さて本日は、ちょっと趣向をえまして・・・、


「由緒書・縁起書」などについて、一つ。 ( ゚д゚)ノ



唐突な展開ながら、いつもの社寺関連には変わらなかったり。 (^^;)







由緒書・縁起書の事1
そんな事を言いつつも、こちらがその「由緒書」に「縁起書」。


主に神社では由緒書(ゆいしょがき)、お寺では縁起書
(えんぎしょ)と呼ぶようですが、

いずれも社寺の創始や沿革などの歴史を記したものなんですね。


その他、られている神仏や御利益、所蔵する宝物等、諸々しく
記された大変りがたい書物でありまして・・・。 ( ̄人 ̄)



いやホント、ワタクシにとって社寺を巡ってレポする上では
必要可欠なものでもあるんです。 (^^;)









富島神社25
ちなみに大体A4用紙1枚の様式で、神社なら務所、お寺なら
務所や庫裡で頂く事が出来ます。


しかも今までの経験上、殆どが無料! (*゚д゚*)


いや、たまに有料の場合もあるんですが、それでも100円くらいと、
詳しい歴史が記された書物とすればおいものかと。 (^^;)



ワタクシの場合御朱印を頂く時に一緒に頂くんですが、これも
今までの経験上、由緒書の類は

欲しい旨をおえしないと、頂けない事が殆どだったり。



よほどの社寺マニアでないと、積極的に求める人が少ないだけ
なのかも知れませんが。 (^^;)









由緒書・縁起書の事9
社寺が無人であっても、こうして案内板や駒札に由緒・沿革が
記されてあると、助かるんですよね~。



いや、公式サイトの無い社寺もまだまだ多いので、これらが無いと、
あとは御鎮座される市や区のサイトで情報をしたりと、

記事で沿革のくだりを書く時に、えらく苦労するので。 (^^;)









由緒書・縁起書の事3
どうでもいい苦労話はいておいて。 (^^;)


そんな由緒書も、御朱印とほぼじ数で増えてくるので、ワタクシは
参拝の記念としてちゃんと残しているワケなんです。 ( ̄人 ̄)



ちなみに世の中には御朱印コレクター同様、由緒書コレクター
なる人達が居るそうな。


これはマニアック! (゚д゚;)    ←(このヒトも)


いや、ワタクシはめるのが目的ではないのでありまして…。 (^^;)




あと加えて世の中には、特別公開時などの参拝券も合わせて
収集している人達も居るとか。


これまたマニアック! (゚д゚;)    ←(このヒトも・2回目)



う~ん、ワタクシもいつの間にかマニアの領域にを踏み入れて
いたのかも。 (^^;)









由緒書・縁起書の事4
季節ごとの特別公開で発行される「拝観の手引」や「ガイドブック」も、
ちゃんと取ってあったり。



1冊300円程ながら、公開箇所の沿革が詳しく記されておりまして、
その分みもあるんですよね。









由緒書・縁起書の事6
なのでファイリングして行くと、1冊でもこの分厚さに。 (^^;)


重量も、手首をぐねりそうなほど重くなってるし。 (^^;)



それにしてものコレクターは社寺別に分けたり、所在地別に分けたり
されているそうな。



ワタクシはただ参拝した順番に挟んで行くだけで、その上最近は
ファイリングもい付かず、


収集しても収拾のつかない状態に・・・。 (;´д`)









由緒書・縁起書の事7
Amazonの開封もい付かない~。 (;´Д`) ノ  ←(そこは知りません)



いや、部屋の一角がこうなっておりまして、決してゴミ屋敷には
なっておりませんので、

の為。 m(_ _)m



妙な言い訳をれつつもホント、まずはここを片付けねば。


開封すると、注文した記憶のない品が出て来たりするので。 (^^;)









由緒書・縁起書の事5
そんな事を言いつつも、本日は趣向を変えて「由緒書縁起書
の事を取り上げてみましたが、

整理できていない所に、先日った特別公開分がさっそく
えてるし。 (^^;)


でもでも聞く所によるとこの由緒書、過去の文献や伝承を調べ上げ、
作成して公開に至るまでには、大変な時間と労力をするそうな。



普段、気なく頂いている御由緒書。

そこには、いにしえから伝わる神社やお寺の歴史が一枚にられて
いるんですね。


今後は御朱印と同様、もっと大切に扱わねば・・・。 ( ̄人 ̄)



それにはまず、お片付けを・・・。 (^^;)   ←(そこ)






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10/21(土)。 大阪市・北区は富島神社(とみしまじんじゃ)へ
行って参りました。







富島神社1
本日はチョト御用がありまして、ここ梅田周辺に来たんですが、
普段は訪れる機会がない場所なんですよね~。



なのでまた、スマホのマップで最寄りのお社を探して、ふらり
訪れようという

毎度の企画なワケであります。 (^^;)









富島神社2
はここで合ってますか~!?   ~ (´д`;) ~ (;´д`)



大阪でも難波を中心とした一帯をミナミと呼ぶのに対し、
ここ梅田周辺はキタと呼ばれるんですね。


いずれも地理的に複雑な上に、交通量も常に多いので、
せわしなくてりにくい。 (^^;)









富島神社3
それでも徒歩10分くらいで目指す神社が見えてきました。


梅田の少し北側で、中津という地区になるんですね。



繁華街から少し離れただけで急にかになって驚き。









富島神社4
そして無事に到着♪



本日はあいにくの模様なんですよね~。


でもでも気持ちを整えまして、石の鳥居前で一礼し、
潜入~。 ~(  ̄人 ̄)









富島神社5
当社の創立年代は不詳であるが、社伝によると足利時代に
既に存在しており、牛頭天王社・祇園社と称していた。

(以下、由緒書きより抜粋。)





それにしてもかな境内。

ここが大阪の中心地である事をれてしまう程です。









富島神社6
続いてこちら手水舎でお清めを。





この地は昔、摂津国(せっつのくに)西成郡南中島村
光立寺大字本庄七三三番地といい、
氏子地域は字光立寺東部・下三番・民南浜村他、五ヶ村の
人々の崇敬篤く、安堵の地であった。










富島神社7
御本殿の左手には多くの末社が御鎮座されています。

あとでお参りさせて頂きましょう。 (^^)





明治元年の神仏習合禁令により神号に「牛頭天王」の使用が
禁止されたので、明治二年に浪速八十島(なにわ
やそじま)の中の「利島」にちなみ、利島神社と改称する。





なるほど、「牛頭天王」(ごずてんのう)や「祇園」(ぎおん)は
仏教語に当たるという事で、明治の神仏分離令では
禁止されたワケですか。









富島神社8
明治四十三年には、昔この辺りを富島の荘と呼んでいた
事から富島神社と改称して現在に至る。





創建の年代は不詳ながら、「文禄三年九月十六日・片桐
東市正(ひがしのいちのかみ)検地」と記録があるそうな。


なるほど、文献に残るものとしては戦国武将の片桐且元
(かたぎりかつもと)に関わる記述が一番古いんですね。



でも室町時代には牛頭天王社と称され、既に御鎮座されて
いた事を考えると、

これまた大変歴史深い事です・・・。 ( ̄人 ̄)









富島神社9
それにしても、今日は雨足がまりませんね~。


砂地の境内は所々も出来て、靴はぐちゃぐちゃに。 (^^;)



それにこの日は台風が近づいているとの事で、そもそも
こんな日に社寺巡りする事自体に無理があったりして。 (^^;)









富島神社10
そんな事を言いつつも、いよいよ御本殿へ。 (^^;)



ちなみに手前は拝殿で、その後ろ側が御本殿なんですが・・・、

細かい事はいておいて、何はともあれお参りを。 (^^;)









富島神社11


御祭神


主神
・速素盞嗚尊(はやすさのおのみこと)


相殿(あいどの)
・天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
・八幡大神(はちまんおおかみ)
・奇稻田姫命(くしいなだひめのみこと)
・豊受皇大神(とようけすめおおかみ)
・住吉大神(すみよしおおかみ)
・菅原道真公(すがわらのみちざねこう)




それではお賽銭をすべり込ませ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。



手順正しく、心をめてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)





それにしても牛頭天王にルーツを持つお社なので、現在の
主祭神が「盞嗚尊」(すさのおのみこと)である事に、妙に納得。



いや、当時の神仏習合思想の一つである本地垂迹説
(ほんじすいじゃくせつ)において、


仏教における祇園精舎の守護神である牛頭天王と、素盞嗚尊が
習合したからではないかな~と、


そうワタクシ的に勝手に推測したりで。 (^^;)









富島神社12
しいお話しはまたの機会にして、建築様式の拝見を。 (^^;)



おや、よく見ると、拝殿の扉には社紋が透かしガラスで埋め
込まれていますよ。 (゚д゚)


歴史ある中にもモダンな様式で、なかなかにしい。









富島神社13
モダンと言えば、こちら拝殿前の灯籠、真新しい感じで
気になっていたんですよね。


でもよく見ると部分的に真新しく、何やらモダンアート的な
印象も受けたり。



いやワタクシ、時々こういうかい所が

になったりするので。 (^^;)     ←(細かいヒト)









富島神社15
そんな事を言いつつも、各末社へお参りを。 (^^;)



最近お気に入りのめ構図で鳥居を通り抜けながら、

富島稲荷社へお参り~。 ~~(  ̄人 ̄)









富島神社16
おや、そのお稲荷様のすぐ隣には、倒しになった手水鉢
らしきオブジェが。 (゚д゚)


しかも、半分ほど地中にまった感じで、一体何なんでしょうか。


になる所です。 (^^;)









富島神社17
そして続いて、右どなりの美津社へ。 ~(  ̄人 ̄)



御祭神

・事代主神(ことしろぬしのかみ)
・天児屋根命(あめのこやねのみこと)
・兵衛府八幡(ひょうえふはちまん)
・猿田彦神(さるたひこのかみ)









富島神社18
さらに右どなりには、べっさんが祀られているんですね。


もちろんお伺いします。 (^^)









富島神社19
周囲のに飲み込まれそうな勢いで、結構なインパクト。 (^^;)


でもそこは十日戎を象徴する笹、強いパワーを感じたり。




富恵美須社

・事代主神(ことしろぬしのかみ)




存分にお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









富島神社21
「大楠宮」、そして「天満宮」と巡り・・・、


そろそろ閉門のお時間も近づいて来たので、そろそろおいとま
しましょうか。




もちろん御朱印を頂いてから。 (^^;)









富島神社25
もう夕方5時前だったので無理かな~と思いましたが、社務所の
インターホンを鳴らすと、

わざわざ奥から出て来て頂けて恐縮です。 m(_ _)m



そんな状況ながら、度お話のお伺いも。 (^^;)   ←(迷惑です)


いや、書いて頂きながらの間話程度で。 (^^;)









富島神社20
600年の歴史がありながらも、現在では沿革の詳細が不詳
というのは残念な限り。



それもそのはず、神社の歴史を記す貴重な資料が、明治の
淀川大洪水で流失、太平洋戦争では焼失と、

そのほとんどがわれてしまったからだそうな・・・。


辛うじて残った正確な文献はあるものの、今では各頁が
くっ付いて剥がせず、歴史を紐解けないままなんだとか。 ( ̄人 ̄;)









富島神社13
少しのお伺いが、何だか々しいエピソードになったので、
素朴なご質問も一つ。 (^^;)


拝殿前にあった、この部分的に真新しい感じの灯籠について
お聞きしたところ、

かの震災によって倒壊したので、修復されたからだそうな。



なるほど、こうしてお聞きする事によって、ワタクシは一つずつ
スッキリするワケなんです。 (^^;)









富島神社23
その他にも色々とお聞きする内、こちらが頂けました御朱印


社名の「富島神社」(とみしまじんじゃ)と書いて頂けました。



本日は出先からふらりと立ち寄ったので、御朱印帳を持参
してなかったんですよね。


なので半紙に書いて頂いたんですが、オウチに帰ってから
予想外にきなサイズだった事が判明。 (゚д゚;)



お帳面に上手く貼れる様、慎重にカットしましょう。 (^^;)









富島神社24
さてさて、そんなこんなで、大阪市・北区は富島神社
(とみしまじんじゃ)。


台風前日でれ気味のお天気の中でも、良いお参りを
させて頂きました。 (^^;)


いやホント、大阪・梅田はやかな繁華街から程近くも、
とても静かで印象的な神社でした。



都会のど真ん中にも、こうして心まるお社はまだまだ
あるんですね。


また大阪市内に出向いた際は、色々とれてみたいと
思います。 (^^)






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10/1(日)。 京都市・右京区は「轉法輪寺」(てんぽうりんじ)へ
行って参りました。



さて、本日のお目当ては、コチラ。






轉法輪寺25
2017年・「京都浄土宗寺院・特別大公開」! (゚д゚)



先日の、→2017年 京都浄土宗寺院・特別大公開 2017/08/31
記事で ご紹介したシリーズになりますが、

今年で早くも4回目の開催になるんですね。



京都府内に約600ヶ寺の浄土宗寺院があるものの、そのほとんどが
非公開だそうな。


そんな中、普段お寺や浄土宗の教えになじみのない人にもしんで
もらおうと、

「浄土宗京都教区」が10/1(日)~10/15(日)まで、京都府内の48カ寺
特別公開を行われるんです。



年に1度の特別な催しに、ワタクシも初日から喜び勇んで出向く
ワケであります・・・。 ~~(  ̄人 ̄)







「御室・仁和寺
轉法輪寺1

そう言いつつも、本日はこちら、真言宗・御室派の総本山である

にわでらをスタート。 (゚Д゚)ノ     ←(読み方)




もとい、「にんなじ」と読むんでした。 (^^;)



いや、本日目指すお寺が、ここ仁和寺(にんなじ)のすぐ東どなり
にあるんですね。


ちなみに仁和寺は世界遺産にも登録されている大きな寺院
ですが、当ブログではまだご紹介した事がなかったり・・・。


こちらはまたの機会に。 (^^;)









轉法輪寺2
そうこうしている内に、仁和寺から徒歩約7分ほどで、目指すお寺の
案内が見えてきました。



それにしても、こうして特別公開の案内看板が設置されていながら、
ワタクシ以外に参拝者の姿は見られず。


毎度、特別公開の空気感が薄いのは、本催しの特徴なのかも
知れません。 (^^;)









轉法輪寺3
おや、あちらが山門でしょうか。


お寺の山門としては少々珍しい竜宮造りの様式である模様。









轉法輪寺4
無事に到着した所で、改めまして正面から1枚パチリ♪



よく見ると、門の上層部内に大きな釣鐘が据えられていますよ。


なるほど、こちらの門は鐘楼堂(しょうろうどう)を兼ねた門でも
あるんですね。



さて、何はともあれ一礼し、潜入をば~。   ~(  ̄人 ̄)









轉法輪寺5
掃き清められた前庭は潔感があって、清々しいですね~。





当山の開基である関通(かんつう)上人(1696~1770)は、初め
洛陽の東三本木の辺りにある轉輪寺(今の三本木円通寺)に住持し、

そこで專修念佛の法門を世の人々に説き示されておられた。

(以下、お寺の栞より抜粋。)









轉法輪寺6
それにしてもホント、特別公開でなければ一般の人はこの境内
入る事すら出来ないんですよね。


改めて本催しに感謝せねば。 (^^;)





その後、上人の歳と共に帰依の信者は増え、その地の狭隘を憂い、
別の地を探求されていた所、洛陽の西の方、しかも一条通りの
突き当たり北野の地である事に気づかれた。










轉法輪寺7
背景には御本堂との対比で、1枚パチリ♪

参道脇に咲くの花、(はぎ)がちょうど見頃。 (^^)





ようやく宝暦六年(1756)の春、当時既に廃寺となっていた北野
円通寺というお寺をり受け、彼と此との寺名を換えて、そこに
轉法輪寺と名づく寺を創建する事を決意されたのである。









轉法輪寺8
その後、様々な方の帰依を受けて宝暦八年四月、殿堂庫裡の
竣工を遂げ、本尊阿弥陀如來の新彫成って開眼供養
並びに入佛大會の法要を勤修されたのである。





なるほど、創建は江戸時代と、それほど深くは無いものの、
後の大正期における北野から御室への、

大掛かりな移転を経て現在に至るワケですか。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺9
遅くなりましたが、本日はこのタイミングでおめを。 (^^;)


あとは手水舎を背に、最終の参道を抜けて受付へ向かいます。



ちなみに御開基の「関通」とは、正式名ではないんですね。


お上人の、とある江戸からの帰り、箱根の関所で通行手形を
見せる旅人を見て、人間界の苦しい道も

南無阿弥陀仏という手形」があれば通る事ができる、と考えた
事からその名が付けられたそうな・・・。



浄土宗において、それほど「南無阿弥陀仏」は重要なお念仏
なんですね。



なむあみだぶ、なむあみだぶ~・・・。 ~~(  ̄人 ̄)









轉法輪寺10
お念仏を唱えながら、やっと受付に到着。 (^^;)



それでは、改めて呼吸を整えまして、いざ潜入~。



おっと、拝観料300円をお納めしてから。 (^^;)



加えていつもの如く、内部は撮影禁止なので、公式サイト、
栞ほかより拝借を。 (^^;)




と思いきや・・・、









轉法輪寺11
お堂内は全面撮影OKとの事。 (゚д゚)



それでは恐縮ながらも、お堂内の全景を1枚。 (^^;)




御本尊


・阿彌陀如來(あみだにょらい)  江戸時代作




何はともあれ、心めてお参りを・・・。 ( ̄人 ̄)





それにしても、坐像でありながら大変きなお姿。


なんと御丈約7.5m(二丈四尺)、京都最大の阿弥陀様で、
御室大仏(おむろだいぶつ)と呼ばれるそうな。


お寺創建の折に桜町天皇の追福の為に造られたお像
なんですね。



近くで拝見すると、ホント圧倒される大きさ。



威風堂々たる阿弥陀様に、今一度お参りを・・・。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺12
さて、参拝者も幾分えて来たので、そろそろ適当なお席に
着いておきましょうか。


もうすぐ御住職によるお寺のご説明と、説法が始まる時間
ですので。 (^^)



それにしても、それぞれのお席の前に木魚がありますが、
何なんでしょうかね。 


参拝者全員で木魚をきながら、お念仏をえたりして。 (^^;)









轉法輪寺13
御住職のお話しによると、まさにそのりとの事。 (^^;)



轉法輪寺は御本堂しかお参りする所がないので、それならば、
その御本堂でお寺を堪能して頂こうと企画されたとか。



御本尊の阿弥陀様に向かい、「南無阿弥陀仏」
唱えるのが浄土宗寺院でのお参りの仕方なんですね。


加えて、木魚を打ちながらのお念仏とはなかなかに本格的



いや実はワタクシ、木魚というものをこれまで打った事が
殆どいので。 (^^;)



ちなみに「南無阿弥陀仏」は、数く唱えるほどに効果があり、
1セット約15分の1,000回位が一般的だそうですが、


普段慣れていない人だと15分でもかなりい修行になるらしく、
本日は約5分の300回くらいとの事で、良かった~。 (^^;)









轉法輪寺14
ポクポク ポクポク・・・、



なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、

(  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ
(  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ (  ̄д ̄ )ノシ




う~ん、こういう時の5分って、く感じるんですよね~。


いや、最初は真面目に木魚を打ちながら唱和していたんですが、
次第に雑念が入って集中力が切れるし。 (^^;)



開始2分ほどでくも、

手首が腱鞘炎になる~。 (;´д`)ノシ     ←(軟弱すぎ)




開始3分ほどで、

む~、む~~。 (;´д`)ノシ    ←(大げさ)




そして開始4分頃には・・・、

あむなみだぶ、だぶあみなむ、 (;´д`)ノシ  ←(噛み噛み)









轉法輪寺15
そして、長~い5分を乗り切って、無事に唱和終了。 (; ̄人 ̄)



終盤は呂律も怪しくなりましたが、でもでもワタクシ的には

予想外に達成感が得られて良かった。 (^^;)



ちなみに御住職が普段の修行では、大体1時間一区切り位で
唱えられるというからスゴイ。









轉法輪寺16
さてその後は、大正期のお寺移転についてお話頂けるんですね。



北野から御室までの約2kmの道のりを、この巨大な仏様を移動
させるのは大掛かりだった模様。

まだトラックや重機もい時代だったので、大変だった事でしょう。



当時、北野には既に市電が走っており、線路や電線を掻い
潜りながら、櫓に載せた仏様を運んだそうな。


でもその道中、どうしても一ヵ所だけ大仏様のが引っ掛かる
場所があり、

市電の電線を切断するか、大仏様の頭部を切断して
電線の下を潜らせるかの決断を迫られたとか。









轉法輪寺17
最終的に、「大切な仏様のを切る訳にはいかない」と、
市電側からの申し出で電車を止めて電線を切断し、

大仏様は解体される事なく無事に通り抜けられたそうな。



なるほど、その様ないきさつを経て、今はこちらに静かに
られていたんですか。


こうして傷の無い大仏様にお参りできるのは、市電のらい
があってこそだったんですね。


感謝しつつ、めてお参りさせて頂きましょう・・・。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺18
御本尊様の後ろ側には、これまたくのお像が祀られて
いるんですね。



こちらも順にって行きましょう。 (^^)









轉法輪寺19

・裸形阿弥陀如来立像(らぎょうあみだにょらいりゅうぞう) 



こちらの仏様は像高・二尺五寸(75cm)で、室町時代は仏師・
賢問子(けんもんし)の作。


納衣(のうえ)を着ずにのままである事から、「裸形阿弥陀像」
と呼ばれるそうな。



それにしても、御本尊である大仏様とは対照的に、コンパクト
なサイズですね~。

その差、実に10分の1。 (^^;)


それもそのはず、子供の頃の阿弥陀様を表しているから
なんですね。


代々天皇家において、御子息方の守り仏として祀られてきた
というエピソードにも納得したり。



ちなみにこの様な仏像は日本に五体しか現存せず、大変に
貴重な様式の仏様だそうな。



正に、この特別公開によってお会い出来た御縁に、改めて

感謝を・・・。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺20

・孝譽現有上人・博多人形像


総本山の知恩院では第79代目、こちら轉法輪寺では第14代目
の御住職であった

山下現有上人が、99歳の時のお姿を表したお像だそうな。



103歳まで御存命された事から、長寿の御利益があるとか。



ワタクシもこれからまだまだ、

ぶとく生きられます様~。 ( ̄人 ̄)    ←(何かとしぶとい)









轉法輪寺21
っくりした~。 (゚д゚;)



近くからぬ~っと気配を感じたなと思ったら、

御開基である関通上人のお像でしたか。 (^^;)



いや、あまりにリアルな造りで、少々驚いた。 (^^;)



沿革にもありましたが、上人は箱根の関所になぞらえて、

極楽への道を所と模し、多くの人々をして来られ
たんですね。


最後ながら、改めてお参りさせて頂きます・・・。 ( ̄人 ̄)









轉法輪寺22
さて、またえらく長居して、閉門のお時間に。


またいつものパターンで、一番最後のご退場になって、
あらら。 (^^;)



それでも、受付で御朱印を頂くのは忘れずに。 (^^;)









轉法輪寺23
オッホー、これまたカッコイイアート系御朱印!  w(*゚∇゚*)w



御本尊である大仏様のお姿を淡くトレースした背景に、

「阿弥陀大佛」(あみだだいぶつ)と書かれています。


本・特別大公開限定の御朱印だそうな。



帰り際のタイミングで妙にテンションががりましたが、

でもでも、こういった機会でのみ頒布されるスペシャル
御朱印を頂くのもまた、


特別公開拝観の醍醐味かも知れません。 (^^;)









轉法輪寺24
さてさて、そんなこんなで、2017年・京都浄土宗寺院・特別大公開
「轉法輪寺」(てんぽうりんじ)。


御室の地にかに佇むお寺で、良いお参りをさせて頂きました。

京都で一番きな阿弥陀大仏様は、圧倒的な大きさで、
強く印象に残ったり・・・。 ( ̄人 ̄)


加えて、短いながら5分間の木魚・お念仏チャレンジも
良い経験になったり。 (^^;)



それにしても、毎度参拝者もなく、アットホームな雰囲気の
特別公開というのは、京都でもしいかも知れませんね~。



年に一度、多くの門戸がかれる、浄土宗寺院特別大公開。

また機会があれば、多くの阿弥陀様と御縁が結ばれるべく
巡って行きたいと思います。 (^^)






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