普段慣れていない人だと15分でもかなりい修行になるらしく、
本日は約5分の300回くらいとの事で、良かった~。 (^^;)









轉法輪寺14
ポクポク ポクポク・・・、



なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、

(  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ
(  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ




う~ん、こういう時の5分って、く感じるんですよね~。


いや、最初は真面目に木魚を打ちながら唱和していたんですが、
次第に雑念が入って集中力が切れるし。 (^^;)



開始2分ほどでくも、

手首が腱鞘炎になる~。 (;´д`)ノシ     ←(軟弱すぎ)




開始3分ほどで、

む~、む~~。 (;´д`)ノシ    ←(大げさ)




そして開始4分頃には・・・、

あむなみだぶ、だぶあみなむ、 (;´д`)ノシ  ←(噛み噛み)









轉法輪寺15
そして、長~い5分を乗り切って、無事に唱和終了。 (; ̄人 ̄)



終盤は呂律も怪しくなりましたが、でもでもワタクシ的には

予想外に達成感が得られて良かった。 (^^;)



ちなみに御住職が普段の修行では、大体1時間一区切り位で
唱えられるというからスゴイ。









轉法輪寺16
さてその後は、大正期のお寺移転についてお話頂けるんですね。



北野から御室までの約2kmの道のりを、この巨大な仏様を移動
させるのは大掛かりだった模様。

まだトラックや重機もい時代だったので、大変だった事でしょう。



当時、北野には既に市電が走っており、線路や電線を掻い
潜りながら、櫓に載せた仏様を運んだそうな。


でもその道中、どうしても一ヵ所だけ大仏様のが引っ掛かる
場所があり、

市電の電線を切断するか、大仏様の頭部を切断して
電線の下を潜らせるかの決断を迫られたとか。









轉法輪寺17
最終的に、「大切な仏様のを切る訳にはいかない」と、
市電側からの申し出で電車を止めて電線を切断し、

大仏様は解体される事なく無事に通り抜けられたそうな。



なるほど、その様ないきさつを経て、今はこちらに静かに
られていたんですか。


こうして傷の無い大仏様にお参りできるのは、市電のらい
があってこそだったんですね。


感謝しつつ、めてお参りさせて頂きましょう・・・。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺18
御本尊様の後ろ側には、これまたくのお像が祀られて
いるんですね。



こちらも順にって行きましょう。 (^^)









轉法輪寺19

・裸形阿弥陀如来立像(らぎょうあみだにょらいりゅうぞう) 



こちらの仏様は像高・二尺五寸(75cm)で、室町時代は仏師・
賢問子(けんもんし)の作。


納衣(のうえ)を着ずにのままである事から、「裸形阿弥陀像」
と呼ばれるそうな。



それにしても、御本尊である大仏様とは対照的に、コンパクト
なサイズですね~。

その差、実に10分の1。 (^^;)


それもそのはず、子供の頃の阿弥陀様を表しているから
なんですね。


代々天皇家において、御子息方の守り仏として祀られてきた
というエピソードにも納得したり。



ちなみにこの様な仏像は日本に五体しか現存せず、大変に
貴重な様式の仏様だそうな。



正に、この特別公開によってお会い出来た御縁に、改めて

感謝を・・・。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺20

・孝譽現有上人・博多人形像


総本山の知恩院では第79代目、こちら轉法輪寺では第14代目
の御住職であった

山下現有上人が、99歳の時のお姿を表したお像だそうな。



103歳まで御存命された事から、長寿の御利益があるとか。



ワタクシもこれからまだまだ、

ぶとく生きられます様~。 ( ̄人 ̄)    ←(何かとしぶとい)









轉法輪寺21
っくりした~。 (゚д゚;)



近くからぬ~っと気配を感じたなと思ったら、

御開基である関通上人のお像でしたか。 (^^;)



いや、あまりにリアルな造りで、少々驚いた。 (^^;)



沿革にもありましたが、上人は箱根の関所になぞらえて、

極楽への道を所と模し、多くの人々をして来られ
たんですね。


最後ながら、改めてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺22
さて、またえらく長居して、閉門のお時間に。


またいつものパターンで、一番最後のご退場になって、
あらら。 (^^;)



それでも、受付で御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)









轉法輪寺23
オッホー、これまたカッコイイアート系御朱印!  w(*゚∇゚*)w



御本尊である大仏様のお姿を淡くトレースした背景に、

「阿弥陀大佛」(あみだだいぶつ)と書かれています。


本・特別大公開限定の御朱印だそうな。



帰り際のタイミングで妙にテンションががりましたが、

でもでも、こういった機会でのみ頒布されるスペシャル
御朱印を頂くのもまた、


特別公開拝観の醍醐味かも知れません。 (^^;)









轉法輪寺24
さてさて、そんなこんなで、2017年・京都浄土宗寺院・特別大公開
「轉法輪寺」(てんぽうりんじ)。


御室の地にかに佇むお寺で、良いお参りをさせて頂きました。

京都で一番きな阿弥陀大仏様は、圧倒的な大きさで、
強く印象に残ったり・・・。 ( ̄人 ̄)


加えて、短いながら5分間の木魚・お念仏チャレンジも
良い経験になったり。 (^^;)



それにしても、毎度参拝者もなく、アットホームな雰囲気の
特別公開というのは、京都でもしいかも知れませんね~。



年に一度、多くの門戸がかれる、浄土宗寺院特別大公開。

また機会があれば、多くの阿弥陀様と御縁が結ばれるべく
巡って行きたいと思います。 (^^)






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8/6(日)。 京都市・東山区は「仲源寺」(ちゅうげんじ)へ行って
参りました。







仲源寺1
そんなワケで、ひとまずは鴨川に掛かる団栗橋(どんぐりばし)を
渡って東方向へ。



いや、目指すお寺は四条通にあるので、向こうに見える四条大橋
を渡れば早いんですが、

なに分人通りが多いので。 (^^;)









仲源寺2
続けて川端通も渡って行けばもうすぐですが、う言えば、

ここは京都五花街(ごかがい)の一つである、宮川町
近くにあるんでした。



せっかくなので、少しり道して・・・、









仲源寺3
風情ある街並みを1枚、パチリ♪



結局のところ回りばかりしている様な。 (^^;)



でもでもこの暑い中、京丸うちわが目にも涼やかですね~。


京の花街ではの御挨拶に、芸・舞妓さんがお得意先へ
こうして名入りのうちわを配る風習があるんですね。



芸・舞妓さん同様、なかなか本物はお目に掛かれないので、
何気にラッキーだったり。 (^^)









仲源寺4
寄り道も程々に、やっと目指すお寺が右手にえてきました。 (^^;)



ちなみに八坂神社への参道でもある、祇園商店街の南側に
位置しているんですね。









仲源寺5
対岸に渡って、お寺の前景を1枚、パチリ♪



こうして拝見すると、何とも窮屈そうな佇まい。 (^^;)



いや、もっと言うと、ここにお寺がある事に付かず、

通りしてしまいそうな佇まいでもあったり。 (^^;)   ←(コラ)





さてそんな事を言いつつも、ここ祇園周辺で行われる行事ごとへの
行き帰りは、こちらの「仲源寺」さんの前を通る事も多いんですが、

これまでちゃんとお参りした事が無く、レポをした事もなかったん
ですよね。



いや、祇園周辺で行われる行事といっても、









仲源寺6
舞妓さん撮影が殆どだったりして。 (^^;)



先日8月1日に行われた花街の夏の御挨拶回り・八朔(はっさく)の
撮影に参戦したんですが、

ここ四条通にも多くの芸・舞妓さんが行き交って、とても華やか
なんですよね~。









仲源寺7
でも今年はあまり時間が取れず、途中参戦となったので、
撮れたお写真はな目だったり。 (^^;)



なので今回はフルレンスでの八朔レポが出来ず、でもせっかく
撮りに行ったので、こうして1~2枚でもせておこうかな~と・・・、









仲源寺8
いや、こうしてたびたびこの周辺に舞妓さん撮影に訪れているので、

花街の中心に位置する「仲源寺」さんに、一度はちゃんとお参り
しておきたいな~というのが


今回の趣旨なワケであります。 (^^;)    ←(くだりが長い)





それにしても、この門構えを拝見してい出したんですが・・・、









仲源寺9
舞妓さんのお店出し御挨拶回り撮影に訪れた時、珍しく
こちらが巡回ルートに入り、さらにサービスで山門前にて、


撮影タイムが設けられたんでした。 (゚д゚)



いや、ずい分と以前のお話になるんですが。 (^^;)









仲源寺10
でもホント、それくらい何かと御縁の深いお寺さんなのかも。



山門前で一礼し、ひとまずは潜入をば~。  ~~(  ̄人 ̄)




今回は何かと前へんでいないので、少々き気味で。 (^^;)









仲源寺11
浄土宗に属する寺院で、一般に目疾地蔵(めやみじぞう)の
名で人々に親しまれている。

平安時代の治安二年(1022)、仏師・定朝(じょうちょう)が四条橋
の東北に地蔵菩薩を祀った事に由来する。

(以下、お寺の駒札より抜粋。)









仲源寺12
まずはこちら手水鉢でお清めを。

芳しくないお天気に加えて境内も薄い感じなので、
思わずストロボ撮影。 (^^;)





寺と地蔵菩薩の名の由来は、安貞二年(1228)の鴨川
氾濫時に、勢多判官・中原為兼(せたのはんがん・なかはら
ためかね)が、防鴨河使(ぼうかし)になった際、この地蔵菩薩が
溺れ人を救う姿を見、









仲源寺13
それ以降、地蔵菩薩を「雨止地蔵」(あめやみじぞう)と称し、
中原」の傍らに人と水を添えて寺名とした事による。





なるほど、「仲源寺」の寺名は、鴨川の氾濫から民衆をうべく
朝廷から派遣された、中原為兼の名が由来になっていたんですね。

地蔵菩薩より為兼におげが下ると、たちまち水は引き、
平常の鴨川の姿に戻ったそうな。









仲源寺14
その後、信仰深い老夫婦の眼病を地蔵菩薩自らの右眼
移し、苦しみを救ったという逸話から、いつしか「目疾地蔵」に
なり、現在も眼病治療に霊験があるとして広く信仰を集めている。





この様なエピソードもあって「雨止地蔵」が「目疾地蔵」へと
じたワケですか。



今更ながら妙に納得。 (^^;)









仲源寺15
ちなみに「雨止み」には、知恩院や八坂神社への参詣人が
地蔵堂の軒下で雨宿りした事から、との説もあるとか。




本日は嫌~な空模様ですが、出来ればは降らないで
ほしい所です。


を持って来ていないので。 (^^;)









仲源寺16
そんな事を言いつつも、御本堂へお参りを。 (^^;)




御本尊


・延命地蔵菩薩坐像(えんめいじぞうぼさつざぞう)





丈六サイズのお地蔵様で、きなお姿に圧倒されてしまいます。




では改めまして、お賽銭をすべり込ませ、


手順正しく、心をめてお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)





御本堂の右手には「大黒天」・「天道大日如来」・「北辰妙見大菩薩」・
「道了大権現」がられているんですね。



続けてお参りさせて頂きますが・・・、


お堂前も何気に薄いので、これまたさらっとストロボ撮影。 (^^;)









仲源寺17
おや、そんな事を言いっていると提灯に明かりがりましたよ。 (゚д゚)



り易くして頂き、ありがとうございます~。 ( ̄人 ̄)  ←(偶然です)



空模様に加えてもう暮れなので、点いても当然ですか。 (^^;)






そんな事を言いつつもスキを狙って・・・、









仲源寺18
またお堂内を撮ってしまいました。  (^^;)



もうしわけありません。 (^^;)




でもこうして改めて御本尊様のお姿を拝見すると、かに、

信仰深い老夫婦の眼病を自らの右眼にされたという
エピソード通り、


お地蔵様の右眼が少しく潤んでいる様な・・・。




今一度沿革を噛みしめ、お参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)









仲源寺19
おや、フトお堂内の左手を見ると、京丸うちわが。 (゚д゚)



花街の中心に位置するお寺なので、やはり芸・舞妓さん
からの信仰も厚いのでしょう。



それにしても、こうして京丸うちわが奉納されているお寺さん
というのは


めて見たかも。 (^^;)









仲源寺20
そんな事を言いつつも、続けて境内をって行きましょう。 (^^;)



多くのお地蔵様が祀られているんですね。



順にゆっくりとお参りして行きます。   ~~(  ̄人 ̄)









仲源寺21
境内の一角には立派なお堂があり、これまたひと際きな
仏様が祀られていますよ。 (゚д゚)



元・国宝ながら、現在は重要文化財指定の観音様だそうな。




・千手観世音菩薩坐像(せんじゅかんぜおんぼさつざぞう)




丈六(像高248cm)木彫りの坐像で、平安時代後期は春日
仏師の作と伝わるんですね。



そう言えば山門に掲げられた木札を思い出したんですが、
こちら仲源寺さんは洛陽三十三所観音巡礼の

十六番札所でもあったんでした。 ( ̄人 ̄)



いや、お地蔵様が多く祀られる中、観音様のお姿を拝見して
フト思い出したり。 (^^;)






そんな事を言いつつも、またスキを狙って・・・、









仲源寺22
撮ってしまいました。  (^^;)    ←(コラコラ)



思いのほかアップなお写真になりましたが、でもでも端麗な
お姿で、気品も感じられますね~。
  

さすがに箔は殆ど剥落しているものの、全体的な保存状態が
良好なのは印象的です。



国の重文でもある観音様に、これほどお近づきになれるのも
珍しい事かも知れません。



改めまして、お参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









仲源寺23
さて、分にお参りもさせて頂いたので、そろそろおいとま
しましょうか。



そろそろも降って来そうなので。 (^^;)









仲源寺24
そう言いつつも、しっかりと御朱印は頂いてから。 (^^;)



いや、先ほどから寺務所には明かりが点いて、無人ではない
事が分かっていたので、

安心して長居してたりして。 (^^;)









仲源寺25
書いて頂くお手元もったりして。 (^^;)   ←(怒られますよ)


いや、一応許可は頂いておりますので、念の為。 (^^;)



ここでまた、モノはついでにと、しだけお話のお伺いも。


お寺の歴史的な事をお聞きしつつも、やはり場所柄的な事もあって、
いつしか花街の話題になったんですが、

特に祇園から近い事もあって、芸妓さん・舞妓さんが
サッとお参りに来られる姿が見られるそうな。 (゚д゚)



加えて女将さん方も良く来られるというから、ここはやはり
京都花街の中心に位置するお寺さんなんだな~と、


めてしみじみと感じたり・・・。 ( ̄人 ̄)









仲源寺26
そんなエピソードをお聞きしていると、急に大粒のがバラバラ
と降って来て、背中がたい。 (;´д`)



もっと色々とお聞きしたかったんですが、閉門のお時間も
近かったので、御礼をもそこそこに

御本堂の軒下に避難。 (^^;)









仲源寺27
ちなみに頂けました御朱印がこちら。


「大悲殿」(だいひでん)と書いて頂けました。



「大悲」とは、観音様の大いなる慈悲の御心の事、
そして「殿」は、御堂を意味するそうな。



ちなみに御本尊の御朱印と合わせて2種類あったんですね。

今回は動的に観音様の分に。 (^^;)



宿りさせて頂いている中、めてそれぞれの仏様に

お参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









仲源寺29
そんな事を言っている内に、じきに雨はがったり。


傘を持っていなかったので、リアル雨止み効果にも
感謝を申し上げておいとましましょう。 (^^;)



ありがとうございました~。 m(_ _)m









仲源寺28
さてさて、そんなこんなで、京都市・東山区は「仲源寺」
(ちゅうげんじ)。


丈六のお地蔵様・観音様はきなお姿で、印象的でしたね~。


祇園商店街に面した人通りの多い中、境内は思いのほか
静かで、ち着いたお参りをさせて頂きました。 (^^)



今回は微妙に八朔ネタと絡めましたが、京都花街とも
御縁の深いお寺さんなので、

この機に一応はちゃんとレポできて良かった。 (^^;)



舞妓さん撮影も最近はかなり疎遠になっていますが、

また機会があればめて行きたいと思います。 (^^;)






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7/2(日)。 京都市・上京区は大将軍八神社(だいしょうぐん
はちじんじゃ)へ行って参りました。




さて本日のお目当ては、


茅の輪くぐり! w(*゚Д゚*)w     ←(気合い入ってますね)




いや、先日の→社寺巡り 大阪府・茨木市 「新屋坐天照御魂神社」
(にいやにいますあまてるみたまじんじゃ) 2017/07/15
には、

期待していた茅の輪が設置されてなかったんですよね~。



調べもせずに、ふらりと訪れたのが悪かったんですが。 (^^;)









大将軍八神社1
そうブツブツ言いつつも、一条通を西方向へ向かっていますと、
じきに指すお社が見えてきます。



う~ん、それにしてもこの時点でズブ濡れ状態だったり。


いや、つい先ほどまでも役に立たないほどのゲリラ的な豪雨
だったんですよね。 (^^;)









大将軍八神社2
そうこうしている内に、無事に到着♪



でも何だかんだでお参り前に、こうして降りになって良かった。 (^^;)









大将軍八神社3
何はともあれ一礼し、神門をくぐって潜入をば~。 ~(  ̄人 ̄)



本日こそはぐらせて頂くべく、まずは茅の輪のお姿を確認、



と思いきや・・・、









大将軍八神社4
茅の輪、無い~。  (;´д`)ノ     ←(ご愁傷様です)




いやホント、事前にお電話までして有る事を確認したのに、

なんで~?   (´д`;) ~ (;´д`)






当社は延暦十三年(794)、平安遷都の際に桓武(かんむ)天皇
の勅願によって、奈良・春日山麓より大将軍神を平安京大内裏の

北西角(陰陽道の天門)の地に勧請し、国家守護、国民の繁栄を
祈念したのが始まりである。

(以下、由緒書きより抜粋。)









大将軍八神社5
有るはずのの輪が無いのは、これまた想外の展開ですが、

ひとまずは気持ちを鎮めるべくおめを。 (^^;)





「大将軍神」とは、陰陽道・道教の信仰による方位を司る星神
であり、この神の方位を犯すと厳しい咎めを受けるというので、
古来より非常にれられてきた。










大将軍八神社6
なるほど、社名としても冠されている「大将軍」とは、古代中国
における方位の神様の事なんですね。


茅の輪は無かったものの、お清めして冷静さを取り戻したり。 (^^;)





社号は初め、陰陽道のお堂として大将軍堂と称され、応仁の乱
の荒廃後に神社として復興。

江戸時代に大将軍神を始め、暦の神・八将神と素戔鳴尊、その御子
八神が習合し、大将軍八神宮と改称した。










大将軍八神社7
落ち着いて拝見すると、く整えられた境内ですね~。

の日の社寺巡りも、久しぶりだったり。


こうしてっとりとしたお参りも、たまには良いものです。 (^^)





以後、白虎大将軍の通称で京都西方守護の信仰や、方除厄除
十二社参りの一社として参詣を集め、明治以降に現名称となった。





明治時代に施行された神仏分離令により、現在の神社としての
姿が形成されたワケですか。


ちなみにかつて大将軍堂は、1340年から約100年の間、祇園社・現在の
八坂神社の管理下にあったとか。


八坂神社の御祭神がこれまた「素盞鳴尊」であり、 その神格
大将軍神と似通っている事から、関連付けられたと考えられるそうな。



改めて、お社のい歴史が感じられます・・・。 ( ̄人 ̄)









大将軍八神社8
それではいよいよ御本殿へ。   ~~(  ̄人 ̄)



う~ん、本来ならこの御本殿前に茅の輪が設置されてある
はずなんですが、

でもいものは仕方ありません。 (^^;)









大将軍八神社9
少々納得がいかないままお参りへ。 (^^;)




御祭神


大将軍神(だいしょうぐんしん)

・素戔鳴尊(すさのおのみこと)
・天津彦根命(あまつひこねのみこと)


大歳神(だいさいしん)
・天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)


大陰神(だいおんしん)
・市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)


歳形神(さいぎょうしん)
・田心媛命(たきりひめのみこと)


歳破神(さいはしん)
・湍津姫命(たきつひめのみこと)


歳殺神(さいさつしん)
・天穂日神(あめのほひのみこと)


黄幡神(おうばんしん)
・活津彦根神(いくつひこねのみこと)


豹尾神(ひょうびしん)
・熊野樟樟日命(くまのくすびのみこと)




それではお賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。



手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)





こうして八柱の方位神が御祭神として祀られているんですね。


それが明治時代に「神仏分離令」によって、素盞鳴尊とその御子・
八神と習合して今に伝わるとは、これまた何気に興味深い。




ちなみに方位神だけに、特に方除・厄除の御神徳があるという事には
妙に納得。 (^^;)









大将軍八神社10
一方で、改めて納得いかないのが茅の輪がない事。 (^^;)


お電話でも本日まで設置されている事を確認していただけに、
不思議で仕方ないので・・・、









大将軍八神社11
こちら社務所で直接お問い合わせする事に。 (^^;)



さっそくお聞きしてみると、確かについ先ほどまで、御本殿前に
茅の輪はあったとの事。 (゚д゚)


しかしながら先ほどのゲリラ的な雨と風で、倒れると危険
と判断され、

早々に撤去されてしまったとか。 (;´д`)   ←(運が悪い)



いやホント、こんな事ならもう少しめに来るべきだった。 (^^;)



ちなみに、撤去した茅の輪はまだ残してあるとの事ですが・・・、









大将軍八神社12
なんと、こんな所にたわっていたとは! (@_@;)


手水舎の隣にあったのに全然付かなかった。 (^^;)



う~ん、こんな状態の茅の輪を見るのはめてなので、
ある意味衝撃的ですが、


でもでも、せっかくお伺いしたので、この茅の輪でれを
って頂きたく、

しかしながらこの状態からぐるのも難しいな~と・・・、





そう色々と思案しつつもスキを狙って・・・、









大将軍八神社13
また殿内を撮ってしまいました。



もうしわけありません。 (^^;)



イレギュラーな状況からも、いつものお約束を入れるのは
れずに。 (^^;)









大将軍八神社14
摂・末社にもお参りを。 (^^;)



御本殿の左側が順路になってるんですね。


お社のりなども拝見しながら進んで行きます。









大将軍八神社15
まずはこちら、地主神社(大杉大明神・豆吉明神)で
静かにお参りを。 ( ̄人 ̄)



雨上がりの境内に、塗りの鳥居が映えて印象的。 (^^)









大将軍八神社16
おや、右隣りには船のイカリが祀られていますよ。


こちらの神社と何か関わりやれがある物なんでしょうかね。


少々です。 (^^;)




その奥には方徳殿と呼ばれる立派な宝物庫が見えますが、
残念ながら・・・、









大将軍八神社17
普段は非公開なんですね。


イカツイ大将軍神像が守っていて近寄れません。 (^^;)



重要文化財に指定された80体にも及ぶ御神像を始め、数多くの
貴重な御神宝が収蔵されているそうな。


毎年5月と11月には一般に公開されている様なので、こちらは
機会があればまたお伺いしたい所。 (^^;)









大将軍八神社18
「大金神神社」、「歳徳神社」、そして「三社」、「五社」と、続けて
ゆっくりとって行きます。  ~~(  ̄人 ̄)




さて、これで全てのお社でお参りはみましたが、

るは一つ・・・、









大将軍八神社19
先ほどの茅の輪。 (^^;)



よく見ると、おトイレの目の前だったんですね。


こういう場合、おトイレの(けが)れパワーと、茅の輪の
(はら)いパワーの

どちらがるんでしょうかね。



何だか究極の対決みたいで、ちょっとシュール。 (^^;)









上新田天神社30
そんな独り言はいておいて。 (^^;)


ちなみに茅の輪は正式な手順では、このように左へ右へと
唱え詞を奏上しながらぐって行くんですね。



でも本日の様に、茅の輪がたわった状態では不可能なので、

知恵を絞って導き出した方法で一つ・・・、 ( ̄人 ̄)









大将軍八神社20
輪の中にって、左へ右へとクルクルる!  w(*゚Д゚*)w



え給え、め給え~、  w(*゚Д゚* )w~~


り給え、え給え~・・・、  ~~w( *゚Д゚*)w  ←(危ないヒト)









大将軍八神社21
ホント、これ位にしておきましょう。


時々参道を通る参拝者からの視線がいので。 (^^;)



でもでも、このタイミングで完全に雨が上がって夕陽
晴れやかに。

一時のゲリラ的な豪雨もウソの様。



横たわった茅の輪ながら、無事にい清められた様な
気もして一安心。 (^^;)



かなり我流な方法でしたが。 (^^;)









大将軍八神社22
さて、またずい分と長居したので、そろそろおいとましましょうか。


その前に、御朱印を頂くべく、再び社務所へ。 (^^;)



閉門近くだったので、あまりお話をお伺い出来ず残念。









大将軍八神社23
そうこうしている内に、こちらが頂けました御朱印


星神大将軍」(せいじん だいしょうぐん)と書いて頂けました。



神社の御朱印では社名が一般的な中、こうして「御祭神」の
お名前が記されるというのは少々珍しいかも知れません。



お寺では御本尊の御名前が書かれることが多いんですよね。



海外からの宗教であった仏教と同様に、かつての創建が陰陽道の
お堂がルーツであったという所に、何か関係があるのかも・・・。



オチも近いこのタイミングでえ過ぎかも知れませんが。 (^^;)









大将軍八神社24
さてさて、そんなこんなで、京都市・上京区は「大将軍
八神社」
(だいしょうぐんはちじんじゃ)。


平安京造営の折、陰陽道によってこの地、御所の北西に
創建されたのが始まりだったんですね。



日本古来の神様とは異なる大将軍神から、何か特別な
パワーを頂けたお参りが出来たような・・・。 ( ̄人 ̄)




あと、本来の手順とはかなり掛け離れましたが、茅の輪り、
いや、茅の輪ぐりで半年の穢れを清めて頂けて、


ワタクシ的には一応納得。 (^^;)



でも8月も間近で、まだまだい日が続くんですね~。 (;´д`)


夏越祓(なごしのはらえ)に沿って、ひとまずは夏を越し、
残る半年も無病息災で過ごせる様にを付けねば・・・。 (^^;)






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